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第1話「悪役令嬢の侍女」

「よしっ」


 窓から差し込む柔らかな陽光が、シャロットの部屋を満たしていく。

 カーテン越しに零れ落ちる光は暖かく、ふわりとした幸福感に包まれる。


「黒板の日付は……」


 シャロットの部屋に置かれている、クマをモチーフにしたマスコットキャラクターのぬいぐるみを見つめる。

 ぬいぐるみが持っている黒板を見ると、今の日付と時刻を確認することができる。


「3月1日午後0時」


 チョークで書かれたような温かみのある数字が切り替わる。

 黒板の数字は新たな時を刻み、お昼の12時がやってきた。

 深く息を吸い込んで、安堵の息を漏らす。

 素晴らしい一日が始まっていることに胸を高鳴らせながら、窓を開けて新鮮な空気を取り込んでいく。


「お嬢様を迎える準備も、よしっ」


 シャロットの部屋が、こんなにも暖かな光が差し込む場所だったことを初めて知る。

 窓からはシャロットが断罪された中央広場が見えて、広場では色鮮やかな花々が咲き乱れていることが確認できる。


「アリナ!」


 勢いよく扉が開き、主のシャロットが優雅な立ち居振る舞いで部屋の中に入ってきた。

 彼女の姿を視界に入れるだけで、私の心には安堵と喜びの気持ちが広がっていく。


「お嬢様。午前の授業、お疲れ様でした……」

「お茶を淹れて、お茶を」


 シャロットが侍女に向けた表情は笑顔ではなく、苛立ちを含んでいた。

 彼女を気遣うために、お茶の支度へと取りかかる。


「断罪に追い込むのって、意外と疲れるものなのね」


 盛大な溜め息を吐き出したシャロットの顔には、疲れが見えていた。


「お疲れ様です、シャロット様」

「もう事情聴取には飽きたわ」

「これでジェフリー様の罪が決まるのですから、もう少し頑張ってください」


 ジェフリーの家系が開発に携わった魔道具が原因で、国が運営する魔法学園と大図書館は大きな被害を被った。

 もちろん、ジェフリーが生徒を殺害しようとした罪も大きい。

 けれど、これから普及を目指していく予定だった魔道具が被害を大きくしたこともあり、ランデ家の没落も近いだろうと噂されている。


「何か気の休まることでも起きないかしら」

「死に戻りだけは、お許しください」


 魔法学園の生徒は基本的に自分の身を守る力を持っているため、シャロットとカレンは強大すぎる炎の中から脱出することができた。


「過去に戻れたら、アリナの泣き顔にも会えるってことね」


 シャロットは死に戻りを狙っていたのではなく、放火犯のジェフリーを泳がせるために大図書館へと居残ったという流れ。

 最も警戒されていないモブキャラクター(侍女)を利用するという案を思いつき、私は先に大図書館を脱出することになった。


「泣き顔が見たいなんて、趣味が悪いですよ」


 ティーポットを温め、上質な茶葉を選ぶ。


「私のために必死になってくれたアリナの顔が好きって話よ」

「っ、からかわないでください!」


 細かい茶葉の香りが鼻腔をくすぐり、その香りだけで心が落ち着いていくはずなのに、私の心臓だけは騒がしい。


「せっかく時が進み始めたのだから、もっと可愛い顔を見せなさい」

「っ、集中させてください!」

「ふふっ」


 主従関係で、私の主にあたるシャロットは落ち着いた様子で大きく息を吸い込んでみせた。

 一方の私は空気の美味しさも感じられないほどに心臓がうるさくて、自然と呼吸が浅くなる。


(シャロットに安らいでもらうのが、私の仕事)


 前世で侍女の経験なんてものはなかったけれど、会社員としてお茶を淹れた経験が活きてきたかもしれない。

 紅茶がちょうど良い加減に抽出され、色合いはまさに理想的。

 椅子に腰かけて、ひとときの安らぎを経ているシャロットに紅茶のカップを差し出す。


「ありがとう、アリナ」


 何事もなかったかのように、当たり前のように、私の名前を呼ぶシャロット。


(こっちは名前を呼ばれるたびに、心臓が痛いのに……)


 紅茶の豊かな香りを楽しんでいると、自然と彼女の口角が上がっていく。

 その優雅さと、その美しさに、思わず見惚れてしまう。


(ゲームの中よりも、一段と美しい)


 平穏な生活が送れる幸福感を噛み締めながら、静かなひとときを共に過ごしていく。


「とても癒されるのだけど……」

「美味しくなかったですか!? 申し訳ございません、淹れ直しま……」

「足りない」


 紅茶を注いだティーカップがテーブルの上に置かれ、私はシャロットに腕を掴まれる。


「外に出かけるわよ」


 午後の授業も、事情聴取も残っているはずなのに、私の主様は外の新鮮な空気を吸いに出かけることを提案する。

 ここで彼女を咎めることもできたけれど、私が彼女の提案を拒めるはずもない。


「喜んで、お供いたします」


 できる侍女ではなく、駄目な侍女は、主の誘いを受けることを選んだ。

 シャロットは私の心配を和らげるためなのか、今まで見たことのないような柔らかな笑みを浮かべて私を外の世界へと誘った。


(これが異世界の街!)


 異世界に転生してきたものの、死に戻りを解決させることばかりに頭と時間を使っていた。

 初めて訪れる街の活気に心を弾ませ、西洋風な世界観を感じさせる石畳の通りは露店で賑わっていた。


「お嬢様との外出は護衛が必要ないので、気楽に過ごすことができますね」


 自分の身に何かが起きても、大抵の場合は魔法の力で何とかなるのが貴族の特権。

 シャロットと二人きりになれるゲームの世界設定に感謝しながら、私は空に広がる青い世界に目を向ける。


「こういうのを、逢引と言うのかしら」


 目に映るすべての景色が新鮮で感動をしているときに、シャロットはとんでもない言葉を投げかけてくる。


「お嬢様! その……逢引というのは、恋人同士に使う言葉で……」


 シャロットは私の反応も待たずに、街に立ち並ぶ露店に興味を寄せていた。


(からかわれただけ……)


 シャロットのペースに飲み込まれないように、深呼吸を繰り返す。

 そして、主の元へと急いで駆け寄る。


「何か食べたい物はある?」


 シャロットが覗き込んだ露店では、新鮮な野菜や果物を取り扱っていた。

 売り手たちは楽しげな声で商品を勧めており、買い物客たちの間にも笑顔が溢れている。


「いえ、私は……」

「そう」


 私の返答を聞くと、シャロットは隣の露店へと足を運んでいく。

 遠慮がちな私の態度を気に食わなかったのかもと焦ったけれど、シャロットは興味深そうに露店を覗いていく。


「何か欲しいものはある?」


 隣の露店には木彫りの小物や、美しい陶器、色鮮やかな布などが所狭しと並んでいた。

 食べ物以外の商品を寄せ集めたような露店に物珍しさを感じるけれど、首を横に振って否定を示す。


(私は侍女。シャロットの友達じゃない)


 自分の立場は主に仕える侍女だということを思い出して、もっともらしい答えを返す。


「そう」


 またもや私の態度を気に食わなかったのかと不安になったけれど、シャロットは露店巡りに不快そうな表情を見せていない。


(間違ってないよね……)


 主と侍女という主従関係に慣れていないこともあって、何が正解で何が不正解なのかも分からない。

 侍女としてシャロットの機嫌を損ねないように、配慮する難しさを知っていく。


(あ)


 花を取り扱っている露店が視界に入ってきて、私の興味が一気に引かれた。


(もうすぐシャロットの卒業式……)


 シャロットの侍女になってから、まだ数十時間程度しか経ってない。

 自分の給金がどれくらいかは分からないけど、卒業を祝う花を主のために用意できるくらいのお金が手に入ればいいなと思う。

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