第11話「何度、繰り返しても、死を迎えるのは怖い」
「くそ……くそ……くそっ!」
攻略キャラクターらしくない言葉が投げ飛んできて、後ろを振り返る。
ジェフリーは何かをぎゅっと握り締めているようだったけど、相変わらず消火活動に参加する気はないらしい。
「早く……早く……早くしろっ……!」
ジェフリーの手の中に何があるのかは分からないけど、まるでボタンを押すように彼の親指が上下しているのだけは確認できる。
「そんなに悔しいのなら、救ってみせたらどうですか」
まだ、ジェフリーを追い込むための何かが残されているのかもしれない。
シャロットを失った私に怖いものは存在せず、私は果敢にジェフリーへと歩み寄っていく。
「この火災から学園を守り、英雄にでもなったら宜しいではないですか」
非力な細腕でジェフリーの腕を掴んだところで、あっさりと逃げられるのは目に見えている。
それでも、彼が隠し持っている何かが未来へ繋がると信じたい。
「くっ……」
ジェフリーとの距離を縮めようとすると、彼は後退りをしていく。
「カレン様が大事だと、ご自分で証明なさってください」
彼が少しずつ大図書館との距離が開いていく姿を見て、周囲にいる生徒たちは何かしらの言葉を呟き始める。
消火活動が行われている騒がしい環境下では、いちいち何を呟いているかまでは聞き取ることができない。
ジェフリーにとって嫌な話題が、この場を支配していることを願うのみ。
「それ以上、近づくな」
多くの教師と、多くの生徒が、大図書館の火災を食い止めるために自分たちの力を注ぎ込んでいる。
それなのに、目の前にいる攻略キャラクターは少しも力を貸そうとしない。
それだけ、シャロットとカレンの二人を焼き殺したいという意図を感じ取っていく。
「救えば、いいんだろ……」
「そうですね、救ってください。学園のことを。カレン様のことを」
学園の嫌われ者である悪役令嬢を救いたくないという気持ちは、生徒たちも理解してくれると思う。
でも、学園の人気者でもあり、ジェフリーの恋人でもあるカレンが大図書館にいる可能性があるのなら、救出に向かわないのは明らかに不自然。
滑稽なほど手を震わせながら、ジェフリーは魔法の杖を取り出す。
「ジェフリー、早く呪文を唱えてくれ!」
「私たちに、ジェフリー様の勇敢なお姿を拝見させてください!」
この場に残っている生徒たちは、消火活動に参加できない自分の無力さをジェフリーへと託す。
「ああ、望み通り……みんなを!」
傷ついた素振りを見せながらも、ジェフリーは狂ったような笑みを浮かべた。
「カレンと同じ道を辿らせてあげるよ」
ジェフリーの魔法の杖は、炎が燃え広がる大図書館の方角を向かなかった。
彼の杖は、この場に残ることを選んだ非力な生徒たちへと向けられた。
「君たちにも、罰が下るときが来たんだ!」
数の力でジェフリーに勝とうとしたところまでは良かったけれど、残された生徒たちはほとんどが守る力を持たないことを逆手に取られた。
生徒たちをカレンと同じく火災に巻き込んで、口を封じるつもりだと悟ったところで私たちには回避すべき手段がない。
「サンダー・ブリッツ!」
大気が重たく感じると同時に、ジェフリーが得意とする雷魔法が放たれる。
矢のように飛んでいく雷魔法が一人の生徒の体を貫き、生徒は体の痺れに耐え切れずに蹲った。
「泣いても叫んでも無駄だ! みんな火災に気を取られて、君たちを助けるどころじゃない」
シャロットやカレンに匹敵するほどの強大な力を持っているジェフリーは、私たちの予測を遥かに超えていた。
彼の一撃を受けて死亡者は出ていないものの、体が痺れてしまったら身動きは取れなくなる。
(どうする……どうしたら……)
結論なんてものは、とっくに出ている。
逃げるしかないと誰もが理解しているはずなのに、ほとんどの生徒は足が竦んで逃げるという選択を取ることができない。
ジェフリーの自暴自棄な魔法は、まさに非力な私と生徒を破滅へと追い込んでいく。
「私が彼を引き留めます! その隙に、皆様はお逃げください!」
自分が勇気を奮ったところで、事態が良くなるとは思えない。
(シャロットなら、絶対に助けるはずだから……!)
関係のない生徒たちを巻き込んだ責任を取るために、勇敢にジェフリーへと立ち向かうシャロットの姿を頭に描く。
「逃がすか……」
力を授からなかった転生者は、少しでも恐怖を和らげるために目を伏せることしかできない。
「君のせいで、すべてが台無しだ!」
ジェフリーの力強い声が響き渡る。
(何度、繰り返しても、死を迎えるのは怖い)
そんな誰にも届かないはずの心の声を拾ってくれたのは、神様でも女神様でもなかった。
「|フレイム・エンブレイス《炎の抱擁》」
目の前に現れたのは、死んだと思っていた主。
この世界を生きる誰よりも、赤という色を輝かせることができる少女。
「シャロット、様……」
「想像以上の出来ね」
彼女の声を聞くだけで、喜びの感情が溢れてくるのが分かる。




