第10話「何かあったときに手を差し伸べてくれるのが、乙女ゲームにおける攻略キャラクター
「落ち着くんだ、まだ中にいると決まったわけじゃない」
確かにジェフリーが言う通り、カレンが大図書館の中にいる証拠なんてどこにもない。
だからこそ私は数の力を利用して、カレンがシャロットの自死に巻き込まれたと思い込ませていく。
「きっとカレン様は、自死されるお嬢様を説得しようとしたのかも……」
悲劇の侍女を演じ切ることで、状況は打開できると信じていく。
肩を落とし、背中を丸め、泣いている素振りを見せながら、可哀想な侍女を表現していく。
「そうかも……カレンなら、きっと」
「ジェフリー様! お願いします! カレンを救ってください!」
邪魔なシャロットとカレンを焼き殺したいというのなら、少しでも長く二人を大図書館に閉じ込めておく必要がある。
魔法学園の首席争いの二人が、そう簡単に焼け死ぬわけがないとジェフリーも理解している。
自分が加わることで、鎮火が早まることを危惧しているジェフリーを見かねて次の動きが始まる。
「カレンっ! カレンっ!」
「カレンを助けに行こう」
消火活動に参加していなかった力なき生徒たちは、学園の人気者であるカレンの救出に向かう。
もちろん全員がカレンの救出に向かったわけではないけど、何人かの生徒は居ても立っても居られずに場を離れていった。
「ジェフリー様」
少しよろめきながら、消火活動に加わることのできないジェフリーへとゆっくりと近づいていく。
「どうして、カレン様を見殺しになさるのですか」
「っ、だから、彼女が中にいるとは限らな……」
「カレン様がどこにいるのか分からないからこそ、皆様は消火に向かったのです」
大図書館にカレンがいる可能性もあれば、いない可能性もある。
どちらも否定できないからこそ、生徒たちは図書館の消火に手を貸すことを決めた。
「ジェフリー様が、恋人を見殺しにされるなんて……」
胸に手を当てて、胸が締め付けられる様子を表現してみる。
すると、この場に残った生徒たちの疑惑の目がジェフリーに突き刺さるようになる。
「なんで力を貸してくれないのかしら……」
「俺たちのような無力な人間ならともかく……」
ジェフリーは冷静さを保ちながらも、次々に聴覚に届けられる疑念の声に焦りつつあると信じたい。
「ここで魔力を使い切ったら、次に何かが起きたとき対処が……」
「何が起きるというのですか」
「っ」
「魔力を温存している場合ではないはずですが」
魔法と呼ばれる不思議な力を題材にしたゲームだけど、戦争が起きたり、モンスターに襲撃されるような殺伐とした世界観は用意されていない。
あくまで魔法学園で巻き起こる事件を解決しながら、攻略キャラとの関係性を深めていくゲーム。
何かに襲撃される恐怖を感じない平和な世界観は、より一層の不信感を煽ってくれる。
「まだ、息があるかもしれないのに……」
泣き崩れるフリをして、言葉を止めた。
ここまで生徒を誘導できれば、あとはもう勝手に盛り上がってくれると期待を込める。
「カレンのこと、大切じゃないのかしら……」
「庶民が珍しくて、手を出しただけ……?」
最初は悪役令嬢に向いていたはずの悪意だったけど、肝心の悪意をぶつけるシャロットはこの場にいない。
生徒たちの意識が完全にジェフリーへ向けられ、勝手な妄想を繰り広げられる環境を用意することができた。
「カレン、頑張ってたのにな」
「ああ、凄いいい子だったよ」
消火に手を貸す力を持たない魔法学園の生徒たちは、ある意味では暇な人。
恋人を見捨てたジェフリーの話で盛り上がることで、空いている時間を潰していく。
「遊びの関係だったという事実を隠蔽するため……?」
「まあ、恐ろしい」
ジェフリーは数少ない生徒たちに取り囲まれたまま、何も言葉を紡ぐことができなくなった。
太陽の光を浴びたように輝く金色の髪をぐしゃぐしゃにし、次の手を考えているようだけど頭は回らない。
数の恐怖を利用してシャロットを追い込んだくせに、追い込まれる恐怖をジェフリーは知らないらしい。
「なんで……なんで……なんで、こうなった……」
今まで通りシャロットだけを断罪に追い込んでいれば、事態はジェフリーの勝利で終わった。
(でも、今回は二人を同時に殺そうとしたから……)
欲を出して、邪魔な二人を同時に消そうとしたことが裏目に出た。
死に戻りを経験していないジェフリーがモブキャラの侍女を危険視することもなく、私を生かしたことも敗因だったかもしれない。
(あとは、二人の遺体が見つかって……それで、復讐完了……)
カレンの遺体が見つかれば、恋人を見殺しにした優等生として彼の評判は地に落ちる。
ランデ家の評判も落ちて、魔道具を売りつける事業も失敗に追い込めたらと思うけど、ジェフリーが放火犯という証拠が見つからない限りは難しい話かもしれない。
(終わった……)
手を握ったり、開いたりを、繰り返す。
自分が生きていることを、自覚する。
(終わったんだよね……)
ここに愛すべき悪役令嬢はいないけど、私は無事に3月1日を迎えることができる。
終わることのない誕生日を繰り返していたけど、ようやく一歳年を取ることができる。
(年取っても、嬉しくないけど……)
悪役令嬢から誕生日を祝ってもらうルートを探していたはずなのに、シャロット・レトナークは世界からいなくなってしまった。
(もう一度、死に戻ることができたら……)
魔法学園すべてを飲み込んでしまうのではないか。
そんなことを思ってしまうほど、未だに炎は鎮火する気配がない。
薄暗くなっていく空を覆い尽くそうと、炎の勢いはさらに増していく。
(今度こそ……今度こそ、シャロットを救ってみせるのに……)
冷たい夜風が運ばれてくるのに、その冷たさに何も感じなくなっていく。
魔法学園を燃え尽くそうと活動を続ける炎の前で、私は呆然と立ち尽くしていた。
(シャロットのいない明日なんて……)
深い喪失感が広がっていくのに、私に蘇生の力が宿るなんて素敵な展開は訪れない。
シャロットを失った現実が容赦なく襲いかかってきて、目が涙でかすんでいく。
すべてが終わったはずなのに、明日を頑張る力が湧かずに心が重い。




