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第9話「攻略キャラクター ジェフリー・ランデ」

「お嬢様っ!」


 もう、死に戻ることはできないのか。

 それとも、今も大図書館に眠る貴重な書物たちのために力を振るっているのか。

 どちらにしても、私は炎が激しく上がる大図書館の中にいる主に向かって大きな声を上げた。


「お嬢様っ! どうして、どうして、こんなことに……」


 大図書館に、悪役令嬢シャロット・レトナークがいることを精いっぱいアピールしていく。


「何?」

「誰?」


 魔法学園に通うご子息、ご令嬢たちが魔法の才に長けていることに間違いはない。

 でも、消火活動に加わることができない生徒がいるのも事実。

 シャロットやカレンのような成績優秀者がいる一方で、魔法の才に思い悩む人たちがいる。

 この場に傍観者がいるということを、思う存分、利用していく。


「お嬢様……お嬢様っ……」


 これは魔法学園に鬱憤がある者の仕業でもなく、成績最下位者が思い悩んで起こした火災でもなんでもない。

 ジェフリー・ランデの仕業だと分かっているからこそ、私は彼をおびき寄せるための芝居を続けていく。


「何? あの、うるさい子」

「お嬢様……その、シャロット・レトナーク様の侍女かと思われます」


 魔法学園に通っているのがお金持ちの貴族ということもあって、彼らには執事やら侍女が仕えている。

 そんな世界設定が功を奏し、侍女のアリナの存在を知っている誰かが私のことを説明してくれた。


「お嬢様、お嬢様、っ」


 貴族に転生しなかった私は、どこにいるかも分からないジェフリーを魔法で探すことはできない。

 放火犯を探し出すには、ジェフリーの敵であるシャロットが亡くなったことを精いっぱいアピールするのが最も効果的だと思った。


(ちゃんと殺すことができたか、確認したいはず)


 演劇部に入ったことはなくても、目の前で何度も主を亡くしたときの悲しみと無力感は根強く残っている。

 思わず溢れそうになる涙を堪えながら、必死にジェフリーをおびき寄せるために声を上げる。


「自死を選んだということか」


 心が張り裂けそうな想いをしている侍女を慰めることもなく、彼は炎の色で覆い尽くされていく大図書館を見上げていた。


「この火災の原因は、シャロット・レトナークにある」


 放火の罪をシャロットに着せるため、ジェフリーは白々しい態度で周囲へと声を上げていく。


「彼女は、自死を選んだ」


 こうやって当人がいないところで、勝手に物語が作り上げられていくことに恐怖を感じる。

 誰も本当のことを知らないのに、一人が真実のように語り始めるだけで、周囲は確かめもせずに嘘の物語を信じていく。


「彼女の身勝手が理由とはいえ、大図書館は国民の財産だ。みんなの力を貸してほしい」


 自分の感情を荒げてしまわないように、深く息を吸い込んで自身の心を整えていく。


「ジェフリー様!」

「シャロットの侍女だったな。魔法を使えない人間は、下がって……」

「どうか、どうかお力を貸してください」


 涙が、頬を伝う。

 乙女ゲームの攻略キャラだったら優しさを差し伸べるべき場面で、彼は冷たい目で私を見下ろす。


「ジェフリー様の力があれば、まだお嬢様を救うことができるかもしれません」


 計画が順調に進んでいることへの満足感が彼の表情に浮かんでいるように見えて、この顔を学園の生徒全員に見せてやりたいとすら思ってしまう。


「残念ながら、君の願いには応えられない」


 冷ややかに言い放ち、ジェフリーは大図書館の前から立ち去ろうとした。

 シャロットの死さえ確認できれば、彼がここに居残る理由はない。

 そう判断してのことだろうけど、簡単にジェフリーを逃がすわけにはいかない。


(もう、死に戻りはできないなら……)


 前世では悪い行いだと思っていたことに対しても、見て見ぬふりをしてきた。

 沈黙を続けることこそが平和に生きるコツだとすら思ってきた。

 侍女に転生した今、そんな恥ずかしい生き方をする侍女をシャロットに見せるわけにはいかない。


「どこへ行かれるのですか!」


 いつもなら震えているはずの声も、自分一人でしっかり支える。


「どうして、消火活動に参加されないのですか」


 シャロットの声を、凛々しくて美しい声だと思っていた。

 でも、その凛々しさの中には彼女の勇気が込められていることに私は気づいた。


「たとえ罪人が中にいたとしても、大図書館には貴重な書物が眠っています」


 どんな困難にも、決して引き下がらない強い覚悟を持っていたシャロット・レトナークを真似ていく。


「ジェフリー様のお力が必要とされているのに、どこへ向かうのですか」


 不信感を露わにしながら、彼へと問いかける。


「教師の皆様が力を注いでも、火を消すことはできません」


 魔法学園の主席を争っている主人公(カレン)悪役令嬢(シャロット)がこの場にいないと言うことは、頼りになるのは彼女たちに匹敵する力を持つジェフリーしかいない。

 そんな立場からすれば、ジェフリーが消火活動を指揮するのは当然のこと。


「お願いします! ジェフリー様っ」


 私の声に続いてくれたのは、消火活動に参加することができない力なき生徒たち。

 学園の生徒たちの信頼が厚すぎるのも、生き辛いときがあるんだってことを目に焼きつけていく。


「ジェフリー様っ!」

「どうか図書館をお守りくださいっ!」


 カレンを利用して、シャロットが悪という風潮を生み出したときと同じことをやり返す。

 周囲の声を大きくすることで、ジェフリーを追い詰めるための環境を整えていく。


「ほかにやるべきことがあるんだ。その……カレンの行方が気になる」


 消火活動に参加していない生徒たちは、ジェフリーの言葉を受けて気づくことがあったはず。


「そういえば……カレンの姿が見当たらない……」

「カレンの力があれば、こんな火災は一瞬にして……」


 窮地を救うはずのカレンが、この場に登場しないことに生徒たちは不審の目を向け始める。


「まさか、シャロットの自死に巻き込まれたんじゃ……」


 みんなに愛されるヒロインとして描かれていたカレンが、魔法学園に迫っている危機に駆けつけないことへの異常を生徒たちは感じ取っていく。


「っ、だったら、尚更、ジェフリー様の手が必要です!」

「カレンが中にいるかもしれません……!」


 絶望的な言葉を口にする生徒が現れ始め、その数は二から三。三から四。

 徐々に数が増え、ジェフリーは消火活動を手伝わなければいけない状況に追い込まれていく。


(一人では勝てなくても、みんながいれば……)


 悪役令嬢の断罪シーンを繰り返すことで、大多数の声の大きさに何度も恐怖した。

 誰もシャロットに酷い仕打ちを受けていないはずなのに、周囲に同調することでシャロットは絶対的な悪だと追い込まれた。

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