第3話「悪役令嬢の断罪日」
「下がれ! 断罪の邪魔をするつもりか!」
「お願いします! お嬢様を解放してください!」
乙女ゲームでの再現されていた美しさが目の前にあるのに、私は彼女に手を伸ばすことすら許されない。
どんなに抗っても、屈強な衛兵を前に侍女の少女にはなすすべなく。
「あの子、何をやっているのかしら」
「レトナークの侍女でしょう? 今日から無職になることを嘆いているのでは?」
シャロットの深い赤色の瞳は見る者を一瞬で魅了するほどの美しさを持っているのに、この場にいる生徒たちは誰も彼女の美しさを受け入れてはくれない。
「どうして……どうしてこんなことに……」
理不尽なことが起きても、おとなしく受け入れるだけの毎日だった。
だからこそ、ゲームの中で悪役令嬢として強く生きるシャロットに憧れを抱いた。
「あなた……私のことを、嘲笑いに来たの?」
やっと憧れの人の視界に入ることができた。
凛としたシャロットの声をやっと聞くことができたのに、私が視界に入れた彼女は断罪される直前。
絶望以外の感情が湧き上がらないけど、未来を変えるために声を飛ばす。
「違います! 私は、シャロット様を助けるために……」
「都合のいいこと言わないで」
この世界に転生してきたばかりで、何も知らないまま、この運命の瞬間に立ち会うことになった。
「いつも私のことを放ってきたあなたが、私を助けたい? 笑わせないで」
かつての高慢な態度を示してくるシャロットだけど、彼女の表情には恐怖を絶望が浮かんでいるような気がしてならない。
私には、シャロットが無力な少女のようにしか見えない。
「お願いします! お嬢様を助けてください! 誰か……誰かっ!」
シャロットに蔑むような視線を向けられながらも、私は懸命に声を上げた。
でも、群衆の中には誰一人として、彼女を助けようとする者は現れない。
「私は、いつだって独りなんだから……」
シャロットがぽつりと言葉を溢れさせると、断罪の鐘が鳴り響いた。
魔法の力で拘束されている悪役令嬢は無理矢理、大勢の生徒たちの前へと連れ出されていく。
「シャロット様! シャロット様っ!」
まるで子どものように泣き叫ぶことしかできない自分の無力感に打ちひしがれながら、堪えきれない涙が流れていく。
「シャロット・レトナーク」
広場の喧騒が一瞬にして静まり返るだけの声を響かせる彼は、攻略キャラクターの一人であるジェフリー・ランデ。
太陽の光を浴びたように輝く金色の髪が特徴的だけど、今は彼を視界に入れることすら拒絶したかった。
「平民出身のカレンを、不当な手段で陥れた罪を償ってもらう」
彼の家系は、魔道具と呼ばれる道具を一般市民に普及させることを生業としている。
「我々貴族は、平民の生活を向上させるために支援を行う必要がある」
魔法を使うことができない一般市民も、魔道具を通して炎や水の恩恵を受けられるように社会へと貢献していく姿が彼のルートで描かれている。
「シャロット・レトナークは貴族という立場を悪用し、平民のカレンに大きな差別を繰り返した」
ジェフリーを攻略するルートに進むと、悪役令嬢は学園の中央広場で断罪される。
その展開は、ゲームの中と何ひとつ変わりがない。
でも、何ひとつ変化がないということは、悪役令嬢のシャロットはこのままバッドエンドが確定するということ。
「何を言っても無駄、ね」
シャロットが溢れさせた諦めの言葉を聞き取った群衆の前列にいる生徒が歓声を上げると、広場には大きな拍手が鳴り響いた。
誰もがシャロットに釘づけになり、悪役令嬢の行く末を見届けようとしている。
「皆様、どうかお聞きください! シャロット様は無実です!」
喉が避けるほどの大声を上げたところで、大勢の歓声と拍手に自分の声は負けてしまう。
彼女の名誉を守るために全力を尽くす覚悟はあっても、誰も私の声に耳を傾けてはくれない。
「シャロット、様……」
彼女の真紅の髪が風に揺れ、太陽が雲に隠れた世界でも彼女の髪は美しく輝いた。
彼女の内なる情熱と強さを映し出しているかのような髪色に心を奪われる。
(自分が侍女になったら、絶対に助けるって……)
あれだけシャロットを守れない侍女に文句を言ってきたくせに、自分も自分で処刑を一秒たりとも遅れさせることができなかった。
「っ」
悔しさが滲んで、手のひらに爪が食い込んでいく。
自分の無力さに苛んでいる私に対して、シャロットはすべてを受け入れたような強さある瞳をしていた。
悪役令嬢シャロット・レトナークは、死ぬ間際までもが美しかった。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
死刑執行人によって、シャロットの首は斧によって切断された。
静まり返った会場に、大歓声が響き渡る。
「やった! これで解放される!」
「真の平和を取り戻すことができましたわ」
曇天から晴天へと変わっていく様子は物語のように劇的なのに、これは物語でもなんでもないと気づく。
あっけなく断罪されてしまった残酷さを目の当たりにして、恐怖の感情が体を支配していくのが分かる。
「……さい」
目をぎゅっと閉じて、恐怖から逃げ出すことしかできないことに無力感を抱いた瞬間。
馴染みある声が、聴覚を呼び起こした。