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第7話「あのときの約束を、もう一度」

「もっと、もっと……こんな穏やかな時を過ごしたかったですね」


 シャロットお得意の炎魔法で温められたミルクに、風魔法で刻んだチョコレートを溶かしながら混ぜていく。


「もっと、もっと……お嬢様と一緒に……」

「明日を迎えるための決戦ではなかったの?」


 ホットチョコレートの完成と共に、シャロットは強気な笑みを浮かべた。


「私は、シャロット様を守ると……」

「っ、私の物真似はやめてください!」


 ゲームの中にしか存在しなかった悪役令嬢シャロット・レトナークと、初めて言葉を交わし合ったときのことを思い出す。


「あのときのアリナが一番、勇ましかったなんて言わせないわよね?」


 これはゲームの中の出来事でもなんでもなく、目の前に悪役令嬢シャロット・レトナークが存在しているのだと自身に言い聞かせていく。


「絶対に死なせません」


 顔を上げて、はっきりとした物言いで彼女に宣誓する。

 必ず断罪エンドを迎えてしまうシャロットを救うと決めた、初めてのときを思い出す。


「どうか、シャロットお嬢様のお傍に置いてください」


 ゲームの中では、悪役令嬢が笑顔を浮かべたところなんて見たこともなかった。

 でも、現実のシャロットは、こんなにも優しい笑みを浮かべることができると知っていく。

 シャロットのことを少しずつ知るたびに、私の心は強さを得る。


「2月28日の断罪を回避して、私が3月1日を迎えられるようにしなさい」

「もちろんです、シャロットお嬢様」


 一言一句違えることなく、私たちはあのときの約束を再現する。

 それは、私たちの中で共通の記憶が存在することを意味していた。


「では、ホットチョコレートをカレン様の元に運びます……」

「アリナ」


 のんびりしている暇はないため、私は少しでも平穏な時間を取り戻せるようにお茶の準備を始める。

 無事に3月1日を迎えられるように願いを込めて足を動かすと、私はシャロットに名を呼ばれた。


「突然、名前を呼ばないでください」


 心臓に悪いとシャロットに訴えかけると、シャロットは意地悪そうに笑った。


「ホットチョコレートなんて、よく知っていたわね」


 恐らくチョコレートが高級な贅沢品なのだろうと察するけど、それをいちいち説明している時間がないからこそ悔やまれる。


「楽しみね。アリナから、どんな話を聞かせてもらえるのか」


 シャロットと言葉を交わし合うための時間が欲しい。

 まだ迎えることができていない3月1日へと想いを馳せるだけで、大きな勇気が生まれてくる。


「楽しみにしていてください」


 悪役令嬢シャロット・レトナークは、いつだって私の心を強くしてくれる。

 自分の人生に諦めしか抱くことしかできなかった私に強さを教えてくれた彼女に、晴れやかな3月1日をプレゼントしたい。


「とても心が休まるお味ですね」


 図書館に勤務する司書のおかげで、私たちはようやく緊張を解すことができた。

 ホットチョコレートを口にしたカレンの顔が、ゆっくりと綻んでいく。


「カレン様、とても素敵な表情をされていますよ」

「私なんて、そんな……」

「あなたは一体、誰に仕えているのかしら」


 ホットチョコレートの温かさと甘さに心癒されていると、シャロットがつまらなそうな声を発して私の気を引こうとする。


「シャロットお嬢様は、いつだってお美しいですよ」


 それが、嫉妬だったらいいなぁなんて思ったことは秘密。

 私はシャロットの心をなだめるための言葉ではなく、心から感じていることを真っすぐに伝える。


「当然よ」


 自分の気持ちを誤魔化して生きるよりも、素直に気持ちを伝えた方がシャロットに笑みが生まれるということに気づいた。

 シャロットの優雅な笑みに見惚れていると、彼女と目が合う。

 でも、見つめ合うっていうのは、さすがに恥ずかしくて目を逸らしてしまった。


(早く、平和な日々を取り戻したい)


 無事に3月1日を迎えて、シャロットとお茶を飲みたい。一緒にご飯を食べたい。

 シャロットが喜んでくれることを、彼女のためにいっぱいプレゼントしたい。

 そんな私の願いを阻むように、次の展開が私たちに襲いかかった。


「っ」


 図書館の静寂を破るように、火災報知器のような音が鳴り響いた。

 耳を割くような鋭い音に耳を塞ぎ、何が起きているのかとシャロットに答えを求めた。


「大図書館での火災なんて、初めてのことね」


 ゲームの世界に火災報知器があるのかなんて分からないけど、この耳を割くような大音量は火事を知らせるものだと教えてもらう。


「ジェフリーの方から手を打つなんて、初めての展開ね」


 学園の生徒たちは水や氷、地属性の魔法を駆使して火災を止めることができる。

 そう安易に考えたからこそ、シャロットは落ち着いているのだと思った。

 でも、カレンの表情だけは余裕を感じられなかった。

 カレンの顔は、一瞬にして青ざめていく。


「ジェフリー様にとって、私は用済みになったみたいですね」


 それでもジェフリーに負けない強さを持とうと、カレンが俯くことはなかった。


「消火に苦労するほどの炎なんて……ジェフリーもやるわね」


 大図書館に設置されている窓から、黒い煙が立ち上るのに気づく。

 するとカレンは駆け足で大図書館を脱出するのではなく、図書館の奥へと進み、貴重な本たちを守るために呪文を唱え始める。


「お嬢様! まさか、死に戻るためにお茶会を……」

「何度もやり直せば、情報が増えるわ」


 シャロットが、お茶会を提案してきた理由に気づく。


「ジェフリーに勝つための手段が欲しいの」


 不安と恐怖で、いっぱいいっぱいになっている私とカレンを落ち着かせるためというのも本当。

 そして、その裏で、シャロットはジェフリーが攻め込んでくるのを狙っていたということ。

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