第4話「卒業式へ繋ぐ約束」
「シャロットお嬢さ……」
抱き寄せたい。
抱き着きたい。
抱き締めたい。
腕の中で意識を失っていたシャロットを腕の中に閉じ込めようとすると、彼女は勢いよく体を起こした。
「今、何時?」
「え……えっと、シャロット様の部屋を出たのが午後1時……」
「私がカレンに襲われたパターンは、いつ以来……」
シャロットは床に落ちていた書物を拾い上げ、その内容に目を通し始めた。
「あの、お二人とも、何が……」
「あ……」
シャロットも、死に戻りを繰り返している同士だと分かった。
私がシャロットの前で名乗ったのは一度きりで、彼女が私の名前を知っていたことが死に戻りの何よりの証拠に繋がる。
「その、ジェフリー様の邪魔が入らない場所に行きたいのですが……」
死に戻りを経験していないカレンは、頭にはてなマークがいっぱいになっていると思う。
丁寧に説明したい気持ちはあっても、シャロットの断罪が確実に回避されるまでは残り時間に猶予はない。
私は勝手にシャロットが大切にしている書物は物語だと思い込んでいたけど、ページを捲るごとに彼女の顔つきが変わっていくことが分かる。
「アリナ」
「はいっ」
シャロットが握り締めているものは書物ではなく、過去の死に戻りを記憶してきた日記だと確信する。
「誰にも見つからないように、大図書館まで案内しなさい」
「かしこまりました、お嬢様」
どうして、今まで死に戻りの事実を隠してきたんだろう。
そんなことを思ってしまうほどのたくましさがシャロットにはあるけれど、彼女もきっと私と同じ気持ちだったのだと思う。
「カレン様」
死に戻りをしているなんて説明しても、理解してもらえるわけがないと思い込んでいた。
悪役令嬢は侍女への信頼がなく、侍女は自分の生き方に自信を持てず、死に戻りしているという事実を互いに隠してしまっていたのだと気づく。
「シャロット様が、必ずカレン様をお守りします」
自分がやるべきことを察した私は、すぐにカレンへと歩み寄った。
「シャロット様とカレン様。お二人で、無事に学園を卒業しましょう」
本来は優しく手を差し伸べるべきところだろうけど、侍女という立場から手を差し出すことができない。
カレンの恐怖をどうやったら拭えるのかと手持ち無沙汰な手をさ迷わせていると、カレンの方から私の右手に触れてきた。
「私も……」
カレンの手を、握り返す。
「私も、シャロット様と一緒に卒業したいです」
その言葉を聞いて、さらに力強くカレンの手を握り締める。
「行くわよ」
「学園内の案内は、私にお任せください」
私たちは一斉に動き出し、私は乙女ゲーム内で培ったマップ知識を利用してシャロットとカレンの二人を大図書館へと案内する。
「お嬢様、大図書館に人は……」
「まだ授業中だから、大丈夫よ」
こんなにも移動がしやすいのは、授業中ということが理由だと思っていた。
けど、後ろを振り返ると、シャロットは手にしている書物を持ちながらの移動。
カレンは周囲に目を配りながらの移動。
それぞれが役割を担っている姿を見て、今度こそはシャロットを断罪から回避できるのではないかと希望が生まれてくる。
「ここなら、ジェフリーの邪魔は入らないわ」
「どうして、そのようなことが分かるのでしょうか」
大図書館に到着すると、壁にかかった大きな時計がもうすぐ午後3時を示すところ。
誰もいない大図書館の中で、主人公のカレンは悪役令嬢のシャロットへと問いかけた。
「始めから、協力を求めるべきだったのね」
シャロットは侍女を招き入れるために、私との距離を縮める。
「信じてもらえるか分からないけど、私は2月28日を何度も繰り返しているの」
シャロットに問いかけたのはカレンのはずなのに、シャロットは私の目を真っすぐ見つめて真実を告げた。
カレンが一瞬、驚きの表情を見せたのは当たり前のこと。
絶対に大丈夫という言葉は、この世に存在しないと言っても過言ではない。
「断罪当日に、シャロット様は冗談なんておっしゃいません」
「ありがとう、アリナ」
カレンは深く息を吸い込み、シャロットの話を理解するために一瞬だけ目を伏せた。
「カレン様、同じく信じてもらえるかは分かりませんが……」
「侍女の方も、2月28日を繰り返しているということですか……?」
「……ご理解を賜り、誠にありがとうございます」
自分は死に戻りだと告白することをずっと躊躇っていたはずなのに、シャロットという味方が現れた途端に心がすっと解けていくのを感じる。
「シャロット様が断罪されるたびに、2月28日に戻ってきてしまうのです」
理解してもらえるはずがないと思い込んでいたことを、ゆっくりと少しずつ紐解いていく。
「何度も過去に戻って、シャロット様の未来を変えようとしているのですが……」
カレンは事実を受け入れるだけで精いっぱいの様子だったけど、シャロットは真剣に私の言葉を受け取ってくれる。
「カレン、あなたを説得できないのよ」
侍女の身分から言いづらいこともあったけれど、そこは私の気持ちを察してくれたシャロットが言葉を補ってくれる。
「私、ですか……?」
カレンを孤独に追いやるつもりはなく、私と向き合っていたシャロットはカレンの傍に寄り添って肩に優しく手を置く。
「お嬢様の罪は、平民出身のカレン様を不当な手段で陥れたこと」
無数の本棚が立ち並び、古びた魔法書や未知の呪文が眠る大図書館という場所は、過去でカレンの説得に失敗した場所でもある。
「カレン様の許しを得られれば、お嬢様の断罪を回避できると信じて行動してきました」
過去の失敗が甦ってくるだけで気落ちしてくるところもあるけど、死に戻りはいつまで続くのか分からない。
何回までなら生き返ることができると約束してくれる人が現れないからこそ、やれるだけのことを精いっぱいやろうと気合いを入れ直していく。
「でも、そもそもカレン様は、お嬢様を憎んでいませんよね……?」
カレンはしばらくの間、沈黙を守り考え込んでいた。




