第3話「生きる強さを与えてくれたのは、いつだって悪役令嬢」
「カレン様、お嬢様を助けてくれたんですよ」
初めて隠し通路を利用した逃亡劇を繰り広げたときは、カレンが手を差し伸べてくれたことを思い出す。
「お嬢様が窮地に追い込まれたとき、手を差し伸べてくださいました」
こんな状況下でも、私は自分が死に戻りですと告白する勇気が湧いてこない。
頭が可笑しい子と判断されて、話を聞いてもらえない状況だけは招きたくない一心で、私は遠回しな思い出話を語りかけていく。
「その……お嬢様は素っ気ないところがあるので、せっかくの厚意も無駄にしてしまいましたが……」
シャロットとカレンの中には、魔法学園に入学してきたときから築き上げてきた確かな絆が存在する。
カレンがジェフリーに恋するよりも早く、主人公と悪役令嬢はゲームの中で出会っている。
「ジェフリー様と出会われてからは、お嬢様との距離が遠ざかってしまいましたね」
大図書館で、シャロットがもうすぐで断罪を迎えるところを喜びだっていたカレンも印象的だった。
隠し通路にシャロットを迎えに来たときは純粋無垢そうな女の子だったのに、次に会ったときはシャロットの敵に成り下がっていたことに驚かされた。
「でも、お嬢様のために泣いてくださいましたよね」
私を毒薬で殺害したときのことも忘れられないけど、あのときカレンが攻撃を躊躇ってくれたからこそ、私はカレンと話をする時間を得ることができた。
「お嬢様のために泣いてくださる方なんて、学園中を探してもカレン様だけですよ」
昨日の敵は今日の友という言葉を、どこかで聞いたことがある。
二人が友達になれるかなんて私には関係のないことだけど、カレンの目に滲む涙を見て、二人は善き関係になれるんじゃないか。
そんな希望を抱かずにはいられなくなる。
「お嬢様の遺体を遺棄することも容易なのでしょうが、心優しいカレン様は、ずっとお嬢様のことを想ってしまうのかなと」
薄暗い蝋燭の明かりが、カレンの顔を照らし出す。
ずっと俯いてばかりで、主人公らしい笑顔を浮かべられなくなっていたカレンと、ようやく目が合う。
「殺してごめんなさい、殺してごめんなさい、殺してごめんなさいって」
笑顔を浮かべる場面ではないと分かってはいるものの、主人公のカレンには笑顔でいてほしいと願う。
今まで死に戻りを繰り返してきて、私はカレンの苦悩や恐怖に包まれたような顔や作り笑顔にしか会っていないのだから。
「どうか、お嬢様をお助けください」
カレンの瞳から溢れ出る涙を拭うはずのジェフリーは、この場にいない。
カレンは手の甲を使って、自分の涙を拭った。
その涙には、シャロットを瀕死に追い込んだ罪の意識があったのだと信じたい。
「シャロット様を断罪に追い込めば、褒めてもらえるんです……」
カレンは声を震わせながら、深く息を吸い込んだ。
「認めてくれるんです……君は、本当に頑張っているよって……」
声だけでなく、杖を握り締める手も一緒に震えていた。
「でも、私は」
私の腕の中で意識を失っているシャロットに杖をかざし、カレンは治癒魔法を使う準備を整えていく。
「殺したくなかった……!」
彼女の瞳には、揺るぎない決意が宿っているように感じた。
「ソラリス・スペローレ」
ゲームの中で使用されてきた呪文がカレンの口から紡がれ、カレンが使った魔法が治癒魔法であることを確認する。
治癒の魔法が優しく広がり、青い光の粒子みたいなものがシャロットの体を包み込んでいく。
「お願い……助かって……」
カレンの心が込められた祈りが、魔法に力を与える。
シャロットの顔色がみるみるうちに回復し、シャロットの赤の瞳がうっすらと開いた。
「カ、レン……?」
聞こえてきたシャロットの声に、カレンは涙を浮かべながら微笑んだ。
「良かった……本当に良かった……」
カレンは泣き崩れそうになったけど、自分の意志で溢れてくる涙を拭い去った。
「はぁ、あなたが殺そうとしたんでしょう」
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」
シャロットが最初に姿を捉えたのが、カレンだったのは仕方がない。
私が治癒魔法を使えるようにならない限り、私はどうやってもシャロットの視界に入ることはできない。
けれど、ここは悔しさを爆発させる場面ではないと唇を噛み締める。
(まだ油断はできない)
今度こそカレンを味方にできたことに安堵したいけれど、ジェフリーが登場することでカレンは急変してしまう。手に力を込めて、気を抜くなと言い聞かせていく。
「カレン様。ジェフリー様に知られない場所で、話をさせて……」
「……ナ」
かすかな声が、聞こえきた。
「……リナ」
一瞬、耳を疑った。
誰が、自分の名前を呼んだのか分からなかった。
この世界には、自分の名前を知っている人はいないはず。
「……アリ、ナ」
私は、自分の腕の中にいた人物へと視線を向ける。
「初めて、役に立ったわね」
驚きと喜びが混ざり合う。
「いえ、初めては失礼ね」
カレンは必死に涙を堪えているのに、私の瞳から涙が零れ落ちる。
「ずっと私の傍にいてくれて、ありがとう」
シャロット・レトナークが、私の名前を呼んだ。
「アリナ……?」
赤の瞳が、私を見つめてくる。
「お嬢様は、私の名前……知らないはず……」
次から次へと涙が溢れるけれど、シャロットの制服に涙が零れ落ちないように何度も何度も涙を拭い去っていく。
「あなたが、過去で私に教えてくれたの」
私が必死に涙を塞き止めようとしているのに気づいているはずなのに、シャロットは私の涙腺を揺さぶる言葉ばかりを向けてくる。
「名前を呼んでほしいって」
「っ」
自分は死に戻りですと説明したところで、それは誰にも理解されない不可思議な話だと思っていた。
それなのに、瞳を交えた彼女はいとも簡単に口を開いてしまう。
「なんで、いつも、そんなに強くいられるんですか……」
聞きたいのは、そういうことじゃない。
向けたいのは、そういう言葉じゃない。
「あなたがいてくれたからかしら」
どうやったら、この涙を止めることができるのか。
「ね、アリナ」
その答えを知っているのは、私に明日も生きたいという強さをくれた彼女だけ。




