第2話「主人公を頼ることを選んだモブキャラクター」
「はぁ、一人で立ち上がるって……難しいなぁ」
悪役令嬢シャロット・レトナークは、常に孤高の存在として自身の強さを誇ってきた。
彼女は自分の軸をしっかりと持っていて、何があっても決して彼女の自信は揺らがないのだと思う。
(いつだって、憧れて止まない人)
ここにシャロットはいないけど、彼女に憧れていた気持ちが本物だからこそ、しっかりと顔を上げた。
視線が上を向くことで、とある教室の授業風景が視界に入ってくる。
(誰かがいない……)
ゲームの中でも授業の様子は描かれていたけれど、誰がどこに座っていたかなんて詳細はなかった。
空いている席に誰が座っていたかを確かめるための知識はなくても、そのクラスに誰が所属しているかを私は知っている。
(この教室は、主人公のクラス)
学園中を隈なく探しても見つからないのは、悪役令嬢だけではないことに気づいた。
主人公の立場で、シャロットの人生をかき乱してきたカレンも授業を受けていない。
(二人は、一緒にいる)
何度も死に戻りを繰り返してもシャロットの断罪が確定していることは揺るぎない事実。
私と同じように、シャロットも断罪を回避するために動いているのかもしれない。
(学園に牢獄は存在しない)
ゲーム時に記憶したマップには、罪人を閉じ込めておく牢獄なんて場所は存在しなかった。
学園の中は探し尽くしたため、残された場所はマップ上に存在しない場所。
(二人きりで話をするなら、隠し通路)
前回の死に戻りで、私はカレンの転移魔法で見知らぬ部屋へと連れていかれた。
でも、隠し通路と部屋の壁の素材が同じだったことから、自分が転移させられたのは隠し通路に存在する一室であることに間違いはない。
(カレンを説得しても無駄……)
シャロットの断罪回避を手助けする要注意人物として、力を持たない非力な私を真っ先に排除するつもりだったのだと思う。
そのおかげでカレンと話し合う時間は作れたものの、カレンを味方にすることはできなかった。
(だったら、どうする……?)
自分が持っている切り札なんて、自分は死に戻りだと公表することくらい。
始めからシャロットを味方にできる可能性は大きく高まるけれど、そもそも死に戻りを繰り返していますと信じてもらうこと自体が難しい。
「こんなに何度も、隠し通路にお世話になるなんて……」
道を照らすための光魔法が使えない私は、魔法の世界なのにランタンを使うというレトロな方法で隠し通路へと挑む。
ゲームの知識があるおかげで迷子になる心配はないものの、何かが自分を見ているような気配に心臓がどきりと変な動きを見せる。
「部屋っていうと、ここ……」
隠し通路での逃亡劇を熟知している私は、出口とは別の大きな古びた扉が見つける。
深呼吸をし、扉を開ける決意を固めた、そのとき。
「私は、価値ある人間になりたいんです!」
隠し通路の扉は、中の光が漏れ出るほど古びている。
部屋の中にいる人物の声も聞こえてきて、私はようやく胸を撫で下ろすことができるはずだった。
でも、聞こえてきた言葉は少しも心を穏やかにするものじゃなかった。
「だから、だから、シャロット様には、死んでもらうしか……!」
「それで、あなたは、はぁ……価値ある人間になれるの……?」
投げかける言葉は不穏でも、可愛らしい響きを持っているのがカレンの声。
そして、言葉を途切れ途切れ発しているのがシャロットの声。
(シャロットの声が、弱い……?)
シャロットの声は凛とした響きを持っているはずなのに、その声には華やかさが感じられない。
声を発することができない理由は、自分が前回の死に戻りで経験している。
声を出すのが精いっぱいなくらい、彼女はカレンに追い詰められているということ。
(私は、まだシャロットのことを救ってない……)
戦う力を持たない人間が飛び出していったところで、またカレンに殺される未来しか待っていない。
それでも、シャロットが衰弱していく様は見ていられない。
(私は、シャロットに未来を迎えてほしい……!)
たとえシャロットは覚えていなくても、私は彼女と約束を交わした。
悪役令嬢が絶対に迎えることができない3月1日の空を、シャロットと一緒に見上げたい。
「シャロット様っ!」
扉を開くと、そこには私がカレンに毒薬を飲まされたときの部屋が私を待っていた。
「っ、来ないで!」
カレンは私への警戒を一気に高めるけれど、私は瀕死の状態で倒れているシャロットの顔を見ることができて安堵した。
「こんなところにいらしたのですね、シャロット様」
「あなたを、部屋に寝かしつけてきた意味……なくなっちゃった、わね……」
薄暗い明かりしか存在しない床の上で、シャロットは息を荒げていた。
「それ以上、近づいたら……あなたも道連れに……!」
私はカレンの制止を無視して、シャロットの元へと近づいていく。
膝をついて、優しくシャロットの体を抱き起こす。
「お嬢様お一人で行くなんて、狡いですよ……」
「何もせずに、断罪されるなんて……はぁ、嫌に決まってるでしょう……」
私の呼びかけに答えるかのように、シャロットの目がわずかに開く。
口を開くのもやっとなはずなのに、彼女は私と言葉を交わすために口を動かそうと試みてくれた。
「カレン様……もう、やめましょう」
ゆっくりと顔を上げ、カレンを見つめた。
「あなたも、私の邪魔をするんですか……?」
どう見てもカレンの方が状況的に有利なはずなのに、彼女の声は弱々しくて、ほとんど聞き取れない。
「邪魔をします。だって、お嬢様は何も悪くありませんから」
この場でカレンと対峙したとき。
確かに私は、カレンに毒薬を服用させられて殺害された。
それは事実だけど、私にはどうしてもカレンが人を殺すような人間には思えない。
「私は……シャロット様に傷つけられました……」
カレンの頬に、涙が伝う。
「泣かないでください。自信を持ってください。シャロット様に、酷い目に遭わされたって訴えてください」
「っ」
冷たい風が吹き込んでくる環境下では、シャロットの体調が悪化してしまう。
シャロットが言葉を挟まなくなっていることから、意識が薄れてきているのだと悟る。
(カレンを説得して、治癒魔法を……)
シャロットの命を繋ぐことができたら、今度こそ3月1日を迎えられるかもしれない。
ジェフリーが駆けつける前に、カレンを味方に取り入れるために過去の経験を丁寧に拾い上げていく。




