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第1話「何度も繰り返してきたからこそ」

(もう、こんな目に遭いたくない……)


 遠くで、雨が激しく降り始めた音が聞こえる。

 鳴り響いた雷鳴の音に耳を割かれそうになるくらい驚いて、私は久しぶりに意識を覚醒させた。


「っ、は……あ……」


 静まり返った部屋で、目を覚ます。

 侍女の主であるシャロットが利用しているベッドに体を預けるのは二度目のことで、 主のシャロットへ謝罪するところから始めなければいけない。

 そうは思うものの、その主に謝罪する元気すら生まれてこない。


(なんかもう……疲れちゃった……)


 シャロットの部屋に置かれているクマのぬいぐるみ。

 ぬいぐるみが持っている黒板の数字を確認しなければいけないのに、それすらもどうでもよく思えてしまう。


(多分、2月28日の午後1時……)


 死に戻るたびに、1時間前の地点に戻ることは感覚的に分かってきている。

 クマをモチーフにしたキャラクターのぬいぐるみが時刻を知らせるまでもなく、自分の感覚だけで日付と時刻が分かるようになるなんて嬉しくもなんともない。


(何やっても、無意味なのかな……)


 死に戻りを繰り返すうちに、その回数を数えることすら面倒になってきた。

 最初は、これが最後の死に戻りかもしれないって焦りがあった。


(どうせ、何回でも生き返れるんだから……)


 カレンが味方になってくれたと信じ切った自分のせいで、きっとシャロットはまた断罪を回避できなかった。

 断罪を回避するにはカレンの協力が必要不可欠なのに、そのカレンを説得できないのなら何をやっても意味がない。


(何回も死んで、シャロットと異世界生活を満喫すれば……)


 目覚めるたびに、同じ日を繰り返す苦痛。

 シャロットの存在が希望の火を灯し続けてくれたけど、その火は既に消えかかる寸前。

 せっかく死に戻ってきたのに、未来に希望を抱くことができないくらい自分は衰弱してしまった。


「はぁ……っ」


 溜め息を吐き出し、ようやく主のベッドを借りたことへの謝罪をする覚悟を決めようとしたとき。

 部屋の中で、異変が起きていることに気づいた。


「シャロット……は……?」


 部屋の中は静まり返っていて、いつも侍女を叱責してくる主の姿が見当たらない。


「シャロット様……?」


 終わることのない死に戻りに絶望しかけたとき、何度も何度も私を呼び覚ましてくれた彼女が部屋の中にいない。


「シャロット様! どこにいらっしゃるんですか!」


 焦りと不安が駆け巡る。

 急いでベッドから飛び起き、部屋中を隈なく捜す。

 気づいたのは、クマのぬいぐるみが2月28日の午後1時を示していることくらい。

 シャロットを見つける手がかりはどこにもなく、心臓の鼓動が速まっていくのを感じる。


「なんで……なんでシャロットがいないの……?」


 確かに私は、シャロットの四度目の死を見届けていない。

 でも、シャロットの死を見届けていないのは、三度目の斬首のときと同じ。

 初めての経験ではないはずなのに、物語に登場する悪役令嬢は姿を消してしまった。


「シャロット様っ! シャロット様っ!」


 シャロットが死んだかどうかを確かめる術はなく、自分の声は虚しく部屋の壁に反響するだけ。

 頭の中は混乱し、思考がまとまらない。

 数分前までシャロットと一緒にいたはずなのに、何かが決定的に変わってしまった。


(断罪の時刻が変わった?)


 シャロットが部屋にいないのなら、侍女は主を探すために部屋を出るしかない。

 勢いよく扉を開いて、頭の中に詰め込まれているゲーム内のマップの記憶を掘り起こす。


(どこを探せば……)


 授業が始まったばかりの時刻のせいか、学園内は静寂に包まれていた。

 その静けさが、ますます私の不安を大きく煽っていく。


(生徒は授業中……)


 侍女が魔法学園の廊下をうろつくなんて不審以外の何物でもないかもしれないけど、授業中ということもあって廊下は恐ろしさを感じるくらい静まり返っている。


(教室にもいない)


 死に戻るたびに、自分を迎え入れてくれたシャロットの姿が見当たらない。

 断罪を控えているシャロットが呑気に授業を受けているとは思えなかったけど、それでも各部屋をこっそり覗いて、廊下や階段も丁寧に捜索していく。

 けれど、シャロットを見つけるための手がかりは一切見つからない。


「悪役令嬢のイベント……イベント……」


 乙女ゲームは、プレイヤーが攻略キャラクターとの恋愛過程を楽しむのが売り。

 悪役令嬢の断罪イベントなんて物語を盛り上げるための一イベントでしかなくて、断罪直前の悪役令嬢が何をやっていたかなんてゲームの中では描かれていない。

 よって、私にはシャロットを探す手がかりが何も浮かばない。


(今までは、ずっと一緒にいてくれた……)


 別行動をしたことはあったけど、こんな風に一度もシャロットの顔を見ずに新しい人生が始まるのは初めてのこと。


「死に戻りに、制限がある……?」


 死に戻ったあとの人生に狂いが生じないなんて、誰が保障してくれた?

 死に戻ったあとの人生に、いない人物がいたって可笑しくない。

 だって、死に戻りを繰り返したところで、世界の説明をしてくれる神様も女神様も未だに登場しない。


「終わっちゃったの……?」


 もちろん、単にシャロットが外出をしているだけのことかもしれない。

 世界から悪役令嬢シャロット・レトナークがいなくなったなんて、私の思い込みでしかない。


「ある意味……終わったのかな……」


 死に戻りを、終わらせたいと思っている自分がいる。

 もう死に戻りたくないって気持ちは、シャロットを探す気力を失わせていく。


「やっと、異世界生活を楽しむときが来た……」


 自分の全身を確認するための巨大な鏡が、私がまとっている衣服を映し出す。

 純白のエプロンにはレースが施されていて、美しい黒が基調となったメイド服を身に(まと)う自分。

 誰かの侍女に転生したのは間違いなく、私が誰かに仕えていることも間違いない。


(私の、主は……)


 私には2月28日以前の、シャロットとの思い出は何もない。


(でも、何度も繰り返した……)


 2月28日を何度も繰り返すことで、私はゲームの中には存在しないシャロットとの思い出を作ってきたことは嘘でも偽りでもない。


「勝手に終わらせたら……ダメ……」


 シャロットと一緒に斬首されたとき、彼女は言った。

 死にたくないと。


「そんなの、当たり前だよね」


 どんなに強く凛々しい悪役令嬢だって、死ぬのは怖い。

 死にたくないと、本音を溢れさせた彼女の赤の瞳は今も記憶に焼きついている。

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