第5話「死に戻りを終わらせるために生きてきた」
「杖を手放しなさい、焼き殺されたいの?」
「なんて野蛮な、っ」
炎のように燃え上がる赤い髪色が視界に入ってくるだけで、安堵の気持ちが広がってくるのを感じる。
(今度こそ、シャロットを救いたい……!)
決して怯むことなく立ち向かうシャロットの姿は、まさに物語の主人公そのもの。
杖から放たれる炎と、高まっていく炎の熱が、ジェフリーを圧倒していく。
彼は必死に防御魔法の呪文を唱えようとするが、シャロットの攻撃の前には無力だった。
「諦めなさい」
シャロットの凛とした声が響き渡る。
ジェフリーはシャロットの言葉に怯えたのか、後退りしながら杖を握り締める。
でも、彼が降参と認めるまで、シャロットは炎の勢いを止めることがない。
ますます勢いを増していく炎を前に、ジェフリーは何もできなくなるほど追い詰められた。
(やっと……終わる……)
カレンは、ジェフリーを止める素振りを見せてくれた。
カレンさえ味方にできれば、あとはジェフリーを説得するのみ。
悪役令嬢の断罪を、ようやく回避できるところまで来たことに安堵の息を吐き出す。
「侍女の方、手を貸します」
戦いに気を取られているジェフリーの隙を見て、カレンが地面に倒れたままの私に声をかけてくれた。
彼女はもう泣き止んでいて、ちゃんと自分の足で立ち上がることができるようになっていた。
「ありがとう、ございます……」
自分だけが息を切らしているのは格好悪いと思うけど、息を切らせるほど気合いを入れないと立ち上がることすら難しいのだから仕方がない。
「戦いが終わったら、私がちゃんとジェフリーのことを説得します」
「ご協力、感謝いたします」
勝利の喜びが湧き上がると同時に、大きな疲労感が押し寄せてくる。
「やはり、お二人は……善き、ライバル……だったの、ですね」
手のひらを地面につけているはずなのに、すぐに気を抜くと全身の力が抜けそうになるところは情けない。
「今、麻痺を解きますね」
カレンの手が、そっと私の肩へと触れる。
主人公が救いの手を差し伸べてくるところがエンディングっぽいと感じていると、シャロットの方もジェフリーをおとなしくさせることに成功したらしい。
「やっと、まともに話ができそうね」
「くっ……このままでは済まないぞ」
「どう済まないのかしら? 私の侍女を殺そうとしたのは、あなたの方でしょう」
カレンの証言さえあれば、シャロットが正当防衛で魔法の力を行使したことが証明される。
どんなにジェフリーが足掻いても、シャロットを断罪に追い込むことはできない。
彼の負けっぷりに、いい気味だと目を向けていると、カレンから小さな小瓶を差し出された。
「魔力を使い切ってしまったので……」
カレンの光魔法は私にかすりもしなかったけど、あれだけ魔法を連発した疲れが出てしまったのかもしれない。
カレンは透明の薬が入った小瓶を、申し訳なさそうな顔をしながら手渡してくる。
「本来は、治癒魔法を使うべきなのですが……」
「お気遣い、ありがとう、ござい、ます」
カレンの目に涙が浮かんでいることに気づき、私は薬の瓶を握り締めている彼女に力を抜くように促す。
薬を受け取るという意思を感じ取ってくれたカレンに、ようやく温かく親しみやすい笑顔が戻ってくる。
「よく薬なんて持ち歩いていたわね」
「常に、大事に至ったときのことを考える。シャロット様に教わったことですよ」
植物の蔦に束縛されたジェフリーを蚊帳の外へと追いやり、シャロットとカレンは平和な空気を作り上げていく。
「薬なんて使わなくても、私が治癒魔法で……」
「侍女の方を傷つけたのは私です。せめて、お詫びをさせてください」
このまま麻痺で碌に口も動かせずにいたら、シャロットは断罪ルートではなくカレンとの友情ルートへ進んでしまうかもしれない。
上がりづらくなっている手を、なんとか口まで持ち上げられるように力を込める。
(早く麻痺を解いて、シャロットに伝えなきゃ……)
助けてくれて、ありがとう。
ジェフリーとの戦いが素晴らしかったこと、シャロットの強さを誇りに思っていること。
彼女に伝えたい話が、たくさん思い浮かぶ。
そんな幸福感に溺れながら、私はカレンに渡された小瓶を口へと運んでいく。
「私が、お手伝いしますよ」
「あ、すみま、せん……」
痺れた手が震え、薬の瓶の透明な液体すら零しそうになる。
こんなにも体に麻痺が残る経験をしたことがなかったため、薬を飲むのすら一苦労するとは思ってもみなかった。
カレンの優しさに助けられながら、一緒に薬の瓶を支えてもらう。
「薬すら飲めないのなら、私の治癒魔法で……」
薬の瓶を握りしめる手を震わせていた私を見かねたシャロットが、治癒魔法を行使するために杖を高く掲げたとき。
いち早く動きを見せたのはシャロットではなく、私に寄り添っていたカレンだった。
「これで、楽になれますよ」
私の手から、薬の瓶を奪い取った。
そして、その中身の液体を口の中へと流し込んでいく。
「ごほっ、っ、あ……」
カレンの強引な動きに従わざるを得ず、薬は喉を通り抜けていく。
「カレンっ! あなた……」
「良かった……これで、これで、私は役立たずじゃなくなる……」
薬が浸透していく感覚が、体全体に広がっていく。
「くっ、あ……」
「アリナっ! アリナ!」
シャロットが、私の名前を叫んでくれた。
シャロットが侍女の名前を記憶しているわけがなく、私はまた都合のいい夢を見始めているらしい。
「は、ぁ、っ」
「待ってなさい、今、治癒魔法を!」
薄れていく意識の中で、薬の瓶に入っていたのは治癒の薬ではないと気づいた。
「っ、ぁ、はっ」
意識を失って眠りに就きたいはずなのに、猛毒が無理矢理に私の意識を引き戻す。
体は震え始め、苦しみを逃がすことのできない私は声を押し殺してすすり泣く。
「た、すけ……」
シャロットは傍にいるはずなのに、なぜか私は治癒魔法の恩恵を受けることができない。
「私は、価値なしなんかじゃない……私だって、私だって……」
意識を手放す前に聞こえてきたのは、シャロットの声ではなかった。
主がどうなったか見届けなければいけないのに、私には目を見開く気力も残されていない。
(私のせいで……シャロットは……)
悪役令嬢シャロット・レトナークを断罪ルートから救うための転生物語だと思っていたのに、予定は大きく狂っていく。
どんなに心の中で叫び声を響き渡らせても、それらはシャロットの助けにもなれない。
私は、もがき苦しみながら永遠の眠りに就いた。




