第3話「主人公とモブキャラクターと悪役令嬢」
(味方にするなら、カレンじゃなきゃ)
シャロットの味方をする人物を増やしたいという考えは、今も変わっていない。
でも、生徒会長のミリアーナや、超がつくほどの頑固者のジェフリーを味方にしようとしたら、私まで斬首の刑になるというバッドエンドを手招いてしまった。
回りくどいやり方で味方を増やすのではなく、誰よりも高い信頼度と好感度を誇るカレンさえ味方にできたら勝利は見えたようなもの。
(問題は、カレンが大悪党だったとき……)
隠し通路にカレンが現れたら、彼女を説得することでシャロットの断罪を回避する予定ではいる。
でも、カレンはすぐに涙ながらに情に訴えるという姑息な手段を使ってくる。
話し合いすらもさせてもらえなかったら、私とシャロットはまた衛兵に捕らえられてしまう。
「今日のあなたは、考えごとが大好きなのね」
今日のあなた。
シャロットは、まるで過去の私を知っているような言い回しをしてくる。
(そんなこと言われたら、期待しちゃう……)
シャロットが、過去の記憶を持っているんじゃないか。
シャロットは、私と一緒に死に戻っているのではないか。
私は大きく首を横に何度も振って、それらの考えを否定する。
「カレン様を説得できたら、大きく前進するなと思っただけで……きゃっ」
古びた石壁に触れるだけで、隠し通路が崩れ去ってしまうのではないかという不安に駆られる。
「怪我をして、足手まといになるのだけはやめなさい」
「はい……」
それでも、シャロットが道を照らす光魔法は頼りがいがありすぎて、その不安すらもかき消してくれることに心救われる。
「……ジェフリーと親しくなってから、あの子も変わったのよね」
足がもつれた私に手を差し伸べたシャロットは、再び大きな溜め息を吐いた。
「善きライバルになるどころじゃなくなったわ」
乙女ゲームは攻略キャラクターと恋仲になって、攻略キャラクターから愛されることを楽しむもの。
主人公ポジションのカレンが、攻略キャラの一人であるジェフリーに恋するのは当然の展開。
でも、その当たり前が、悪役令嬢の視点からすると心地よくない展開に該当するのかもしれない。
「……お寂しかったですよね」
きっと、私の表情は歪んでいる。
「お嬢様は、あんなにもカレン様のことを気遣われてきたのに……」
隠し通路の先を行く私の顔を、シャロットが覗き込むことは絶対にない。
誰にも見られることがないと分かって、私の顔はますます可愛くない方向に歪んでしまったかもしれない。
「カレン様は、お嬢様の厚意に気づきもしないなんて」
「あなたには可愛らしい一面が、たくさんあるのね」
一瞬、何を言われたのか理解するのに時間がかかった。
「断罪される前に、侍女に嫉妬されるなんて」
たとえ人に見せられるような顔をしていなくても、後ろを振り返りたくなるような言葉をシャロットがくれる。
「やきもちを焼かれるなんて、生まれて初めて」
「っ、これは、やきもちではありません」
思わず、後ろを振り返った。
「だって……その……侍女が、そんな……」
前に向かって突き進まなければいけないのに、シャロットはいちいち私の心を攫ってしまうような言葉をくれるから困る。
「何が言いたいのかしら?」
「ですから、その……侍女が、嫉妬などという感情を抱くのは……良くないかと……」
薄暗い環境下でも、自分の顔は火照っていることだけは分かる。
自分は顔に溜まる熱の逃がし方が分からなくて焦るのに、目の前にいるシャロットは余裕ある表情で私を見つめる。
「時間は有限。自分の感情を隠しても、いいことはないわよ」
隠し通路を先導する役割が変わる。
シャロットは勇猛果敢に突き進み、その姿は過去に隠し通路を利用したときのことを思い起こさせる。
「あとで、後悔しないことね」
シャロットには自分が殺される瞬間の記憶がないはずなのに、後悔しないように生きようとする強さが感じられた。
(私は……)
何度も何度も、シャロットが断罪される場面を目にしてきた。
また死に戻れる保障なんてどこにもないのに、私は自分の気持ちを隠し通そうとした。
(シャロットを断罪から回避させて……それで……)
シャロットを大切に想っているからこそ、令嬢の隣に並ぶのは侍女ではない。
侍女の自分に価値がないのは常識的なことなのに、シャロットは私に未来への希望を与えてくれる。
(呼ばなきゃ……シャロットの名前、呼ばなきゃ……)
侍女から主に、添い遂げたいと望むのはおこがましいこと。
それでも自分が抱えている気持ちを伝えるのは悪ではないと、シャロットの強さが教えてくれた。
「シャロットさ……」
急に、足元がぐらつき始める。
足元の崩れにバランスを崩した私は、一瞬にして闇の中に飲み込まれた。
「アリナ!」
闇に飲まれる直前で、シャロットが私の名前を呼んでくれたような気がした。
焦燥感のようなものが胸を締めつけるけど、きっとそれは別れの恐怖からくる妄想だと思った。
(今のシャロットは、私の名前を知らない……)
シャロットが必死に手を伸ばしてくれたけど、私は彼女の手を掴むことができなかった。
「っ」
天井から落ちてくる水滴で、目が覚めた。
冷たい液体が頬に触れるたびに身震いしたけれど、ここに頼りがいのあるシャロットの炎魔法は存在しないことに気づかされる。
「ここは……」
冷たい風が頬を撫で、周囲の光景が一変していることに気づく。
一気に不安と緊張が胸に広がるのを感じるけど、自分のことよりも真っ先に心配しなければいけないのは断罪を控えているシャロット。
「抜け道は……」
たとえ転移魔法を使って移動させられたとしても、私の頭の中には乙女ゲームに登場したマップが記憶されている。
魔法を使った戦闘や防御は無理でも、迷子くらいなら力のない自分でも乗り切れる。
(会いたい、会いにいかなきゃ……)
シャロットに名前を呼ばれたのが、あまりにも一瞬の出来事すぎた。
名前を呼んでほしいっていう自分の妄想だったのか、シャロットが侍女の名前を記憶しているのかを確かめるためにも、震える自分の足を奮い立たせた。
「行かせません」
苔に覆われた壁は崩れかけていて、隠し通路と壁の造りが同じ。
自分は大移動させられたわけではなく、隠し通路のどこかへと転移させられたのだと悟る。
「それ以上、動いたら攻撃します」
薄暗い天井からは無数の蔦が垂れ下がり、乙女ゲームの主人公や攻略キャラクターはこんな悪路を歩いていたのだと頭が妙に冷静になっていく。




