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第1話「できない侍女だから、主を救うことができない」

「ん……」


 ゆっくりと瞼を開け、見慣れない天井を見つめた。

 心地よい感触のシーツとふかふかの枕に包まれ、自分がどこにいるのか理解できなかった。


「っ」


 次第に何があったかを思い出し、私は慌てて体を起こした。


「ようやく、お目覚めかしら」


 閉じられていたカーテンを開き、昼間の輝かしい太陽の光を部屋に取り込んでいる少女がいた。

 炎のように輝く真紅の髪が軽やかに揺れ、心も体も悪役令嬢シャロット・レトナークへと引き寄せられていく。


「シャロット、様……」


 悪役令嬢だけでなく、今度は自分自身も命を絶たれることになってしまった。

 自分が生きていることを実感しようとするだけでも頭が混乱するのに、シャロットも一緒に命を甦らせていることに涙が止まらない。


「っ、ふ、ぅ……」

「まったく……主のベッドを使って休むなんて、とんでもない侍女ね」


 足音が近づくにつれて、胸が高鳴るのを感じる。

 信じられない思いで顔を上げるけど、そこにいるのは見知らぬ他人なんかではない。


「どこまであなたは、できない侍女なのかしら」


 視界に映り込むのは、ずっと想い続けている主の姿。

 神秘的な赤の瞳が輝き、その瞳に見つめられたら目が離せなってしまう。

 それだけ力強い瞳を持つ悪役令嬢シャロット・レトナークと、私は再会を果たした。


「シャロットお嬢様っ」


 感動と安堵の涙が、一気に溢れてくる。

 頬を流れ落ちる涙を何度も何度も拭うけど、涙はいつまで経っても落ち着きを見せない。


「起きた途端に泣き始めるなんて……忙しい子ね」


 せめて震える手を抑え込もうと意気込もうとした、その瞬間。


「断罪は、これからよ」


 私は、シャロットの温かい胸に抱かれた。


「っ」


「断罪当日に悲しんだって、何も変わらないんだから」


 凛としている響きある声がシャロットの特徴。

 でも、耳元で囁かれる、その声は。

 今まで聞いた、どんな声よりも優しいものに思えた。


「お嬢様……涙が止まりません……」

「止めなさい。主からの命令よ」


 主の腕の中で、涙を溢れさせる侍女なんて聞いたことも見たこともない。

 まるで物語のような展開を迎えていることに幸福感を覚え、すべての不安と恐怖が一瞬で消え去った。


(生きたい……生きたいよ……)


 三度目の死を迎えるシャロットが溢れさせた、《《死にたくない》》という言葉が深く心に響いている。

 強さを誇って生きてきたシャロットが溢した、唯一の本音。

 何度も何度も頭の中を駆け巡り、本当は弱さを隠しながら生きているシャロットの力になりたいという願いは止まない。


「お嬢様に、3月1日を迎えてほしいです……」

「何をやっても無駄よ」


 小さな身体を優しく包み込み、シャロットは私の背中をそっと撫でた。

 そして、私はシャロットの熱から解放される。

 私は、もう、悪役令嬢シャロット・レトナークに触れることは許されないということ。


「汚れたベッドは、あなたが綺麗にしなさい」

「っ、申し訳ございません!」


 感動の再会に声が震えるけど、その感動に浸っている余韻はない。

 主が使用するベッドを自分が使っていたことに気づいて、私の心は一気に重くなる。


「次に、この部屋を使うのは私じゃないんだから」


 見知らぬ誰かに向けての言葉だったと気づくと、私は現実をしっかりと受け止める覚悟を決める。

 部屋に置かれているクマをモチーフにしたぬいぐるみへと目を向ける。


(2月28日……午後2時……)


 ぬいぐるみが抱えている黒板に記されている日付と時刻を確認する。

 死に戻るたびに、1時間前の地点に戻ってこられることも確認する。


(でも、次があるとは限らない)


 1時間前の地点に戻れる、やったーって精神で物事を進めていくわけにはいかない。


(あんな残酷な殺され方……二度と迎えさせない)


 痛みも、恐怖も、苦しみも、人間のマイナスになりそうな感情すべて、断罪を通して一気に経験した。

 断罪されるときに味わった感情を、二度とシャロットには与えないと心で誓いを立てる。


「聞いてなかったの?」

「え?」


 考えごとをしていたために、主の話が耳に入らなかった。

 またしてもからくり人形のように、謝罪の言葉をシャロットに伝えようと頭を下げようとした。

 けれど、彼女の腕が伸ばされ、私は頭を下げることを許してもらえなかった。


「お嬢様……?」


 主の言葉を聞き逃したことに焦り、心臓が早鐘のように打ち始める。

 早鐘ってなんだっけと思わなくもないけど、どこかから拾ってきた言葉で私の頭はいっぱいになっていく。


「食事の準備をしなさいと言ったの」

 シャロットの三度目の死のときは、彼女に差し出されたお茶を飲む元気すらなかった。

 主の断罪を想って、食欲なんてものが出るはずもない。

 そう思っていたけど、今回の人生では違った感情が私の心を埋め尽くし始める。


「喜んで準備させていただきます」


 別に、異世界生活を満喫しようだなんて思っていない。

 今回の人生で、必ず死に戻りを終わらせてやるなんて楽観的な考えでいるわけでもない。


「戦うためには、きちんと食べなければいけませんからね」

「戦う……?」

「断罪を回避するための戦いです」


 希望を含んだような明るい笑みを浮かべながら、私は主のために次に繋がる食事を用意する。

 シャロットの目の前に贅沢な料理の数々を並べ、その香りを味わうだけでお腹が満たされそうになるのを感じる。


「さすがは、魔法学園直属のシェフが作る料理ですね」

「最後の晩餐には、相応しいわね」


 両手を、ぎゅっと握り締めるシャロット。

 主は最後の晩餐と称したって、彼女に仕える侍女は主を最後の晩餐に臨ませるわけにはいかない。


「明日に繋ぐための食事を、どうぞお召し上がりください」


 あと3時間後に主が断罪されるなんて思えないような、華やかな食事の始まり。

 目を見開いて、なるべく輝かしい瞳を浮かべられるように努める。


「あなたも付き合いなさい」

「……え?」

「あなたは、同じ反応しかできないの?」


 シャロットには、死に戻る前の記憶がないはず。

 記憶を引き継いでいるのは私だけのはずなのに、言葉を交わし合っていると思い出すことがある。


(からくり人形って、揶揄されたんだよねー……)


 金色に輝くスープの香りに抗うことができず、私は大きく首を縦に振った。


「いただきます」


 主からの誘いに照れくさくはあったけど、嬉しいって気持ちを精いっぱい主に伝えるために笑ってみせる。


「……食欲があるの?」

「ずっと食事をしたいと思ってました」


 異世界で初めての食事が、最後の晩餐になるなんて冗談じゃない。

 この食事を口にして、自分の血肉にしてやると意気込んでみる。

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