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第7話「死ぬって、怖い」

「シャロット様のことは助けます。ですから、私の親友を傷つけた責任を、あなたが取ってください」


 冷酷な声が落とされ、心臓が凍りついたような気がした。


「私、が……?」

「はい。だって、私の親友を傷つけた罪は重いですから」


 なんでもすると言ったのは、確かに自分。

 でも、カレンの言葉が何を指しているか勘づいてしまったからこそ、体に深い絶望と恐怖が広がっていく。


「悪役令嬢の死を待っている方が大勢いるんです。その、代わりが必要になると思いませんか」


 シャロットを断罪ルートから回避させることが、私の一番の目的だった。

 その目標が達成されそうなところまで来ているのに、体の震えが止まらない。


(私が、殺されるの……?)


 シャロットと一緒に3月1日を迎えるという予定が大きく狂い始め、瞳に涙が浮かび始める。


「待ちなさい」


 地面を見つめたままだったシャロットの、凛とした声が響いた。


「私の侍女は、本当に使えない子なの」


 顔を上げたシャロットは、赤の瞳で主人公のカレンと対峙する。


「言葉巧みに会長をそそのかすことも、魔法で会長を操ることもできない。死罪になるほどのことはしていないはずよ」


 シャロットの白い肌と真紅の髪。

 そして、赤の瞳が彼女の美しさを一層、際立たせていく。


「そうですね……シャロット様のおっしゃる通りです。少し気持ちが焦りすぎました」

「早く私を、断頭台に連れていきなさい」


 シャロットには、誰もが一目で心を奪われるほどの美しさがある。


「残念でしたね、侍女さんが代わりになってくれるところだったのに」

「侍女に代わりになってもらうほど、私は落ちぶれていないわ」

「ジェフリーを説得するチャンスを自ら逃すなんて……」


 それなのに、この世界を生きる人々はカレンの可愛らしさに惹かれていく。


「ジェフリーの元へ、シャロット様をお連れください」


 心を操る魔法が存在しているんじゃないかと思ってしまうくらい、衛兵たちは主人公の立ち位置のカレンの指示に従順だった。

 私が慕っている赤の髪の少女は、私の前から姿を消した。


「そうだ! いいことを思いついちゃいました」


 シャロットの二度目の死のときは、主人公(カレン)悪役令嬢(シャロット)を救いに現れた。

 そんな展開もあったはずなのに、主人公はどんどんと可愛くない方向へと物語を導いていく。


「侍女の方に、お詫びをさせてください」


 カレンが微笑むと、その笑顔は空気を和らげるだけでなく、春の日差しのような暖かさまで運んでくる。

 みんながみんな心を奪われ、みんながみんなカレンの意見に賛同していく。


「主の死を、近くで見届けてください」


 カレンの言葉が何を意味するのか理解したときには、既に手遅れだと気づく。

 私はシャロットと一緒に断頭台へと連れていかれ、主と侍女は仲良く斬首の刑を待つ身となった。


(死ぬの……? 私も、シャロットと一緒に……?)


 いざ自分が殺されると分かったら、少しは抵抗すべきかもしれない。

 でも、抵抗したら、死刑が早まってしまうかもしれない。

 抵抗できない状況に置かれることが、どんなに恐ろしいことなのか身をもって知っていく。


(死にたくない……死にたくない……!)


 抗うという選択肢を選べない私は、言葉を発することができなくなった。

 心の中では『死にたくない』と叫んでいても、その本音を声に出すことができない。

 自分の不甲斐なさに涙を流したいけれど、その涙すらも溢れてこないほど私の心は枯れ切った。


「今日は、二人の人間を断罪することが決まった」


 ジェフリーの宣誓が始まると、中央広場には怒りと憎しみの声が響き渡る。

 誰もが悪役令嬢と侍女の断罪を待ち望んでいて、舞台は最高潮に盛り上がっていく。

 シャロットは生徒を傷つけるようなことをしていないのに、生徒たちの目には苦しみと不満が宿っているのが分かる。


(また、死に戻れるかどうかなんて分からない……)


 悪役令嬢の断罪は、主人公の立場であるカレンが仕組んだこと。

 そこまでは分かったのに、そこから先の解決の糸口が見つからない。


(どうしたら、どうしたら……)


 シャロットが処刑されるたびに、1時間ずつ過去へと遡っていることが判明している。

 24回シャロットが処刑されれば、断罪の一日前へと戻ることができるかもしれない。

 48回シャロットが処刑されれば、断罪の二日前へと戻ることができるかもしれない。


(でも、そんなのは憶測でしかない)


 異世界転生の物語のように神様や女神様が登場して、あと何回死に戻ることができると案内してくれるわけではない。

 もう一度、死に戻りたいと願ったところで、その願いを確実に叶えてくれる存在も現れない。


「無駄……何をやっても無駄なのよ……」


 処刑の準備が整ったあと、シャロットはぽつりと呟いた。

 でも、彼女の言葉は観衆の声で、すぐにかき消されてしまった。

 シャロットの言葉に聞く耳を持つ人物は現れず、彼女の言葉を拾うことができたのは隣で処刑を待つ私だけ。


「断罪せよ!」


 生徒たちの声が益々、大きくなる。

 私は、またシャロットを救うことができなかったということ。


「ない……」


 騒音の中からシャロットの声が聞こえて、私は隣に並ぶ彼女を見た。

 彼女の赤の瞳は、私を視界に映していた。


「死にたく、ない……」


シャロットから、言葉が溢れる。


「死にたくない……」


 シャロットの感情が、溢れていく。


「っ」


 私にだけ聞こえる、シャロットの声。

 心臓が激しく鼓動し始め、酸素を取り込むことが上手くできなくなっていく。


「死にたくないの……」


 赤の瞳から溢れ出した涙が、シャロットの頬を伝っていく。


「シャロット、様……」


 ずっと毅然とした態度を崩さなかったシャロット。

 ずっと死を覚悟してきた彼女の凛々しい姿を格好いいと思ってきた。

 でも、私は、それこそシャロットの生き方をからくり人形のように思えた。


「シャロット様っ……」


 心の奥底から湧き上がる本音を聞いて、やっと私の心が潤いを取り戻し始める。


「シャロット様っ……!」


 悪役令嬢の断罪を回避するどころの話ではなく、今度は二人同時に処刑されるという展開を迎えた。

 やっと、シャロットの本音を聞くことができたのに。

 やっと、シャロットの人らしい感情を聞くことができたのに。

 やっと、シャロット・レトナークの心からの叫びを聞くことができたのに。

 喜びに浸る間もなく、死刑執行人は冷たい刃を私の首に触れさせる。


「私も……」


 少しでも首を動かせば命を絶たれると分かっていても、叫びたくなった。

「私も……!」


 死の恐怖に抗うことができず、流れないと思っていた涙が溢れ始める。

 断罪される覚悟なんて、悪役令嬢シャロット・レトナークですらも持っていない。

 悪役令嬢シャロット・レトナークすらも、死ぬことを怖いと思っている。


「生きたい……」


 たとえ運命が定められているとしても、その運命を変えるために私はシャロットの侍女に転生してきたと信じたい。

 シャロットに3月1日を迎えてもらうために、ありったけの想いを言葉に込める。


「生きたいっっ!」


 最後の叫び声を上げた瞬間、私は斬首された。


「ありがとう、カレン様っ」

「ありがとうございます、ジェフリー様」


 二つの首が転げ落ちた瞬間を、学園の生徒たちは誰一人として気に留めることはなかった。

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