第5話「生徒会長ミリアーナ」
「シャロットお嬢様の罪を晴らすために、ご協力をお願いいたします」
「残念ですが、彼女の悪行はカレンから伺っています」
ミリアーナの声は柔らかく、心を落ち着かせるには十分な効果を発揮している。
「今日の断罪を避けることは難しいかと」
でも、その希望を与えるような柔らかな声を、今は残酷に思った。
「確かに、カレン様を傷つけたことは認めます。ですが、お嬢様の命を奪うなんて……あまりにも罪が重すぎるのではないでしょうか」
「平民出身のカレンを陥れた。その事実が、何よりも……」
ジェフリーと会話をしていたときも、こんな違和感に襲われた。
「ミリアーナ様?」
私の話し相手から、シャロットがどういう罪を犯したのかという具体的なエピソードが何も出てこない。
ジェフリーもミリアーナも過去の話をしようとすると、突然その記憶が霧のように消えてしまったかのように言葉を詰まらせる。
「具体的に、何が罪に問われているのでしょうか。お教えください」
「それは……」
「私は、お嬢様が無実だと証明したいのです」
多くの生徒たちから信頼を集めているミリアーナは、いつだって冷静な態度で迷える主人公を友として支えてきた。でも、彼女は困惑した表情で首を傾げるだけ。
「カレンが……」
「カレン様は、シャロットお嬢様に命を脅かされたのでしょうか」
「そうです……そう!」
私の言葉に肯定する割に、ミリアーナは戸惑った表情を浮かべる。
(会長は、カレンの一番の味方……)
乙女ゲーム内の主人公であるカレンと親友のミリアーナには、友情エンディングというものが用意されている。
二人の友情が誰よりも深いことは、プレイヤーである私がよく知っている。
(ジェフリーも、カレンの一番の味方……)
多くの味方を抱えるカレンが、悪役令嬢のありもしない悪行を広めたのかもしれない。
虚偽の事実を、いかにも事実であるかのように仕立て上げて捏造した。
その犯人こそ、多くの人たちに愛される主人公であるカレンなのではないかと疑った。
「本当は、何もなかったのではありませんか」
「そんなわけ……」
「傷ついた、酷いことをされた……親友に、そんなことを言われたら信じてしまいますよね」
主人公の立場であるカレンの好感度が高いのは、ゲームの中でも現実でも変わらない。
みんながみんなカレンのことを慕っているのなら、みんながみんな周りに合わせているだけかもしれない。
「だって、カレンは……カレンは傷ついたって……」
「何をされて、傷ついたのですか」
「それは……」
カレンの話を信じられないと言う人が現れたら、その人は仲間外れと認定されて輪の外へと追い出されてしまう。
みんながみんな仲間外れを恐れて、誰にも相談できなくなった結果が今なのかもしれない。
「カレン様に謝罪するためにも、断罪される理由を教えてください」
「ですから、カレンは傷ついたと言って……」
カレンがシャロットを悪と決めつけたせいで、みんながみんな同調してしまった。
シャロットに危害を加えられたわけでもないのに、シャロットが悪だと思い込んでしまったのではないか。
「死罪と言うことは、シャロット様の罪はとても重いはずです。それなのに、死罪が決定した理由を知らないのですか」
ここでようやく、ミリアーナは眉をひそめて考え込んだ。
「……冤罪の可能性があるということですね」
「はい、非常に危険な状況だと思います」
主人公のカレンの次に、高い信頼度を誇るミリアーナ会長の真摯な眼差しが戻ってきた。
「冤罪となったら、カレン様だけでなく、学園の名誉に傷がつくことになるかと」
ミリアーナはしばらく黙っていたけど、やがて深く頷いてくれた。
「わかりました、私もシャロットの無実を信じましょう」
「ありがとうございます、ミリアーナ会長! 本当に感謝いたします」
まだシャロットが助かったわけでもないのに、目に涙が浮かび始める。
「共に頑張りましょう。真実を明らかにするために」
学園の誰もが憧れる生徒会長の一声さえあれば、事態は大きく変わる。
シャロットを守る仲間が見つかったことに、胸が温かくなるのを感じた。
(今度こそ、今度こそ、悪役令嬢の断罪を回避できる)
死に戻る前の記憶を引き継いでいるのは、恐らく私だけ。
シャロットは覚えていなくても、私はシャロットに3月1日を迎えさせると約束した。
その約束を、やっと守ることができるところまで事を運ぶことができた。
(初めて、希望が生まれた)
ミリアーナと共に中央広場に向かう際に、学園の敷地に広がる庭園に心を惹かれた。
広大な庭園には、色とりどりの花々が咲き誇っている。
まさにシャロットの人生を祝福しているかのような煌びやかな世界に、やっと心を弾ませることができるかもしれない。
「ミリアーナ様っ、中央広場はこちら……」
シャロットの断罪を知らせる鐘の音は聞いていない。
(断罪まで、まだ時間がある)
シャロットと共に、3月1日を迎えられる可能性が大きく高まったことに口角を上げずにはいられない。
ミリアーナの走る速度に気を遣いながらも、一刻も早く生徒たちが集う中央広場に駆けつけたくて気持ちが焦る。
「中央広場に着いたら、カレン様の説得……」
生徒会長という信用おける地位を持つミリアーナに、このあと託したい計画を説明しようとしたときのことだった。
「っ」
断頭台へと連れていかれるシャロットを見つけて、私は言葉を失った。
(でも、今度は、私ひとりじゃない)
ゲームの中では悪役令嬢が断罪される場面ばかりが描かれていて、悪役令嬢の心情はまったく描かれていない。
運命に抗うことなく断頭台の舞台へ向かう彼女は相変わらず美しいけれど、その美しさは明日も続かなければ意味がない。
「シャロット様っ!」
一回目の死のときも、二回目の死のときも、シャロットはいつだって断罪への覚悟を決めているように見えた。
「今度こそ、3月1日を迎えましょう!」
自分が断罪されるのは定められた運命だと受け入れるシャロットを格好いいと思うけど、いつも同じ諦めの瞳を見せる彼女はからくり人形のよう。
ただただ、主に謝ることしかできなかった侍女のようだとも思った。
「あなた……まだいたの?」
私の叫び声に気づいた衛兵は、侍女が主に近づこうとしているのだと思い込んで警戒を強めた。
でも、ここで取り乱してもいいことはないと思って、私は黙ってシャロットの冷たい視線を受け止める。
「絶対に死なせませんと、私は約束しましたから」
過去の記憶を持たないシャロットは覚えていなくても、私は過去の記憶を持っている。
過去のシャロットと交わした約束を、もう一度あらためて彼女へと伝える。
「生徒会長のミリアーナ・ベルです」
ミリアーナの声は落ち着いているけれど、響きある声で衛兵たちの注目を集める。
「シャロットが犯したとされる罪について、もう一度、検討の余地があると思っています」
この場にカレンとジェフリーがいないのは予定とは違ったけれど、まずはシャロットを断頭台へ連れていくのを止めなければいけない。
「もっと根拠を明確にしない限り、生徒の命を奪うことは許されません」
過去のシャロットの死では、私もシャロットもずっと孤立していた。
私たちの味方になってくれる人物が現れるだけで、未来への希望の光が差し込んでくるのを感じる。
一人の味方が増えるだけで、こんなにも心強い気持ちが生まれてくるのだと初めて知ることができた。




