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第3話「死に戻りを終わらせるための知識」

「これで満足?」


 もっと、もっと、触れていたい。

 悪役令嬢シャロット・レトナークが生きていることを実感したいのに、彼女を求めるには時間が足りない。

 彼女の熱が離れ、私は大きく息を吸い込んだ。


「いえ、満足できません」

「言ってみなさい」


 ゆっくりと顔に笑みが広がっていく。


「名前を呼んでください」


 シャロットは、侍女の名を知らない。

 自分の名を名乗るために口を開こうとすると、シャロットの温かな右手が私の頬に触れる。


「聞かせて、あなたの名前を」


 近すぎる距離に戸惑ってしまうけど、私は赤の瞳に囚われて逃げることも許されない。


「っ」


 シャロットと視線を合わせられないくらいの緊張が私を包み込む。


「侍女の名前は覚えていないの。だから、聞かせて」


 潤んだ瞳で、シャロットを見つめる。


「…………ナ」


 呼吸が苦しい。


「……リナ」


 でも、呼んでほしい。


「アリナ……です」


 シャロットに呼んでほしいと願うから、震える声で自分の名前を声にした。


「それが、両親の願いが込められている名ね」


 これ以上、距離を縮めることなんてできないと思っていたのに。

 私の額に、彼女の額が合わさった。


「ありがとう、アリナ」


 視界に、赤い色しか映らない。

 それだけ近い距離で、私は最愛の彼女から名前を呼んでもらえた。


「さようなら」


 でも、すぐに彼女の熱は遠ざかっていく。


「アリナ」


 主に付き添う覚悟のない侍女に、別れの言葉は必要ない。

 そのまま侍女を無視して部屋を出て行けばいいのに、彼女は私に言葉をくれた。

 シャロット・レトナークの傍には、侍女がいたという事実を認めてくれた。


「お嬢様!」


 自分の中に湧き上がる気持ちの正体に、答えは出ない。

 答えすら出せない自分にがっかりしてしまうけど、ひとつだけはっきりしている気持ちはある。


「生きてください」


 なるべく笑顔を作ろうと心がけるけど、この笑顔の裏には隠し切れない悲しみがある。

 これがシャロットとの別れになるのだと思うと、涙を堪えるのも辛くなってくる。


「お嬢様は覚えていらっしゃらないと思いますが……」


 だらだらと呑気に部屋で、お喋りをしている場合ではない。

 一刻も早くシャロットを送り出して、逃亡の手助けをするのが侍女に与えられた役割だと頭では理解している。


「私は、シャロットお嬢様のお傍に置いてくださいとお願いしました」


 でも、シャロットの侍女に転生したからこそ、侍女は主の許可をもらわなければいけないと心を落ち着かせていく。


「その願いを、今、このときをもって破棄させてください」


 悪役令嬢にとってのモブキャラなんて思い出の欠片も残っていないだろうけど、侍女にとって主は人生の一部。

 心が締めつけられるような想いに駆られるけど、拳をぎゅっと握り締めて力強く言葉を発する。

 シャロット・レトナークに憧れていた気持ちを、全身を使って表現してみせた。


「……好きになさい」


 私は死に戻りという設定を経験しているせいなのか、異世界転生してからの記憶がずっと引き継がれている。

 シャロットが過去の記憶を引き継いでいるはずがないけれど、約束を破ることに成功した。

 主から、晴れて自由の身になることを許された。


「ありがとうございます……お嬢様……」


 扉が、音も立てずに閉じられた。

 これから断罪を控えているシャロットは、侍女の存在なしで逃亡することを選んだ。


「ごめんなさい、役立たずの侍女で……」


 乙女ゲームの中でも、現実でも、悪役令嬢シャロット・レトナークに仕える侍女は無力な人間だった。

 それは紛れもない事実で、きっとこの先も私は上手く立ち回れないかもしれない。


「本当は、ずっと一緒にいたかった……」


 できる侍女になることで、確実に悪役令嬢の断罪を回避できるという自信があった。

 でも、私がシャロットに付き添ったところで、彼女の断罪は回避できないと学んだ。


「本当は、ずっとずっと傍にいたかった……」


 私は、きっと永遠に役立たずの侍女として生きていく。


「私は!」


 誰もいなくなった部屋で、自分だけの声が響く。

 こんなにも大きな声を出したのは、シャロットの断罪を始めて目の当たりにしたとき以来かもしれない。


「シャロットに3月1日を迎えさせたい!」


 侍女()に、生きる権利を与えてくれたシャロット・レトナーク。

 侍女に深い愛情をくれた主にも、明日を迎えることができるっていう希望を抱いてほしい。


「今度こそ、今度こそ!」


 誰にも届くことのない叫びを響かせて、私はシャロットが出て行った扉を思い切り開いた。

 物語の結末を変えるために、扉の向こうに待っている希望へと手を伸ばした。


(一度目の死では、誰も助けてくれなかった)


 広大な魔法学園の廊下を、急ぎ足で進んでいく。

 心は焦りと不安でいっぱいだけど、シャロットはまだ部屋を出たばかり。

 彼女が拘束される前なら、断罪されるまでまだ猶予はあるということ。


(でも、二度目の死では、カレンが助けに来てくれた)


 シャロットの死を二度、繰り返した。

 二度の死を経験して、私は気づいたことを頭の中でまとめていく。


(だったら、今の私がやるのは、一人でも多くの仲間を増やすこと)


 シャロットが断罪される中央広場に集う生徒たちは、まるで洗脳されているかのように聞く耳を持ってくれない。

 生徒たちが話を聞いてくれないのなら、その生徒たちが最も信頼する人物を味方につける必要があるということ。


「カレンたちがいるのは……」


 悪役令嬢が、断罪直前に何をしていたか。

 そういうゲームの中で描かれていないことは分からなくても、主人公の行動パターンなら頭の中に入っている。


「はぁ、はぁ、大図書館……」


 急いで階段を駆け上がり、広い図書館の中へ足を踏み入れた。

 天井まで届く本棚が数多く並び、無数の本が所狭しと並んでいる様子があまりにもゲームの世界らしくて、ほんの少し興奮した。


「これでやっと、平和な日々を取り戻すことができるのですね」

「今まで、苦しい想いをさせて……本当にすまなかった」


 慎重に音を立てないように足を進めていくけど、待っていたのは主人公のカレンと攻略キャラクターのジェフリーが二人だけの世界に浸っている場面。


(でも、このままだと、カレンがシャロットを助けに行く流れにならない……)


 二度目のシャロットの死のときは、主人公が悪役令嬢を助けるという謎のイベントが発生した。


(そんなのゲームでは見たことなかった……)


 この大図書館では、悪役令嬢を断罪にまで追い詰めるたことを喜び合う展開が待っている。

 何ひとつ狂うことなく展開されていく物語に、間違いなんてものは存在しない。


(でも、今回はゲームの通りに進んでる……)


 悪役令嬢の救済ルートが見つかっていないからこそ手詰まりになっているのに、ときどきゲームと違う展開が訪れるのはなぜなのか。


(転生してきた自分に原因があるとも考えられるけど……)


 シャロットの二度目の死で、私が手を加えたのは隠し通路を使っての逃走劇くらい。

 私はカレンとの接触を図っておらず、カレンの心境に変化が訪れた理由が見つからない。


(カレンが、意図的に断罪に追い込んでる黒幕……?)


 もちろんカレンを疑ったところで、そんな証拠は何もない。

 でも、明らかにゲームの中と違う動きをしているのは、侍女()とカレンの二人しかいないことに気づく。

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