第2話「これが望んでいた異世界転生」
「本当に美味しいです……お嬢様、ありがとうございます」
私が感謝の言葉を述べると、シャロットは満足げな表情を浮かべて微笑んだ。
「お嬢様……笑って……」
「誰だって、褒められたら嬉しく感じるものよ」
断罪を前にして、こんなにも柔らかく笑むことができるシャロットを見て唇を噛み締める。
「どうして……」
このまま黙り込むこともできたけど、私は侍女のために優しさを与えてくれた彼女に言葉をかけ続けたいと思った。
「どうして、お嬢様が……断罪されなきゃ……」
次第に自分の声は涙声へと変わり、言葉はみっともないくらい途切れ途切れになっていく。
「私は、平民出身のカレンを陥れたらしいわ」
「お嬢様はカレン様を見下したのではありません。事実を述べただけです」
悪役令嬢との友情エンドがあるのかないのかも分からないまま、私は亡くなってしまった。
けど、もしも悪役令嬢を救うルートがあるのだとしたら、そこには主人公と悪役令嬢がライバルとして切磋琢磨しながら学園生活を送る展開が描かれていると信じたい。
「お嬢様の力は試験を通して、最も優れていると証明されています」
シャロットは胸いっぱいに息を吸い込み、お茶を口にした。
あと2時間後に断罪される覚悟を持った彼女の強さを見習って、私は流れ落ちそうになった涙を抑え込む。
限られた時間、シャロットと言葉を交わし合うことができるように精いっぱい声を発する。
「それの、どこが悪なのですか……!」
「それが、カレンを見下したってことになるの」
「違います! カレン様が不慣れな学園生活に馴染めるように、奮い立たせることの何がいけないのですか……!」
私の表情は、きっと強張っている。
でも、シャロットは、いつだって落ち着きを見せている。
このあとに断罪が待っているなんて感じさせないほどの余裕で、最後のお茶の時間を優雅に満喫していく。
「私にとっては励ましのつもりでも、カレンが不快に思っていたら、それは悪ということよ」
シャロット・レトナークは悪役令嬢という立場に位置づけられているけど、その裏では主人公への思いやりに溢れているということに気づかされた。
ゲームの中では知ることのできなかった悪役令嬢の一面を知ることができて、胸が熱くなるのを感じる。
「こんな風に、あなたとお茶を楽しむ時間を作るべきだったのね」
返す言葉を見失った侍女を見かねて、主はお茶の時間を終わらせる言葉を用意し始める。
「私、あなたに嫌われていると思っていたから」
「嫌ってなんかおりません……その、あの、恥ずかしくて……」
「随分と可愛いことを言ってくれるのね」
「侍女にとって、主と過ごす時間は、かけがえのないものを言いますか……」
私が転生する前の侍女と主の関係は、やっぱり冷え込んだものだったのだと思う。
でも、私が転生したことで侍女の未来を変えることができるのなら、私は主を勇気づけるために存在したい。
「駄目ね。断罪を前にして、過去をやり直したいと思うなんて」
シャロットは、目の前のティーカップを見つめていた。
2時間後には断罪が待っているという現実が、彼女の心に重くのしかかっていることが伝わってくる。
「私も、お嬢様と……こんな日常を送りたいと思っていました」
本当は、こうしたかった。ああしたかった。
そんな過去の悔いを笑い話として構成したいのに、私は上手く表情を作ることができていない。
私の表情は悲しげで、こんな表情ではシャロットに心配をかけるだけだと自分を叱咤する。
それでも、理想通りの明るい表情は作れない。
「珍しく意見が一致したわね」
「お嬢様に付き従う者が、こんなおこがましい人間で申し訳ございません」
シャロットが私のために淹れてくれたお茶を味わうために、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませる。
「お茶を飲む時間の大切さを教えてくださり、ありがとうございました」
お茶を飲んでいる時間なんて一切ないのに、安らぎの時間を与えてくれたシャロットに感謝の言葉を伝える。
(死に戻りを終わらせて、また、こんな穏やかな時間を送りたい……)
特に言葉を返してくれなくなったシャロットは、静かに立ち上がった。
「もっと強欲でありなさい。生まれた欲は、必ずあなたの未来を変える」
彼女の赤い髪が太陽の光を受け、その輝きを増していく。
赤の瞳には今日も強い意志と優しさが宿っていて、見る者の心を捉えて離さない。
「下の者が強欲だと、お嬢様が苦労されますよ」
「言ってみなさい」
「え」
ゲームの中での悪役令嬢が柔らかく微笑む場面なんてまったくなかったけれど、現実を生きるシャロットは美しい笑みを浮かべることができる。
「え、ですから、下の者が強欲だと、お嬢様が苦労……」
「どうせあなたの欲なんて、たいしたものではないわ」
初めて知ることもたくさんあって、もっと彼女のことを知りたいと思うのに、私たちは同じ時を共にすることができない。
そんな寂しさに口角が下がっていきそうになるけど、私は勢いに乗っかって特大級の願いをシャロットに託すことを決める。
「お嬢様の手を握ることを、お許しいただけますか」
身分が下の者の願いなんて、聞き届けてもらえるわけがない。
シャロットの答えを聞くのが怖くなって、私は目を伏せた。
「やっぱりくだらない」
そのまま願いは叶えられることなく、彼女は部屋を出て行ってしまうのだと悟った。
「あなたに手を握ってもらったところで、未来は変わらないの」
手に、熱を感じた。
不安に駆られながらも、そっと瞼を上げていく。
「これに、なんの意味があるのかしら」
私は、シャロットの手を握ることを許された。
彼女の優しさに胸が温かくなり、恥ずかしさと嬉しさが入り混じった感情でいっぱいになった。
「ありがとうございます……」
私は小さく頷き、シャロットの手を握り返した。
自分の頬が赤く染まっているような気がするくらい、顔に高い熱を感じる。
普段なら真っ赤に染まった顔を見られるのも嫌なのに、今は赤の瞳に見つめられることを幸福に思う。




