愛の自覚
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ハリスンはそれからリリエルを高級服飾店に連れて行きドレスをオーダーメイドした。女性店員がリリエルに似合うドレスを次々に顔に当て鏡の前で勧め、褒めてくる。母と買い物に来たことはあるが、男性を待たせての買い物は初めてだったのでドキドキする。
着る度にハリスン様の前に連れて行かれるので恥ずかしい。
整いすぎた甘い顔で褒められると似合っているのかと思ってしまう。
そこからサイズを測られ、生地を決めデザインを決める。着せられた物と同じような形だったのでそこからは早い。淡い水色と、薄いピンク色、淡い黄色を選びオーダーした。デイドレスだ。
夜会用のドレスはハリスン様の髪の色の金色のシフォン生地を重ねたものにした。襟ぐりは肌を出しすぎない適度なものにしてもらった。小粒の真珠も付けるそうだ。ストレートなラインでお願いした。出来上がったら屋敷の方へ届けて貰う事になった。
次は宝飾店だ。重い扉をドアマンが開けてくれる。
支配人が飛んできて
「フォワード侯爵令息様、リリエル様いらっしゃいませ」
と言った。
奥の部屋に通されて紅茶を頂いていると、値段を聞くのが怖くなるような宝石がずらりと並べられた。
キラッと光るブラックダイヤモンドに目を奪われた。
先程作って頂いた夜会用のドレスに合うのではないかしらと思った。
さすが良い物に目をつけられますねと褒められ、ネックレスとイヤリングを作って貰うことになった。
値段は恐ろしくて聞けない。
そんなに資産家になったのだろうか?後でお尋ねしてみよう。
その後は食事だった。評判の海鮮レストランを予約して下さったみたいで、高台にある素敵なお店だった。
海老や蟹を使った料理が次々と運ばれてきて、見ているだけで、楽しくなってしまった。もちろん味も一流で素晴らしい。
ワインを飲みながらゆっくり頂いた。
デザートはアイスクリームだった。冷たくて濃厚で美味しかった。
服飾店でも宝飾店でもレストランでも、これでもかというほど甘いセリフで褒められた。
容姿がいいのを完全に利用している。
貴族は幼い頃からこういう言葉を叩き込まれる。それに甘いマスクがプラスされれば無敵だろう。
屋敷に帰る馬車の中で、はしたないと思われてもいいわと思って
「今日は色々買って頂きありがとうございました。資産家になられたのですか?」と聞いてみた。
ゆったりと長い脚を組みながら
「そうだよ、君に苦労はかけない」
という返事が帰って来た。イケメンは声まで甘い。
屋敷に帰りそれぞれの部屋に戻った。隣同士だが。
ナナに着替えを手伝って貰いお風呂に入ってゆっくりしていると、ドアをノックする音がした。
ナナかしらと思ったらハリスン様だった。
シャワーの済んだ身体に白いシャツを着て、黒のトラウザーズを履いている、色気がダダ漏れだ。気がついてやっているのかしらこの方は。
「どうされたのですか?」
「君とワインを飲みたいと思って、すごく美味しいくて飲みやすいんだ、どうかな?」
と言われるので、入ってもらった。もう婚約しているから良いわよね、二人っきりでも。
私はお酒が強い、負けないわよ。
グラスを傾けながらハリスン様が言う。
「君に受け取って貰いたい資産は、また書面にして渡そうと思う、飲みながら言う事ではないと思うけど」
その通りです、お酒の入ってない状態で言ってください、大事なことは。
このワイン美味しいわ、何処のかしら?あら侯爵領で作っていらっしゃるのね。素晴らしいわ、これが資産家の原点ね。
領地の管理は侯爵様がやっていらっしゃるのね、もう眠くなったので部屋に戻っていただきましょう、明日は仕事ですのよ。
資産譲渡の書類は二日後には渡された。よく読んでサインをした。契約ですものね、お姉様の命がけの。
そう思うと胸が痛くなったけど、お金に罪はない。
個人資産は大切にしないと駄目だから。
ある日ハリスン様から遠出に誘われた。見せたい場所があると言われたので頷いたら、ナナに淡い水色のデイドレスを着せられた。
メイクはさっとしてくれたのに、別人のような仕上がりになった。私の侍女が優秀すぎる。
ドアがノックされハリスン様が迎えに来てくれた。
「妖精のように綺麗だよ、よく似合っている」
そういうハリスン様も黒のジャケットに白のシャツ黒のトラウザーズで、輝くばかりの貴公子ぶりだった。
「ハリスン様も素敵ですわ」
そのままエスコートをされ馬車に乗って出かけることになった。
王都を離れてどこか遠くに向かっているようだ。空気が綺麗になっていくのがわかる。馬車の外の景色も畑や木々が多くなってきた。
暫く行くと大きな湖に到着した。
空気が清々しい。底が見えるほど透き通っている。小さな魚が泳いでいるのも見え微笑ましくなる。
「素敵なところですわね」
「そうだろう?君に見せたいと思っていたんだ。少し歩こうか」
「はい、良いですわね」
「ほらこの先にもっと綺麗な所があるんだ」
少し先を見ると白い花が一面に咲いている場所があった。
「まあ、綺麗ですね」
木々が風にそよぎ、花が咲き乱れている。なんという素敵な場所なのかしらとリリエルはうっとりしてしまった。
「僕と結婚してください」
いきなり跪いたハリスン様がプロポーズをして来られた。唐突過ぎない?
手には小さな箱を持って。蓋を開けると大きなダイヤモンドの指輪が入っていた。
「あ、あのもう少しお付き合いしてからでは駄目なのでしょうか?」
「君が何処かへ行ってしまいそうな気がするんだよ。愛している」
「お望みなら何処へも行きません」
好感度は上がっていると思うのだけれど、これからというところだろうか。
「僕たちの間には温度差があるのはわかっている。でも君を失うのは嫌なんだ。その返事は諾でと考えていいのかな。」
「そうですね、そう考えて頂いてもいいかと思います」
少しちょろすぎたかもしれない。
「でも直ぐに結婚というのは困ります、色々と心の準備もありますので」
「ああ、嬉しいよ、必ずこちらを向かせて見せるよ、覚悟していて。改めてご両親にご挨拶させて欲しい。結婚式はどうする?ドレスも準備しないと」
「落ち着いてくださいませ、ハリスン様は未だに社交界で人気のお方ですわ、私でいいのですか?」
「君以外に人気があっても仕方がない。
じゃあこのまま進めよう、今日はなんていい日だろうか。君が受け入れてくれた。お祝いに帰りはレストランで食事だね。ここにはピクニックランチを持ってきたんだ」
ランチは侯爵家のシェフのオススメサンドイッチがこれでもかというほど、豪華に詰められていた。ナナや護衛の皆が敷物を広げお茶の用意もしてくれた。
「皆も食べてくれ、今日は良き日になった」
和やかなランチタイムはのんびり続いた。
リリエルはこうして外堀が埋められていくのかと人ごとのように感じていた。
こうして穏やかに日々が過ぎ、甘い言葉も熱い視線もじわじわと効いてきたと思った頃に、夜会の招待状が王宮から届いたのだった。
リリエルは仕事中にもハリスンの妻だからという仕様もない理由で妬まれたり、陰口を言われたりしていた。
ハリスンは裏で手を回してそういう人々を潰していた。彼は彼でエリザベスの時のような事はさせないと決意をしていたのだ。
リリエルはなんとなくだが嫌味をいってくる人が減ったとは感じていたが、人物の特定まではしていなかったので諦めてくれたのかと思うくらいだった。
貴族社会には貴公子は大勢いるのだから。
本番の夜会でハリスン様がどれくらいの本気を出して守ってくださるかで、今後が決まるとリリエルは思っていた。
夜会当日になった。朝からリリエルは侍女達の手で磨き上げられていた。薔薇の香りのお風呂に入れられ洗われた後は、顔と全身のマッサージをされた。
普段からされてはいるが、今日は気合が違う。小顔になり全身のむくみが取れたような気がする。
それからコルセットを付けられる。これでもかというほど、締められる。皆がやっているのだと思えば我慢ができた。
ドレスはハリスンと一緒に出かけた時に作ったものだ。
金色のシフォンと真珠で彩られたドレスは、スリムなリリアの身体を美しく見せていた。それにブラックダイヤモンドのネックレスとイヤリングを付けた。
侍女達が感嘆の声を上げた。リリエル様お美しいですと。
「あなた達が優秀だからよ、ありがとう」
リリエルは心からそう思ったので言葉を返した。
そこへハリスンが迎えに来た。ドアをノックして侍女に開けて貰った彼は固まって立ち尽くしていた。
「なんて美しいのだろうか、僕の女神。いつも綺麗だと思ってはいたけれどドレス姿は美の結晶だね」
ハリスンは襟に銀の刺繍が入った黒のタキシードでえも言われぬ男ぶりだった。耳には銀のピアスを付けている。
「ハリスン様こそ素敵ですわ、誰かに取られてしまいそうなくらいに」
「おや君がそんな事を言ってくれるなんて嬉しいな、ヤキモチだったら嬉しいんだけど」
「焼かせないでくださいね」
「君の側から離れない、僕が焼いてしまいそうだから。さあ行こうか、僕の女神」
ハリスンがリリエルの手を取って指先にキスを落とした。柔らかな感触が手袋の上からでも感じられ、頬が赤くなったリリエルだったが、急に姉はあの頃恋をしていたような気がすると思い出し、胸がチクッとしたのだった。
夜会会場の宮殿は相変わらずの綺羅びやかさだった。名前を呼ばれ入場する。両親はもう入場しているだろうなとリリエルは思った。会うのが楽しみだ。そういえば義両親は来ていらっしゃるのかしらと、ハリスンに顔を近づけて聞いてみた。
一生会わなくていいと言われていたけど、そうはいかないだろうなと思ったからだ。
ハリスンは申し訳無さそうな顔で、王宮からの招待状だから無視はできないので、来ていると思うと言った。
少しばかり思うところはあったが、上手くやりますから心配しないでと安心させることにした。ふにゃっと笑った顔が可愛い。周りで黄色い悲鳴が聞こえていた。エスコートの腕に力が入ってしまった。
最初に義両親から挨拶することにした。
「父上母上ご無沙汰しております。いつも美味しいワインを贈って頂きありがとうございます。お元気そうで何よりです」
「ああ、お前が健康が取り戻せて良かったと思っている。リリエルさんにとても感謝しているよ。リリエルさん息子を救ってくれてありがとう。どれだけ感謝をしても足りない」
「当たり前の事をしたまでですわ、お二人ともお元気そうで何よりですね」
「ありがとう、何とか元気にしている」
「じゃあ父上母上挨拶回りがまだ残っていますので失礼します」
なんとなく気疲れしたのでリリエルは両親を探すことにした。
「お父様お母様お久しぶりです」
「リリエル会いたかったよ、元気だったかい?ハリスン君も元気そうで何よりだ」
「リリエルたまには帰ってらっしゃいね」
「はいお母様、サイラスは元気にしていますか?」
「ええ、学院で楽しそうにやっているみたい。今度家でお食事しましょうよ。もちろんハリスン様も一緒にね」
「ありがとうございます。もちろん伺います」
お母様が扇で口元を隠しながら
「相変わらず令嬢達がうるさい事」
と小さな声で囁いたので、頷いておいた。
ハリスン様に似合わないとか、地味なくせにとか聞こえるように言っている。
ハリスン様はその令嬢たちを感情のなくなった冷ややかな目で見て、潰すと呟いていた。
少しばかり腹黒になったのだろうか、頼もしいけど。
相変わらずの事だけど、人のものに横恋慕する感覚が理解出来ない。独身男性を狙ってくださいと声を大にして言いたい。
わかりあえない人と会話するつもりはないけれど、疲れるんですもの。
ハリスン様はぴったりと寄り添って側から離れない。
ダンスを三曲続けて踊った。リードが上手くて踊りやすい。
喉が渇いたなと思っているとハリスン様が飲み物取りに行ってくれた。
その隙を狙って女性たちが近づいている。囲まれてしまったわ。ムカムカするから助けに行ってあげた。
「ハリスン様、遅いから迎えに来てしまいましたわ」
ぱあっと嬉しそうな顔になった。可愛い。
「このシャンパン美味しいみたいだ。君にどうかなと思っていたら囲まれてしまった」
「ありがとうございます。美味しいですわ」
二人で見つめ合って飲んでいたら、注目を集めていた。微笑んでいるとハリスン様の腕の中に包みこまれていた。また黄色の悲鳴が上がる。ほっといて欲しい。
ハリソン様が頂きにキスを落とし
「もう帰ろうか」
と呟いた。仲の良いところを見せつけたし、もう帰りたかったので頷いた。
今日のハリスン様は、満点に近い。女性をさばけなかったのが減点だけど。
これなら本当の夫婦になってもいいかもしれない、馬車の中で隣同士で座り肩を抱かれキスを頬にされた。何となくいい感じの雰囲気だ。
ナナにドレスを脱ぐのを手伝ってもらい、コルセットを外してもらった。生き返った気がした。 お風呂に入りゆったりと寛いでいるとノックの音がした。ナナが夜食を持ってきてくれたのかなと思って、どうぞと言ったらハリスン様がカートを押して夜食を持ってきて下さった。
「夜会では何も食べられなかったから夜食を持ってきて作ってもらったよ、一緒に食べよう」
「ありがとうございます。もちろんいただきますわ。お腹が空いていましたの」
ワインを飲みながらと楽しく夜食を頂いた。気持ちがふわっとしてきた。カートをドアの外に出しお喋りをした。
もう寝ようと思っていたので、寝間着の上にガウンを羽織っていたのだけれど、ハリスン様が来られたのでガウンをきちんと止めて着た。
ハリスン様は白いシャツとラフなパンツだ。
「もう少ししたら、父上が引退して僕が侯爵になる。父上はすっかり領地の生活が気に入ったようなんだ。
生活はそんなに変わらないけど、君は仕事を続けたい?」
「仕事は気に入っていますが、夫人としての社交や家政の差配や家の事全般もしなくてはいけないですね。両立が難しいのであれば、辞めても構いません」
「ありがとう、君と歩めるのが嬉しいよ」
それから色々とお話をした。この際だからお姉様のことも聞いてみようと思った。
学院に通っているときのことをご存知なのかどうか、お姉様はこの方のことが本当は好きだったのではないのか知りたかった。知ってどうすることも出来ないのだけれど。
そんな私の複雑な気持ちが通じたのか
「君には本当の事を言っておこうと思う。誤解されたままだと良くないから。確かに外国へ行って勉強をしたいとは言っていた。
しかし彼女は国外に好きな人がいるとも言っていた。誰にも打ち明けられない恋なのだと。留学で一年だけ来たことがある人だったらしい。馬が合うというか話をしていて楽しいのだと言っていた。外国の高位貴族の令息だったから家の花嫁修業も苦にならなかったのではないかな。僕と婚約解消をして嫁げたらと楽しそうに話してくれたことがあった。早く手放してあげていたらと思うことが今でもある。情けない男だな僕は」
ハリスン様は苦しそうな顔でポツポツと語ってくれた。
リリアは抱きしめてあげたくなっって、首に手を回した。
お姉様のことだ、証拠になるようなものは残していないだろう。目撃した人もいないかもしれない。婚約者のいる身だったのだから。お姉様の実らなかった恋を思って涙がこぼれた。
ハリスン様が抱きしめ返してくれ、涙を唇で受け止めてくれた。
そのまま唇にキスをされた。小鳥のようなキスを何度も顔中にされ、最後はまた唇に。段々深くなり身体の力が抜けていく感じがした。気持ちが良くてふわっとしてきた。ベッドに運ばれ、丁寧に優しく愛された。身体がどうにかなってしまいそうだった。
私達は本当の夫婦になった。
「愛しているよリリエル、君だけだ。ずっと大切にするからね」
「私も愛してるわ、これからもずっとね」
「エルって呼んでいい?僕のことはハリーと呼んで。ほら言ってみて」
「ハリー愛してる」
「僕のほうがたくさん愛してるよ、エル離さない」
ハッピーエンドになって良かったです。お読みいただきありがとうございました。
次作 私のことなど見向きもしない婚約者に別れを告げたら縋り付いて付いてくるのですが、何故? を執筆中です。お読みいただけると嬉しいです。誤字報告ありがとうございました。