お姉様の死
今回は暗い感じになってしまいました。
誤字報告ありがとうございます。感謝でいっぱいです。
フォワード家の大災害はお姉様とハリスン様の結婚時期を少しだけ遅れさせたけど、きちんとしてから嫁いだ方がお姉様のためだと思っていた、あんな事が起きるまでは。
雨上がりのその日、侯爵家から馬車で帰る途中に事故は起きた。
馬車の前輪が外れ道から馬車ごと転落してしまった。道幅が狭いので護衛は前と後ろで一人ずつ、並走は出来なかったそうだ。
お姉様は馬車から投げ出され道の下の方で首の骨と足が折れた状態で見つかった。即死だったらしい。御者も亡くなってしまって詳しい事がわからないままになってしまった。
馬は驚いて逃げてしまい近くの農地で暴れているのを捕獲された。
ハリスン様は遺体に縋りつき、僕が送っていたらと泣いていたが私達家族にはなんの慰めにもならなかった。
心に穴が空いたようだった。
せめて花嫁衣装を着せてやりたいというお母様の願いで棺の中のお姉様はウエディングドレスで眠っていた。
お父様ももっと早く許可していればと呟いていた。
涙にくれる葬儀の中でわたしと弟は手を繋いで立ち続けていた。
私は貴族学院に入学した。勉学に励み友達を作り町へ行き、カフェで甘いものを食べる。雑貨屋に入ってお気に入りの髪飾りやペンを見つけた。家で勉強していたから成績は良い。いつも一番か二番。
卒業したら王宮の文官になろうかなと漠然と考えていた。
弟も剣の訓練をすることにしたらしい。身体を動かすことで少しでも気が紛れれば良いと思う。
私達は少しずつだが、前を向き始めた。
私は婚約するのが怖くなっていた。いくら仲良くしていても、事故が仲を引き裂く。あんな事はそんなにあることではないと思うけど、目の前で見せられてはきつかった。
お父様はフォワード家と早く縁を切りたかったはずなのにそうされなかった。凄い人だ。ぜんぶ返済してもらうまで何も言われなかったらしい。
貴族学院を卒業して私は文官になった。担当は外務部だ。語学が堪能だからだ。お姉様と勉強していた時のことが思い出され、胸が苦しくなる。頑張れ私。
初日に担当の人に迎えに来てもらい、部署に案内された。
「今日からうちの部署で働いてもらうリリエル・アーデン嬢だ」
「リリエル・アーデンといいます。リリエルでもアーデンでもどちらでも構いません。宜しくお願いします」
「アーデン君は伯爵令嬢だね。貴族の相手が多いから助かるよ。これから宜しく」
そう言って笑いかけてきたのは話しやすそうな印象の男の人だった。年は三十くらいかなと思ったら当たっていた。サミュエルさんというそうだ。
「さあ、こっちへ来て。事務の仕事がたくさんあるのよ。早く覚えてくれたら助かるわ」
そう言って話しかけてくださったのはミリーさんという美人さんだ。平民の方だけど王立学院をトップの成績で卒業されたそうでとても優秀みたいだ。
事務の仕事を終え昼休憩になった。食堂があるというのでミリーさんに連れて行って貰った。ステーキやらシチュー、サラダ
白身魚のムニエルとかメニューが豊富で驚いてしまった。
ミリーさんはステーキと野菜スープとサラダとパン。私は白身魚のムニエルと野菜スープとパンとサラダにした。
とても美味しくてランチタイムが楽しみになった。
「貴族のお嬢様でしょう、美味しいものを食べ慣れてるでしょうに」
「そうですけど、職場で食べるのは良いものですよ」
「そうなのかな、まあいいか本人がいいって言うんだし」
聞いてみるとミリーさんは大きな商会のお嬢さんらしい。家の仕事に役立つように小さい時から勉強していたらしい。商会の仕事に役立つように今は外交の勉強も兼ねてお勤めしているそうだ。しっかりしている。
勤めてひと月後くらいだっただろうか後ろから声を掛けられた。
「失礼だが、アーデン伯爵令嬢じゃないだろうか?」
振り向くとハリスン・フォワード侯爵令息様だった。
「ごきげんよう、フォワード侯爵令息様、何か御用でしょうか?」
仕事中だし制服なので、スカートを少しだけ摘みながら挨拶をした。
この男の顔を見るとお姉様を思い出すので会いたくなかったのに、どうして声などかけてくるのかわからない。
「すまない、つい懐かしくて。君はここで働いているんだね」
「はい、急ぎの仕事がありますので失礼いたします」
私はできるだけ早くこの場所から離れたくて仕事を言い訳に使った。
席に戻るとミリーさんに
「顔色が悪いわよ、どうかしたの」
と尋ねられたが言える訳がない。唯、首を振るだけだった。
ミリーさんは食堂から温かい紅茶をもらってきてくれ砂糖とミルクまで用意してくれた。
温かい飲み物とミリーさんの気遣いで回復できた。このお礼はまたしよう、お菓子が良いかもしれない。
変な男にでも絡まれたのかな、この辺にはあまりいないはずなんだけど。騎士様に見回りを頼んでおこうかな、などと独り言を言っているのが聞こえて嬉しくなって笑ってしまった。
もう一人のお姉様みたいだ。
家に帰ったら弟がいたので今日のことを話したら無神経な奴だと怒ってくれた。十二歳という微妙な年頃なのに話を聞いてくれる可愛い弟だ。
厨房に行ってシェフにお願いをした。クッキーを作って欲しいと。
ミリーさんは美味しいものを食べているだろうけれど、家のシェフのクッキーは特別に美味しい。夕食後木の実の物、チョコレートの物の二種類も作ってくれた。食後のお茶にぴったりだった。これを明日ミリーさんにあげよう。綺麗なお菓子の缶があったはず、ひとつはミリーさんに、もう一つは皆さんに食べてもらおう。楽しみが出来た。
翌日どうぞと差し出すとミリーさんはとても喜んでくれた。机の上にあるだけで気持ちが明るくなる。本当は花でも飾りたいけど書類が濡れたら困るから我慢している。残りは持って帰れば毒とか入れられないだろうし、と思っていたが一つも残らなかった。皆様頭を使って疲れているんだなと思った。また持って行こう。
家に夜会の招待状が来た。王宮からだ、断れない。
フォワード侯爵家も来るわよね、気が重い。両親もそう思っているだろう。絶対挨拶に来るわ。お母様の側にずっといよう、そして王族の皆様に挨拶したらさっさと失礼しよう。
夜会のドレスをお母様と一緒にオーダーメイドした。
お母様はお父様の髪色の金を刺繍で施したマーメイドラインの落ち着いたドレス、私は自分の髪色の銀色のシフォンが重なったプリンセスラインのドレス、お父様はお母様の瞳の黒に金の刺繍の入った正装をオーダーした。いつも頼んでいるお店なので間違いがない。
夜会の日になった。仕事は休みを入れている。
ミリーさんが貴族様って大変ねと慰めてくれた。
朝から侍女達に磨かれてクタクタだ。でもこれが戦闘服、気合を入れないと、隙を見せたら終わりだ。
ドレスを着せられダイヤのイヤリングとお揃いのネックレスを身に纏ってお化粧をチェックして完成だ。
侍女達がお嬢様お綺麗ですと褒めてくれた。弟が部屋に来てエスコートをしてくれる。
「姉上綺麗です、天使のようです」
と手を取りながら言ってくれる。
いつこんな事覚えたの、相変わらず弟が可愛い。
貴方が婚約する頃には姉様、この屋敷を出て一人暮らししようかな、小姑がいたら婚約したくないわよね。誰か料理や掃除をしてくれる人を雇っても良いかもしれない。仕事と家事は大変だと思うの、今まで何もしたことがないのだから。
下に降りていくと両親が待っていてくれた。
「お父様、お母様お待たせしました」
「待っていないよ。リリエルは天使のように綺麗だね」
「そうですわね、私達の自慢の娘ですもの」
「お母様も綺麗で、お父様もいつまでも格好いいです。この家に産まれてとても幸せです」
「おやおや、甘えん坊さんになったのかしら、弟に笑われるわよ」
「姉上はいつも頑張っているから笑ったりしません」
「あらあら、優しいのね。仲が良くて嬉しいわ。じゃあ行きましょうか」
父が母をエスコートをして馬車に乗り私は弟が馬車に乗るまでエスコートをしてくれた。
馬車の中で今夜の事を話し合った。やはりフォワード侯爵家対策だった。向こうは助けて貰って嬉しいと思っているだろうがもう終わった事だ。
大事な娘がそのせいで手の届かないところに召されたのだ。恨んではいけないと思うが、どうして送り届けてくれなかったのかという思いは拭いきれていない。
「リリエルは母様から離れないでね、お花摘みも一緒にね」
「はい、わかっています。お願いしようと思っていたところですわ」
「君たちの事は私が守る、あんな婚約さえ結ばなければ今頃はエリザベスも」
「それは言わない約束ですわ、もう前を向いて生きていかなければ」
「そうだったな、すまない」
リリエルはこの両親の元に産まれて良かったと心から思った。
宮殿に入った途端、光の洪水とむせかえるような香水の匂いが蔓延していて、早くも帰りたくなってしまったリリエルだった。
扇を口に当てながら、
「臭いですわね、お父様、お母様。倒れそうです」
「ああ、なるべく早く御暇しよう」
両親が知り合いから挨拶していき、王族の登場まで後少しというところで、侯爵が挨拶に来た。格上から口を利くのが常識なので黙っている。
「久しぶりだね、伯爵も奥様も、お変わりないようで良かった。
そちらの令嬢が妹さんか、綺麗なお嬢さんだね」
「リリエルでございます」
と言ってカーテシーをした。
「侯爵様もお変わりないようで何よりです」
と挨拶をしていたところに、王族入場の合図が鳴り響いた。陛下、王妃様、第一王子様、第二王子様が入ってこられた。壇上に上がられ挨拶をされた。
「皆の者、普段の疲れを癒やし今宵は大いに楽しんでいって欲しい。ではグラスを、乾杯!」
「乾杯」
それぞれの思惑を乗せて夜は更けていった。
読んでいただきありがとうございます。続きが気になっていただけたら嬉しいです。