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ドラゴン☆マドリガーレ  作者: 月齢
第8唱 竜の書
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ラピスの『竜の書』のひみつ

 獣型の竜にも、(たてがみ)が生えているタイプ、鬣の代わりに角がずらりと並び生えているタイプ、その両方を持つタイプがあることを、ラピスはこれまでの観察で学んでいた。

 ラピスが今乗せられているのは、両方あるタイプだ。ふかふかの鬣の中心線に、雪の連山のような角が連なっている。


 しゃくり上げながらモゾモゾ移動し、角と角のあいだにおさまると、背もたれ付きの鞍に座るような按配になった。

 号泣したまま座り心地の良さを求める自分に疑問を感じた瞬間、改めて涙がぶわっと吹き出す。


「ふええっ、僕、どうして、竜に、乗ってるのかなぁ、うああぁん」


 すると竜が頭を動かして、「ギュイッ」と鳴いた。


「『泣かないで』って、言われても、お、お師匠様があ。し、しんで」

「ギーッ! グオオォ」

「えっ!『死んでないから! 大丈夫』って、ほんと!?」

「グオゥ。ギャギャギャ」

「『あの人、そんな簡単に死なない』……ええぇ? でもお師匠様は、月の精のような人なんだよっ」

「……プスッ」

「今、笑われた? どして? どして? あ、それはそうと」


 ようやく止まった涙をごしごし拭い、改めて水色の鱗に目をやる。


「きみ、あのときの幼竜くんだよね!? すっごく大きくなったんだね!」


 そう。大きさはまるで違うが、この竜は間違いなく、ラピスが森で保護したあの幼竜だ。


「ギャギャッ」


 得意そうな返答。ラピスは「すぎょい~。いいなぁ」と鬣を撫でた。


「僕はチビチビのまんま」


 秋には抱っこして運んでいたあの幼竜が、冬には騎乗でラピスを運んでいるというこの事実。

 古竜ほど巨大ではないが、体高は木々の天辺から頭を出せるくらいありそうだ。竜の成長速度がこれほど早いとは知らなかった。


「どうして来てくれたの? もしかして、僕がさっき『竜に会いたい』って歌ったのが聞こえたの? それとも『助けて』って歌ったから?」

「グゥグォ」

「それにお師匠様が大丈夫ってほんと? どして知ってるの? お師匠様を見たの? 今どこにいるの? いつも通りかっこよかった? いい匂いしてた? 葡萄酒飲んでた? それからそれから」

「グオォォ! グギャッ」

「あ、ごめんなさい。いつも『落ち着け』って注意されるのに」


 よし、落ち着こうと深呼吸してみて、ふと気づく。

 雲と同じ高度で飛んでいるのにちっとも寒くないし、風も微風を感じる程度。普通に呼吸も会話もできている。

 それに竜の歌を解くのでなく、竜の鳴き声そのままで会話をするのは初めての体験なのに、いつのまにか自然とそれができていた。


 白一色の雪景色が続いていた眼下の光景も、冬枯れてはいるが雪のない野原が目立ち始めた。かなり高速で移動しているようだけれど、体感ではわからない。


「これ、結界のおかげだね? ありがとう、優しいねぇ。それに苺鈴草(バイリンソウ)もありがとう。お陰様ですっごく助かったんだよ」


 いいこ、いいこ、と鬣を撫でたら、また笑う気配がした。

 こんな異常な状況だというのに、元幼竜との嬉しい再会のおかげで、全身の強張りが解けていくのがわかる。

 ドロシアの出現からあれやこれやとありすぎて、自分でも気づかぬまま、相当緊張していたようだとラピスは自覚した。赤ん坊みたいに大泣きしてしまったのも、そのせいかもしれない。


「もしも今、誰かが空を見上げてきみに気づいたら、僕が乗っているのも見えるかな? そしたらすっごくビックリするよね」


 地上から見た自分の図を想像したら楽しくて、声を上げて笑ってしまった。が、その直後につらいことを思い出し、再び胸が苦しくなる。


「僕、きみに謝らなきゃならないことがあるんだ……」

「ギャウゥゥウ」

「うん、そうなの。せっかくきみがくれた『竜の書』を焼いちゃって、本当にごめんなさ……って、どして知ってるの!? ミロちゃん!」

「……キュィロゥ?」

「ミロちゃんはきみの名前! 水色だからミロちゃんて呼ばせてもらおうと思って! ミロくんがいい?」

「……フスッ」


 名前の感想はスルーされたが、ミロちゃんが教えてくれたところによると。

 竜の書が本来の持ち主から離れたり、損壊や消失した場合、贈り主の竜にはそれが伝わるらしい。

 かと言って、別に文句を言ったり怒ったりするわけではなく、贈ったものをどう扱われようとかまわない、相手の自由だという。


 ただやはり、個人の竜の書にも魔力の安定性を支える力が宿っているので、失えば魔法を使えなくなる者がいても不思議はないとのこと。

 また、竜の書は授かる人の魔力や個性に合わせた贈りものなので、他人の『竜の書』を不当に入手したところで魔法を得られないのはもちろん、本来の持ち主が解いた歌の記録もやがて消えていくという。 


「でもミロちゃん。僕、竜の書が焼けたあとも、普通に魔法を使えたのだけど」

「グガウゥ」

「僕だから? どゆこと?」

「ギャウ、グゴオォ」

「ほへっ? 『それにまだ持ってるでしょ』って? ううん、持ってないよ。僕、きみにもらったのが初めての竜の書だよ」

「グルルルゥ、ギィギギギ」

「ええぇ……『持ってるはず』だなんて、そんなこと言われても……しかも『二冊』も! そもそも竜の書は、ひとり一冊なのでしょ?」

「ギャギャ。グゴオォォガウ」


 ミロちゃん曰く。

 普通は一冊あれば充分というだけで、複数所持できないわけではない。

 ミロちゃんがラピスと出会ったときは、なぜかラピスの竜の書が使()()()()状態になっていたので、助けてくれたお礼に新しいのを贈ったという。


「使えない状態に……?」


 それはもしや、母がラピスを魔法から遠ざけていたことと関係があるのだろうか。

 思えばクロヴィスも最初から、ラピスが聴き手であるにもかかわらず、竜の書を持っていないことを不思議がっていた。


「ギィウ、ギュイイイゥ」


「個人の竜の書は、持ち主が亡くなると自然消滅する。でも、極めて能力の高い魔法使いであれば、譲渡も可能……。えええ、そんなこと初めて知ったよ! お師匠様は知ってるのかなあ、もし知らなかったら教えてあげたいなぁ……」


 師と竜談義をするときの楽しさと、紅玉のような綺麗な瞳をいっそう輝かせて聴いてくれる表情を思うだけで、胸が弾むと同時に、焦燥感が舞い戻ってきた。

 早く会って、クロヴィスの無事を確かめたい。

 (ミロちゃん)は『大丈夫』と太鼓判を押してくれているけれど……。


 またも思考に暗雲が立ち込め始めたとき、ミロちゃんが続けた『譲渡するには』という話の内容にハッとした。


『私の竜の書は自分の死後、誰々に譲渡します。だから消滅させずにお守りください』


 竜の書に向かってそのように歌い、譲渡先を指名しておけば、持ち主の死後は相手の手に渡る魔法がかかるのだという。


「歌う……」


 竜言語の歌い手で。

 ラピスを指名して、自分の竜の書を遺した人。

 そんなの、ひとりしか思い浮かばない。


「母様」


 ぽろりとこぼれ出た声と共に、ぶわっと瞳に涙が浮かんだ。

 けれどグッと歯を食いしばって顔を振り、残る疑問に取り組む。


「つまり『二冊』と言ったのは、母様からもらった竜の書と、その……僕がもう持ってるはずの竜の書、ということ?」

「ギャウ」

「でも僕、ほんとに知らないんだ。母様の遺品は殆ど……あっ! もしかして、売られちゃったかも」


 母の遺品はあらかた継母たちが処分してしまった。

 宝石類なら残っているかもしれないが、サイズの合わない衣類や母好みの家具、調度品、本などは、すべて売り払われてしまった。

 その中に竜の書があったかもしれない。


「あう~。どうしよう」


 途方に暮れていると、ミロちゃんはじれったそうに唸った。


「ギャギャウ、ギャウウ!」

「ほへっ? 『今、持ち歩いてるでしょ!』って?」


 ラピスは目を丸くして、外套のポケットを覗いた。ハンカチと硬貨一枚だけだ。

 次いで、斜め掛けして常に持ち歩いている(ポシェット)をあける。

 中にはクロヴィスからもらった雑記帳と筆記具、薬草、古竜の鱗の残りやドングリなど、この旅で入手したもの。それから飴玉。ディードが描いてくれた、森に立つラピスの絵。ヘンリックが描いてくれた、トリプト村の村長の絵。そして……


「――母様の小箱……!」


 母の耳飾りが入っていた、形見のちっちゃな木箱。

 クロヴィスが「これも持って行け」と勧めてくれたあの箱。「そのほうが良い気がする、大魔法使いの勘」だと。

 だが何度見ても、なんの仕掛けもない空っぽの、普通の小箱だったはず。

 

『元の姿に戻れ、と歌ってごらん』


 ミロちゃんが楽しそうに歌う。

 ラピスは震える両手で小箱をつつんで、言われた通りに竜言語で歌った。

 と、小箱から、優しい光の粒が視界いっぱいに溢れ出す。


「わあ……!」


 蛍の群舞みたいに舞い踊る、穏やかな光の明滅に見惚れているあいだに、いつのまにか箱が消えて――代わりにラピスの膝の上に、二冊の書が出現していた。


 一冊は、大輪の芍薬を思わせる、白と淡いピンクの表紙。

 もう一冊は、深い青に金色がちりばめられた、星が瞬くような表紙。

 それが本当の、ラピスの最初の『竜の書』だった。

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