表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドラゴン☆マドリガーレ  作者: 月齢
第8唱 竜の書
86/130

ラピスがチクるとこうなる

 ディードとヘンリックはもちろん、ジークまでもが目を丸くしてラピスを見つめる中――ぱちくりと瞬きしたギュンターが、戸惑いの滲む声をかけてきた。


「ラピスでも、そういうことを言うんだねぇ……新鮮」

「えへへっ。一度言ってみたかったのです」

「え?」


 よく、よその子たちが(そしてイーライやディアナも)「ママに言いつけてやる!」とか言っていたけれど。

 躰の弱い母や多忙な父に心配をかけたくなかったラピスは、自分のことは自分でなんとかせねばと思っていたし、誰かに泣きついて甘えたという記憶がない。


 けれど今回ばかりは。

 世界中を人質にとられるような事態とあっては、ひとりで解決など到底無理な話であるし。

 呪詛されて体調を崩したときも誰にも言わず我慢して、かえって騒ぎを大きくしてしまった。あのあと「これからはちゃんと言う」と、クロヴィスとも約束したのだ。

 だから今回はちゃんと頼ろう、応援を呼ぼう、と思ったのだけれど……


「ラ、ラピス。竜に言いつけるとかできるの?」

「よし、チクれ! 大魔法使いと竜たちに、盛大にチクりまくってやれ!」


 滂沱(ぼうだ)の涙のディードとヘンリックの表情が、希望に輝く。

 が、「うん!」と大きくうなずいたものの、


「ただ問題は、お師匠様も竜も、どこにいるのかわからないのだけどね!」


 着膨れた胸を張って付け足したら、「えええ」とみるみる(しお)れてしまった。

 しかしジークは逆に勢い込んで、ラピスの両脇を掬うように持ち上げると、「ひゃあっ」と驚きの声を上げるラピスに視線を合わせて問うてきた。


「まだ歌えるのか!?」


 ハッとした皆の視線が集まる。

『竜の書』を失った今、問題はまさにそこなのだ。

 ドロシアも、固唾(かたず)を呑んでこちらを凝視している。


 ラピスはジークの腕からおろしてもらい、すぅっと息を吸うと、いつものように歌ってみた。

 母を喪い、クロヴィスと出会うまで、ひたすら竜と会えることを祈っていたように。空の向こう、梢の上、峰々の連なりに、その姿を求めていたように。

 ただ、『会いたい』という気持ちを込めて。


 高らかな竜言語が、口から飛び出した。

 小鳥のさえずりのように青空に吸い込まれて、それに答えるように、白い花を思わせる雪片が舞い落ちてくる。

 見守る人々の口から、歓喜に満ちた声が溢れた。


「歌えるみたいです~!」


 内心ドキドキしていたラピスも、安堵で笑顔満開になった。

 拍手と歓声が沸き起こる中、ついでに魔法を使えるか確認してみると、すぐに風を起こすことができた。強さも自在に変えられる。

 気づけば、先刻かけた“あったか服魔法”も継続中だ。

 ということは、竜の書を失っても、なんの支障も出ていない……らしい。少なくとも今のところは。


「星竜たちに感謝申し上げる……!」


 青い瞳を輝かせたジークが、胸に手をあて感謝の祈りを呟くと、ギュンターたちもそれに(なら)った。ディードとヘンリックは号泣している。

 一方ラピスは目をつぶり、「う~ん」と眉根を寄せた。


「どうしたのラピス。どっか痛いの?」


 ラピスはハンカチを出して、しゃくりあげながらも心配そうに訊いてきたディードの涙を拭きながら、しかめっつらのまま「ううん」と返した。


「お師匠様が言ってたの。お師匠様は加護魔法を通じて僕の状態がわかるけど、僕の魔力が上がれば、お互いにそれができるようになるんだって」

「じゃ、じゃあ、まだ魔法が使えるなら、今のラピスならできるかも!? グレゴワール様が今どこにいるか、わかるかも!?」

「うーん。やってみてるのだけど」


 手応えはある。確かに()()()()()のだと感じる。

 だが何か変だ。首をかしげてもう一度。

「おかしいなぁ」と、上体ごと横にかしげながら呟いた。


「お師匠様がわからない」

「わからない?」

「んーと……心が閉じてる、というか……?」


 言葉にしてみると、まさにそんな感じだ。

 クロヴィスの心が閉ざされて、ラピスの声が届いていないような。

 そう仮定しただけなのに、寂しくて胸がきゅっと痛くなった。

 クロヴィスはいつだって優しくて、多少言葉遣いが乱暴なことはあっても、ラピスの話をちゃんと聞いて、ちゃんと答えてくれるから。ラピスを無視したことなどないし、いつでも受け入れてくれるから。

 離れていても心はそばにいると信じられるからこそ、どこにいても安心できたのに。


「お師匠様に、何かあったのかも……」


 そうに違いない。

 ディードも「そういえば」と表情を曇らせる。


「前はラピスが困ってるだけでもすっ飛んできたのに、竜の書が焼けるという一大事に反応がないなんて、おかしいよね」


 ヘンリックもラピスに鼻水を拭かれながら、訝しげにうなずいた。


「だな。あんなに過保護で、砂糖がけの蜂蜜かっつーくらい甘やかしてるのに」


 ふとジークを見れば、その青い瞳に剣呑な光が宿っている。音を立てそうなほどすさまじい殺気を放ちながら、騎士たちに囲まれているドロシアを見据えた。


「先刻言っていたな。グレゴワール様は、アードラーのもとに来るはずだと。あの方に何をした」


 これまでとは桁外れの迫力に、さすがのドロシアも蒼白になった。ラピスすら戦慄をおぼえて、思わずディードの袖をぎゅっと掴む。


「す、推測、です」


 頼る相手のいないドロシアはあとずさり、背後に立つ騎士にぶつかった。


「あの方は、だ、大魔法使いと、決着をつけると。そ、そうして彼と一緒に、すべて終わらせるつもりだと、い、言っていたからっ」

「終わらせる!? どういう意味だ!」


 まさに烈火のごとき怒り。滅多に激昂しない彼だからこそ、吠え猛る声が恐ろしい。

 ドロシアも「本当に、何も……」と言ったきり、へなへなと頽れてしまった。そのまましゃくり上げ、わあわあと声を上げて泣き出す。

 イーライがおろおろしながら見ているが、さすがに今のジークに盾突く度胸はないようだ。


 ラピスにも同情の気持ちはあれど、泣きたいのは一緒だった。


(お師匠様が危険な目に遭っていたらどうしよう。死んじゃったらどうしよう!)


 悪い想像をしたせいで混乱してくる。

 母の死に顔、父の訃報に際したときの衝撃、心にぽっかりと空洞ができた痛み、もう二度と触れられない、声も聴けないと実感したときの悲しみ。記憶が決壊して、心を苛む体験が一気に甦り襲いかかってきた。

 我慢できず、涙がぶわっと溢れ出す。


「ふ、ふえぇぇ」

「ラピス、大丈夫だよっ。きっとたまたま連絡がつかないだけだよ!」

「そうだよ、ラピスの師匠は大魔法使いだぞ、そう簡単にやられるもんか!」


 今度はディードとヘンリックがかわるがわる慰め涙を拭いてくれたが、すべて耳を素通りしていく。


(もう嫌だよ、もう家族が死んじゃうのは嫌だよー!)


 細長い指の大きな手が握り返してくれる感触も、耳に優しい低い声も、顔をうずめたくなるほどいい匂いも。

 いつのまにか記憶から遠ざかり、どこを探しても戻らない。話しかけても答えは返らないし、楽しいことも美味しいものも共有できない。

 もう会えないとはそういうことだと、嫌というほど知っている。

 洪水みたいな涙でわけがわからなくなり、いつのまにか叫んでいた。


『助けてええええぇぇ!!』


 竜言語になったのはきっと、ひとりぼっちの頃気持ちを打ち明けていた相手は、いつだって竜だけだったから。


 悲鳴は空に吸い込まれて。

 次の瞬間、青空が竜のかたちになった。

 空を映したような水色の、ラピスの瞳と同じ色の獣型の竜が、突然、そこに現れたのだ。


 地上の人々が驚愕の声を上げる中、巨大な翼をはためかせ、瞬く間にラピスの頭上へ至った飛竜は、大きく口をひらいたと思うと、グオオオォ! と雪煙を巻き起こすほどの大音声を発した。皆が声を上げて耳を塞ぐ。

 涙と雪に滲む視界で、鍾乳洞のような竜の口内が接近してくるのを呆然と見つめていたラピスは、そのままパクリと咥えられてしまった。


「「「ラピス!」」」


 竜の声と風圧によろめきながらもジークが手を伸ばしてきたが、届くはずもない。

 竜は地上の人々は一顧だにせず、ブンと長い首を振ると同時に、ラピスをうなじの辺りへ放った。


「うひゃあぁ!」


 声を上げながらポフンと尻から着地したのは、ふかふかした白い(たてがみ)の上。


「あ、ありっ? ありりっ!?」


 もしかしなくても、自分は竜の上にいる。

 自覚したと同時に、バサリと翼がひるがえって上昇し始めた。

 あわてて鬣につかまり地上を見下ろすが、雪煙にかき消されて何も見えない。

 そうしてあっという間に、皆から遠く離れていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ