爆笑の騎士たちと、おめでたい話
アカデミー派の感染者たちにも薬湯を飲ませ、とりあえず命の危機は脱した。
しかし彼らが占拠していた町長の家は荒れ放題で、病み上がりの者を寝かせておける環境ではなかった。それ以前に、人が住むのに適さない。
厨房も手洗いも各部屋も、埃と汚れ物が積み上がり、私物も散らかしっぱなしでゴミと区別がつかない。滞在してほんの数日で、どうやったらここまで汚せるのか不思議なほどだった。
ジークに一喝されて大泣きしていた面々は、涙が引くと早速「とにかく寒い」と訴え出したが、これが夏なら虫が湧きカビの温床になっていただろう。
病人たちは集会所で看病することにして、数人の騎士たちが送って行った。
が、家の惨状を目にした町長が「ああ……」と呆然と立ちつくしているのが気の毒すぎて、ラピスはまずゴミ拾いを始めた。
ディードとヘンリックも手伝ってくれたが、ヘンリックは隙あらばアカデミー派の者たちに「おい、自分でやれよ!」とゴミを投げつけようとするので、それを止めるのにも気を取られる(ディードは珍しく止めようとしなかった)。
「自分で掃除や片づけをするということを知らないんだよな。むしろ『掃除したら負け』くらいに思っているんだろう?」
嫌味というより、脱力したようなリッターの声に顔を上げると、町長宅に来たとき最初に飛び出してきたアカデミー派の青年――アスムスというらしい――が、食ってかかった。
「はあ? 喧嘩売ってんのかリッター! オレたちに、お前ら庶民のしみったれた生活を押しつけるんじゃねえよ! こっちはアカデミーがついてるんだ。その生意気な口のきき方を後悔させてやることも簡単なんだからな!」
「……本当に、自分では何ひとつできないんだな」
ため息をつく相手に再度噛みつこうとしたアスムスは、ジークに見下ろされて口をつぐんだ。
しかしその後もアカデミー派とリッターらの小競り合いが続き、ついにリッター側から「話がある」と切り出した。
「喧嘩を売りに来たわけじゃないんだ」
リッターはそこらを片付けながら話を続ける。
その姿を見たアスムスたちは、「ふん、今さら身のほどをわきまえても遅い」と薄笑いを浮かべた。リッターはそちらへさらりと視線を流す。
「うん。身のほどというか、役割を知るって大事だなと、ぼくたちは学んだ。ラピスくんからね」
「ラピスぅ!?」
アスムスのうしろに隠れていたディアナが急に反応し、身を乗り出してきた。
憧れのジークに怒鳴られたのがショックだったのか、珍しくしおらしい態度でいたのも束の間。ラピスの名を聞いて、負けん気が復活したらしい。
「こんな悪賢く人に取り入る腹黒い子に、何を学んだって言うのよ。金持ちに媚びる技とか!?」
途端、ディードが立ち上がり、氷のような目をディアナに向けた。
「それはすべて、自分たち母子のことでは? 恥知らずとはあなたたちのことだ」
「なんですって!? あんた、騎士見習いね!? 今すぐ土下座して謝りなさい!」
騎士見習いには違いないが、ディードはこの国の王子である。
ついでにその兄のギュンターも、少し離れてこの様子を見ていた。
「あ、あの、あのねディアナ」
知らずに無礼をやらかした義姉をラピスは止めようとしたが、ヘンリックから「いいからいいから」と止められてしまった。
しかしアスムスたちまでディアナに加勢し始めた。
「ラピス? ああ、すごい偏屈だっていう大魔法使いを虜にしちゃった、噂の弟子ね。確かに、やたら可愛いなぁ。あのお顔で媚びたら、どんな相手も喜ぶんだろうなぁ」
どっと笑い合う彼らと対照的に、ラピスの周囲ではビリッと殺気が漲った。
ジークからもほかの騎士たちからも、リッターたちからすら、すさまじい怒気が放たれている気がするのは、ラピスの気のせいだろうか。
アスムスやディアナたちは、騎士たちの不穏な気配に気づく様子もなく、とても愉快そうだ。
「わたし、大魔法使いを巡礼の参加登録日に見たわ。麗しい青年にしか見えなかった」
「だから、だろ? まだまだ現役ってか?」
またもゲラゲラ笑っているが、やはり勘違いとは思えぬジークたちの殺気が気になり、ラピスはあわわと両者を交互に見た。
正直、アスムスたちの話の意図が理解できないので、ヘンリックまで額に青筋を浮かべて怒りの形相になっている理由がわからない。
「噂の尽きない人とはいえ、大魔法使い様だもの。ずーっと人嫌いで知られてきたのに、よほどの理由がない限りお近づきにはなれないはずよ」
「じゃあやっぱアレか。デキてるって噂」
「噂、なのかねぇ。火のない所に煙は立たぬと言うし?」
「そこに真実がある」
ディアナも一緒に大笑いしている。
同時に、ディードとヘンリックが前へ進み出たので、また何か投げつけるつもりかとあわてたそのとき、低い声がアスムスたちの会話を断ち切った。
「つまり……きみたちは、俺に向かって嫌味を言っているんだな?」
鞭打つごとき声が、アスムスたちを凍りつかせる。
笑顔から一転、驚愕と焦りを滲ませた面々が、ギクシャクとこちらを見た。
「あ、アシュクロフト団長……?」
「な、な、なぜですか? おれたちが団長に嫌味を言うわけないじゃありませんか」
「そうですわ! いやらしい噂の当事者は、そこの――」
ジークが首肯する。
「そこの騎士団長の、俺だろう? 現在、この国に大魔法使いはただひとり。その方と『デキてる』噂の相手といえば、この俺しかいない」
アスムスたちの顔から血の気が引いた。
ここに至るまで、すっかり失念していたようだ。ジークとクロヴィスが婚約しているという噂話を。
「ちちち違います! そんなわけありませんっ!」
いち早く、必死の形相で言い募ったのはディアナだ。
「あんなのはバカバカしい噂だって、絶対に真っ赤な嘘だって、わたしはちゃんとわかっています! だってアシュクロフト様はわたしと」
「そうですよ! おれたちはそんなつもりでは!」
「『火のない所に煙は立たぬ』『そこに真実がある』とも言っていたよねぇ」
ギュンターが楽しげに煽ると、騎士たちも「我らも証人です。しかと聞きました」とわざとらしくうなずく。
すごみのある微笑を浮かべたジークが、「そうだな」とディアナたちを睥睨した。
「つまりきみたちは、真実と認識した上で、俺の婚約者を侮辱したわけだ」
難癖だろうがなんだろうが、桁外れの剣の使い手として知られる第三騎士団団長とその部下たち(+騎士見習い二人)を怒らせたとあっては、温室育ちの子女らはひとたまりもない。
そろって震え上がる中、ただひとりディアナだけは、強靭な精神力で抗議したけれど……
「違いますでしょう、アシュクロフト様! 大魔法使いはあなたの婚約者なんかじゃありませんよね!?」
「婚約者だ」
☆ ☆ ☆
ラピスはわかっている。
ジークはアカデミー派の魔法使いたちを、手っ取り早く黙らせたかっただけだ。
リッターらには何か目的があって、そのためにここまで来たのだと知っているから、両者をきちんと話し合わせたかったのだろう。
その上で、話題の矛先をラピスから自分に移してくれた。
ジークの思惑通り、すっかり意気消沈したアカデミー派は、おとなしくうなだれている。リッターたちが何を話したいのかは、まだわからないが――
とりあえず、外に飛び出した騎士たちは、雪の中を転げ回って爆笑していた。
涙目になるほど笑いながら、口々に祝福を叫ぶ。
「おめでとうございます、団長!」
「『婚約者だ』宣言! カッコイー!」
ディードとヘンリックは、そんな大人たちに呆れ顔だ。
遠い目をするジークの手をラピスが両手でそっと握ると、「……また怒られるな……」と呟きが降ってきた。
ラピスはブンブンと首を横に振る。
「大丈夫ですよぅ! どうせ前からある噂ですもん、お師匠様なら気にしません!」
「……」
「元気出してください~。えっと、えっと、ほら! ご本人が噂は真実だと認めたので、よりいっそう、おめでたいお話になりましたし!」
「ラピス。それフォローになってない」
ヘンリックに袖をツンツン引っ張られ、「ほへ?」と振り向くと。
苦笑するディードのうしろで、ギュンターが腹を抱えて笑っていた。




