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ドラゴン☆マドリガーレ  作者: 月齢
第6唱 竜王の呪い
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肌感覚の共通点

 ディードが王子でギュンターが王太子、そしてヘンリックがディードの乳兄弟という事実には驚いたが、ずっと地方都市で育ってきたラピスにとって、王族という存在は馴染みがなさすぎた。


 よって「ほへ~」と間の抜けた声を漏らす以外、具体的に何をすればいいのかわからず。

 ディードたちも「王子なんて呼ばず、今まで通りに接してほしい」と言ってくれたので、お言葉に甘えさせてもらうことにした。


 この話を持ち出した張本人のクロヴィスも「国王一家のことなんてどうでもいいんだった」と、コロッと話題を変えようとする。

 (ディード)らが身分を隠してきたのは大魔法使いに拒まれぬためだったらしいのに、「どうでもいい」と言っていたと聞かされたら、国王もさぞ切なかろう。


「お師匠様。一度、王様にお会いしてみては? 喜んでくれますよ、絶対! なんたってお師匠様ですから!」


 小さなこぶしを振り振り提案すると、ギュンターも「おおっ」と期待のこもった眼差しを寄こした。が、大魔法使いは「フッ」と鼻で嗤っただけである。


「お、お師匠様ったら! その笑い方も絵になりますぅ」


 ラピスがうっとりと目を輝かせると、ヘンリックがガクッと肩を落として「いや、そこはホレボレしてないで、もうひと押しするところだろ!」と訴えてきた。

 ギュンターもディードもジークも苦笑いだが、表情は明るい。


「それより。なぜラピんこに呪詛が及ぶ前に、俺の加護魔法が作動しなかったのか、だ」


 その言葉で、場の空気が一変した。

 ジークの瞳にも、盗賊に対したときのような鋭さが戻る。


「加護魔法は、物理的にラピんこに手を出そうとする意志を感知した場合、相手の思考と行動を迷走させる。また、あらゆる魔法を跳ね返す。たとえ癒しの魔法であろうと、俺の守りがある限り、得体の知れない魔法なんぞいらん世話だから。だから何か予想外のことが起こって、加護が解除されてしまったのかと確認に来たわけだが――」


 クロヴィスの右手がラピスにかざされる。

 躰には触れぬまま、手のひらが頭からつま先まで移動すると、その動きに合わせて、見えない何かがラピスを撫でた。例えるなら、毛糸玉がポンポンと反発しながら躰の上を跳ねているみたいな感触だ。


「くすぐったいっ」


 声を上げて笑うと、端整な顔が優しく微笑み、「無事でよかった」と、ぎゅうっと抱きしめられた。


「えへへ。みんなのおかげさまです!」


 ニコニコ顔で見上げると、何度も頭を撫でられる。


「……加護魔法は生きている。解除されてはいない。俺と同等かそれ以上の魔法使いでなければ解除などできんのだから、当然なんだが」

「そんなすごい方がいれば、お師匠様のように『大魔法使い』として知られていそうです」

「そうだな……」


 クロヴィスは口元に手をあて、長い睫毛を伏せる。

 こういうときの師は、頭の中で膨大な量の情報や知識を巡らせているのだと、ラピスはもう知っている。


「とにかく今のところ、推測なしに断言できるのは、強力な呪術師がいるということ。それだけだな」

「ラピスの中の竜氣が、彼と我らを守ってくれたと仰いましたね」


 ジークの言葉に、首肯が返される。

 そうだった、とラピスも思い出した。古竜の竜氣が守ってくれたとクロヴィスは言っていた。


「呪詛の標的はラピんこ。だがラピんこの守り人であるジークたちも、()()()にとっては邪魔な存在だからな。まとめて呪法をかけようとした気配が残っている」


 ジークの肩がピクリと揺れた。

 なぜかちょっと目を瞠ってクロヴィスを見つめたので、紅玉の瞳が不快そうに細められた。


「なんで嬉しそうなんだ。呪われたことが嬉しいのか?」

「は。いえ、そうではなく……」

「キモい奴。カメムシの考えは人にはわからん! な、ラピんこ」

「カメムシの?」

「ったく、カメムシのせいで脱線した」

「あ、カメムシが出たんですね。どこですか?」


 見回すと、咳払いするジークの横でギュンターが肩を震わせ、それをディードが軽く睨んでいる。ヘンリックが「どこからツッコめばいいのやら」と呟いた。

 小首をかしげるラピスにかまわず、師の話は続く。


「当初は、お前らをまとめて始末する呪法だったようだ。だがラピんこの持つ古竜の竜氣が強すぎて、ほかの者に呪いを及ぼす余力がなかったと見える。ラピんこに呪詛を集中させなければ、呪法が成立しなかったんだろう」

「僕、みんなを巻き込むところだったのですね……」


 ラピスがしょんぼりすると、皆が一斉に口をひらいた。


「ラピスは悪くないよ!」

「そうだぞ、呪いなんかかける奴が悪いんだ!」

「俺たちはラピスの竜氣のおかげで助かったんだからな」

「……必ず見つけ出し、償わせる……」


 クロヴィスは「護衛役なんだから、巻き込まれてなんぼだろ」と肩をすくめた。


「だがな。たとえお前ら全員が呪詛を受けようと、結局は俺が絶対に阻む」

「お、お師匠様ぁ! かっこよすぎます!」


 ディードとヘンリックも頬を紅潮させ、尊敬の眼差しだ。


「しかし今回はなぜ、呪法を防御できなかったのか。強烈な呪詛であるならなおのこと、加護魔法も激しく反応するはずなのに。……不十分でも理由をつけるとすれば……ラピんこ。旅の途中、ささいなことでいいから、何か気になることはなかったか?」 

「気になること、ですか?」

「ああ。どんなことでもいい。頭に浮かんだことをなんでもいいから言ってみろ」

「えっと……」


 ラピスは天井を見上げた。

 燭台の灯りは頼りないが、雪明かりが仄白く室内を照らしている。

 ぼんやりとした闇の中、ここまでの旅路を順に思い起こしてみた。


(そうだ。ときどき……)


「何かが気になって、落ち着かない気持ちになったことが何度か……」

「いいぞ。どんなことだ?」

「えっと……そうだ。ときどきチクチクしたんです!」

「チクチク。なるほど、それはとても重要だ。どんなときだった?」


 ヘンリックが小声で「チクチクで話通じるってすごくない?」と囁き、ディードに「黙ってろ!」と小突かれているが、ラピスは記憶を辿ることに集中した。


「……お師匠様から、初めて呪詛の話を聴いたとき……」


 あれはそう、集歌の巡礼に参加するかと問われた夜。


「なるほど、あの夜か。ほかには?」

「それから、えっと……あ、巡礼が始まったばかりのときです。シグナス森林に向かう前に」

「宿の食堂で、顔や胸を押さえていたときか?」


 ジークの言葉に大きくうなずく。


「そう、そうです! よくおぼえていましたね、ジークさん!」


 同行していた人の言葉は映像を鮮やかにする。おかげで、記憶が刺激されてきた。


「あのときもチリチリドキドキしました」

「何に対してかは、わかるか?」

「いいえ……ごめんなさい」

「謝ることじゃないさ。いいんだ、思い出すのが大事なんだから。それから?」

「それから……ゴルト街で、継母上たちに会ったとき……」

「あのあと茶店で本格的に体調を崩して、高熱が出たんだよね」


 今度はディードが思い出すのを手伝ってくれる。

 そう、あのときはグウェンに向かって大きな声を出したから、慣れないことをしたために、めまいを起こしたのだと思っていた。


「実を言うと、ジークさんに『大丈夫か』って訊かれたときにはもう、チリチリしてたし、ぼーっとしてたの」

「ごめんな。すぐに気づかなくて」

「ディードのせいじゃないよ! 僕のほうこそ、これからはちゃんと言うようにするね」


 クロヴィスも「そのほうがいいぞ」とうなずいている。


「それから?」

「そのあともどこかで、めまいがしたような……うーん、どこだったかなぁ……。チリチリ……チクチク……」

「力みすぎると余計思い出せなくなるから、一旦、休もう」


「グレゴワール様」とギュンターが片手を上げた。


「呪詛を受けると、チクチクした感覚があるのですか?」

「そうだな。ラピんこは昔、呪法に接したことがあった。だから俺と呪いについて話しただけでも、無意識に防御反応が出た、というのがひとつ。もうひとつはまさに、呪法の気配を、チリチリやチクチクという肌感覚として受け取ったのだろう」

「僕が昔、呪法に接したというと、それはあの」


 シグナス森林で聴いた衝撃的な竜の言葉を、ラピスは思い出す。

 察したように、クロヴィスが優しく頭を撫でてくれた。


「ああ。母御が呪いの穢れで亡くなったことだ。その事実をラピんこは知らなかっ

たが、幼いながらも呪詛の気配や痕跡みたいなものは、感じていたんじゃないかと思う」

「……お師匠様。古竜が母様の子守歌を思い出させてくれたとき、母様は僕を看病しながら、風病以外の何かを心配していたんです。『この子は違う、大丈夫』って。もしかするとあれは……」


 ラピスも呪いの穢れに触れたのではと。

 自分と同じ目に遭ったのではと、危惧していたのではなかろうか。


 そう考えると、胸がきゅうっと痛んだ。

 母は自分が呪詛されたことを知っていたのかもしれない。そして弱っていく躰と呪法の恐怖をひとりで抱えたまま、子供のことにまで心を痛めていた。

 母にはクロヴィスのような頼れる存在がいなかった。その心細さを思うと、悲しくて可哀想で、目の奥が熱くなった。


「ラピんこ母は、ラピんこを守りきったんだよな」


 あたたかな微笑が降ってくる。

 思わず抱きつくと、「よしよし」と背中を撫でてくれた。そのままグリグリと広い胸に顔を押しつけていると、ヘンリックが、


「隙あらばイチャつく師弟だね」


 むしろ感心したように言ったのが、やけに大きく響いた。

 ディードが「馬鹿! 思っても言うな!」とまた叱責しているが、クロヴィスはそれはどうでもよかったらしく、ラピスを抱いたまま話を続けた。


「巡礼中、ラピんこは何度も呪いの気配を感じていた。ということは、何度も呪法を仕掛けられていたか、もしくは――呪術師本人、あるいは呪いの穢れに触れた者が、ラピんこのそばにいたか」

「えっ!?」


 驚いて、ガバッと顔を上げる。 

 紅玉の隻眼は、遠いどこかを憎々しげに睨んでいた。


「ラピんこ。チクチク感じたとき、共通点はなかったか? ここにいる面子以外で、チリチリするとき、いつも居合わせていた人間はいなかったか?」

「え、えっと、えっと」


 前々から「警戒心が薄い」と注意されてきたラピスだ。誰かを疑うという視点でものごとを思い出そうとすると、混乱しそうになる。

 だがそのとき、呆然とした表情のディードが、硬い声を漏らした。


「ドロシア・アリスン――」

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