再会
その後、寝坊したことに恐縮しながら起きてきたディードと、堂々とあくびをしながらやってきたヘンリックとギュンターが、共に食事を済ませたところで、買い出しに行くことになった。
「これから先の旅はこの街を拠点にしつつ、騎乗のみで移動する。馬車は使わないから、余計な物は買うなよ。全部置いていくからな」
ディードはラピスに――ではなく、ヘンリックに何度も言い聞かせ、「わかってるってば!」と怒らせていた。
はらはらと雪片の舞う白い街に出ると、モコモコした外套と帽子を着けた人々が、白い息を吐き寒そうに、でも楽しそうに語らいながら行き交っている。
シャンシャンと馬衣についた鈴を鳴らして闊歩する毛の長い馬は、馬橇に使われる馬だそうだ。
同じ国なのに異国に来たような光景で、ラピスはわくわくしながら街の様子を見つめた。
買い出しは、食料や防寒着や下着に毛布、宿の支配人お薦めの最新式天幕などなど、見るべきものも見たいものも盛りだくさんだ。
そのため手分けして買い物しようということになり、ギュンターとヘンリックとは一旦別行動となった。
「まずはどこへ行きますか?」
ディードとジークが相談していると、女性たちが熱い視線を送りながら通り過ぎていく。ひときわ背が高い上に威厳のあるジークは、立っているだけで人目を引くのだ。
ただし遠巻きに見てくることが多い男性と違って、女性陣はキャーキャー言いながらもちょっとずつ距離を詰めてくるので、ラピスはそこが興味深かった。
「ラピス」
呼ばれて振り返ると、ジークが手を伸ばしてくる。
最近は手をつないでくれることが増えた。寒いからだろうと思っていたが、単に迷子防止のためかもしれない。
なんにしてもラピスは、好きな人と手をつなぐのが嬉しいので、いそいそと大きな手を握ったのだが。その途端、こちらを見ていた女性たちから一段と甲高い、キャーッという声が上がった。
(この反応は……昨日と同じだなぁ)
ゴルト街に着いて、ジークに抱っこされたまま宿まで移動したときの、女子学生たちの反応もこんな感じだった。
これも例の、クロヴィスとジークの婚約の噂に関連する反応なのだろうか。それともそもそもジークはいつも、こんな反応をされるのだろうか。
クロヴィスはよく、『竜について気づいたことがあれば、記録しておくといい。いつか必要になるかもしれないし、そうでなくとも後世の誰かのためになるかもしれない』と言うのだが……
「僕、後世のためにジークさんの研究報告も書こうかな」
「へ?」
変な声で反応したのはディードで、ジークも目をぱちくりしている。
そこへ「ラピスくーん!」と聞きおぼえのある声がかかった。
「キャーッ! 会えて嬉しい! 久し振り~っ!」
息を切らせて走ってきたのは、エンコッド町で出会った赤毛の少女だ。
「えっと……ドロシア・アリスンさん?」
名前を思い出しながら手を振ると、パッと嬉しそうな笑顔になって、さらに勢いよく駆けてきた。
が、慣れぬ雪道を走るものではない。案の定、ラピスのすぐ前まで来たところで、ドロシアが足を滑らせた。
「キャッ!」
「危ない!」
とっさにラピスはジークから離した手を差し出した。
が、同時にうしろから外套を掴まれたため手は空振りし、ドロシアは派手に尻餅をついた。するとディードが、「ふぅ」と掴んでいたラピスの外套から手を離し、白い息を吐きながら微笑んだ。
「よかった、無事だった」
「無事じゃないわよ!」
尻をついたまま抗議するドロシアに、ラピスが「大丈夫?」と改めて手を差し出す。が、ドロシアがその手を取る前に、ディードがさっさと彼女の背後に回って脇に腕を入れ、「ギャーッ!」と悲鳴が上がるのを無視して立ち上がらせた。
「何するのよ!」
「立たせてさしあげたのですが?」
「わたしはラピスくんに助けてもらうところだったのにー!」
「失礼ですが、あなたの全体重でラピスを引っ張られては、彼が巻き添えになりますので……ドロスン・アリスンさん」
「だからドロスンじゃねえよ!」
目を三角にして怒鳴りつけてから、ドロシアは我に返ったというようにこちらを見た。ジークは相変わらず無表情だが、ラピスは思わず声を上げて笑う。
「仲いいねぇ」
「「よくないですけど!?」」
やはり仲良く同時に返してきた。
そこへまたしても、よく知る声が耳に飛び込む。
「ラピス!」
無意識にビクッと身がまえ、振り向くと。
思った通り――継母グウェンがいた。
そして義姉ディアナと、義兄イーライも。
三人はそろって豪奢な毛皮の外套を身にまとい、護衛役とおぼしき騎士たちを引き連れていた。服やら菓子やらを両手に持たされている騎士たちは、第三騎士団の部下らしく、ジークに挨拶をしてきたその表情には、疲労が色濃く滲んでいた。
「久しぶりねぇ、ラピス。元気そうでなによりだわ」
澄んだ大気の風に乗り、きつい香水のにおいが運ばれてきた。
にこやかに歩み寄ってきたグウェンの前に、ジークが立ち塞がる。
「……何か御用でしょうか」
「な、何って」
にこりともしない騎士団長に高い位置から見下ろされ、さすがのグウェンもたじろいだ。しかしそこへディアナが飛び出してきて、ぐいぐいとジークに迫る。
「お初にお目にかかります、アシュクロフト騎士団長様っ! あたくし、ラピスの義姉のディアナ・カーレウムと申します! どうぞディアナとお呼びくださいっ」
一方、寒いのか鼻を真っ赤にしたイーライは、ドロシアのそばへと駆け寄った。
「や、やあ、ドロシア・アリスン。このパイ美味いよ、食べるかい?」
袋いっぱいの焼き菓子を差し出したが、ドロシアは「けっこうよ、ありがとう」と笑顔で断った。
グウェンが咳払いをして、改めてジークに笑いかける。
「わたしはラピスの継母のグウェンと申します。大事な我が子がわけもわからず大魔法使いの弟子になってしまって以来、心配で心配でひとときも心が休まりませんでしたの。ひどくこき使われているとか、ボロ雑巾のようになっているという噂もありましたから……」
グウェンは鼻をすすり、「でも」と乾いた目元を拭った。
「ここで会えるなんて夢にも思わなかったわ。まさに竜のお導きね! そうでしょう、ラピス」
「え? 竜の? ううん、そういうお導きの話は、竜からは聴いていないよ?」
驚きと戸惑いで固まっていたラピスの頭が、『竜のお導き』という言葉で動き出した。だから正直に答えただけなのだが、ディードがプッと噴き出し、グウェンの口元がひくりと歪んだ。
「ま、まあ、それはどうでもいいわ。そんなことより聞いたわよ、ラピス。あなたトリプト村で古竜の歌を解いて、蝗災を食い止めたらしいじゃない! すごいわ、さすがわたしの子よ!」
「え、えっと」
「本当に嬉しいわ! だって家族ですもの。家族なら喜びは共有するべきよねぇ」
継母の顔が目の前に迫る。
引き上げた口角の皺までくっきり見えた。
「ねえ、ラピス。古竜からは、ほかにも何か聞いたの? 竜王の城の場所は聞けて? 欠けた力の対処法とやらは?」
「えっと、それはまだわからなくって」
その瞬間、継母は、ラピスのよく知る冷たい表情に戻った。
「隠してるんでしょう」
が、すぐに笑顔に切り替わる。
「そうよねぇ、わかっていたら旅を続けたりしないものね。でも知っている情報があるなら共有しましょ? だって離れたって家族ですもの、それが当然でしょう?」
「そうだぞラピス。おれたちは幼竜の面倒を見合った仲じゃないか。ねえきみ、幼竜を触ったことがあるかい? ドロシア・アリスン」
ジークに視線を向けたままで、ディアナもうなずく。
「そうなんです、アシュクロフト様。あたしたち、本当に仲良し家族なんですよ。ですからラピスがお世話になっているお礼に、今夜お食事をご馳走させてください! とっても素敵なお店を見つけたんですぅ」
「おほほ。この子は昔からアシュクロフト様に憧れてるんですの」
「やだぁ、ママったら!」
「どうかご馳走させてくださいな。ねぇラピス。ついでに情報交換をね」
継母子の口から飛び出す言葉に対応しきれず、「う、うん?」と軽く混乱していると、ディードが「あの」と冷たい声で割り込んできた。
しかし彼が声を発する前に、
「共有ということは、みなさんにも、ラピスくんに益する情報があるということでしょうか?」
皆の視線を浴びたドロシアが、にっこり笑った。
いきなり会話に割って入ったドロシアに、グウェンは面食らったようだったが、すぐに歪んだ笑みを取り戻して慇懃無礼に応じた。
「あなたは……アカデミーの学生さんかしら? どちらのご令嬢でしょう」
菓子で汚れた手を外套で拭いたイーライが、「ドロシア・アリスンだよママ!」と教えた。その小さな目に敵意を燃やし、ラピスを睨みつけながら。
「アリスン国防長官の孫なんだ」
「あらまあ。あの資産家の?」
途端、ドロシアを見るグウェンの目つきが友好的に変わる。
けれど相変わらずジークのそばから離れないディアナだけは剣呑な目つきで、「資産家といっても、アシュクロフト様のお家ほどではないわよ」と鼻で嗤った。
笑みを浮かべたままのドロシアとディアナのあいだに火花が散った錯覚をラピスはおぼえたが、イーライはそちらの話題はどうでもいいらしく、ギラリとラピスをにらんできた。
「なんでお前がドロシア・アリスンと親しげにしてるんだよ!」
「話が脱線しているわ、イーライ・カーレウムくん」
ラピスが応じる前に、またもドロシアが遮る。
しかし「天使とわたし、親しげに見えているのね……フフ、フフフ」と呟いて笑っているのが謎だ。そんな彼女を怪訝そうに見つめるディードは、むしろ継母よりドロシアを警戒する目つきになっている。




