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ドラゴン☆マドリガーレ  作者: 月齢
第4唱 ラピスにメロメロ
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ゴルト街到着と、新たなウワサ

 ジークたちは盗賊送致の手配をしたり、ラピスのために野宿せず済むよう、なるべく宿のある村を経由してくれたりで、余計に時間はかかったものの、一行は無事ゴルト街へと至った。

 それを待っていたかのように、空から白いものが舞い降りてくる。


「雪だぁ!」


 馬車の窓から見つめるラピスの視線の先、粉糖をふりかけたように、街並みが白く染まり始めた。

 久し振りに見る大きな街だ。

 大型の馬車がすれ違うことを前提とした広い石畳の大通り。

 道の両側には四階建てや五階建ての立派な建物がずらりと並び、賑やかに行き交う人々にも活気がある。

 

 ずっと冬枯れの山や森や荒れ地を横目に旅してきたから、久々の都市部の光景は見ているだけで楽しくなった。

 が、さすがにこれまでで最北の街だけあって、寒い。全身にぷるりと震えが走って、ラピスは頭から毛布にくるまった。 


『竜王の城』が在るとされるのは、北方の壁ことレプシウス山脈。

 ゴルト街はその地に至る前の最後の大都市であり、ここより北には、点在する小さな町村しかないと聞く。運が良ければ狩猟民族の移動住居に出会うこともあるが、基本は露宿(ろしゅく)となるようだ。


 だからここらを旅する人は、この街で改めて旅の準備を万端整え、旅の拠点ともするらしい。

 そのためだろう。道行く人の中には、見おぼえのあるアカデミーの外套姿も目立つ。集歌の巡礼に出た者たちにとってもありがたい街だ。


 そのとき、速度を落としていた馬車が止まった。

 今夜の宿に着いたのかとラピスが窓外を覗くと、ジークと同じ制服の騎士たちが集まってきて、言葉を交わしているのが見えた。

 かと思うとすぐに馬車の扉がひらかれ、ジークが顔を覗かせたが、頭からすっぽり毛布にくるまっていたラピスを見ると目を瞠り、「寒かったな……」と腕を伸ばしてきた。

 素直にその腕につかまって立ち上がりながら、ラピスは首を横に振る。


「僕は馬車の中だから大丈夫です。ジークさんたちのほうが寒いです」

「俺たちも『焼き石』をもらってるから、大丈夫だ……」


 彼の言う『焼き石』とは、石を熱しただけの一般的な保温石とは違い、クロヴィスがいくつか持たせてくれた特製の保温道具である。ラピスの手におさまるほど小さいが、火の魔法を使うと長時間蓄熱され、一日中でもじんわりと全身を温め続けてくれる優れもの。

 

 加護魔法を施された衣服や馬車にも保温効果が付与されているようで、ディードが「大魔法使い本気の守護魔法は弟子への溺愛が過ぎて、もはや面白い」と感心していた。

 おかげでここまでずいぶん助けられているのだが、それでも本場の北国の寒さは厳しかった。冷気が足下から這いのぼってくる。


「ちょうど第三騎士団(うち)の団員が街の詰所にいる。馬の面倒は任せて、先に宿に入ろう……」


 ジークはちょっとだけ、今までより多く喋ってくれるようになった。

 けれど今までと変わらず、ラピスを抱っこして馬車から降ろす。真面目な騎士団長としては抱っこも護衛の内と考えているのかもしれない。


 と、抱えられたまま外に出た途端、「キャーッ!」と黄色い声が飛んできた。

 びっくりしてそちらを見れば、アカデミー所属らしき女子の一団が、こちらを注視している。

 女の子たちは興奮を隠さず、意味不明の甲高い声を上げながらラピスを指差してきた。


「ほら、あの子よあの子! 例の大魔法使い様のお弟子さんのっ」

「やだ可愛いっ、天使じゃん! 抱っこされてるしー!」

「アシュクロフト様、めっちゃ大事にしてる……! やっぱ愛なのね。愛する人の愛弟子だから、よりいっそう大事にしてるのね。どうしよう尊い!」

「ああ、わたしもアシュクロフト様の逞しい腕に抱っこされたい!」

「あんたじゃ絵にならないから却下だ」

「なんだとこのやろう」


 何を騒がれているのかわからず、ジークの腕から降りることも忘れてボーッとしていると、「ラピスくん、久し振り!」と騎士のひとりから声をかけられた。


「オレたちのことおぼえてくれてるかな? シグナス森林から少しのあいだ一緒だった……」

「あ、お久し振りですっ!」


 シグナス森林で古竜と会ったとき、一緒にいた騎士たちだった。

 ギュンターやヘンリックと入れ替わりに王都に戻ったが、ラピスを護衛したかったと別れを惜しんでくれたのが嬉しかったので、よくおぼえている。

 再会を約束していたけれど、こんなに早く叶うとは思わなかった。


「その節はお世話になりました」


 ジークの肩に手をかけたままぺこりと頭を下げると、満面の笑顔が返ってきた。 


「いやあ、相変わらず可愛いなぁ。和むー」

「団長、抱っこ代わりましょう。ていうか代わらせてください」

「……宿に行くぞ……」


 部下の言葉を聞き流して歩き出したジークに、ひとりの騎士が呟く。


「でもそうしていると、噂に信憑性が……」


 別の騎士が「しっ!」とあわてて遮ったが。


「……噂?」


 目をすがめたジークがラピスごと振り返ったので、馬を引き渡していたギュンターやディードたちが走ってくるのがラピスの視界に入った。

 三人はすぐに騎士らに追いつき、耳聡いギュンターが背後から「噂ってなんのこと?」と興味津々で話しかけると、驚いた騎士たちが「うわっ!」と跳び上がった。


「お、驚かさないでくださいよ副団長!」

「なに大げさに驚いてんの。聞かれるとヤバイ噂なの?」

「え……いや、その……」


 視線を泳がせる騎士に、「なになに~?」とギュンターが詰め寄る。

 が、そのときラピスがクシュンとくしゃみをしたので、ジークは話より宿に入ることを優先したらしく、長い脚でぐいぐい歩いて、あっという間に門前に到着した。

 おかげで降ろしてもらう機会を失い、あわてて追いかけてくるディードたちや、こちらを見てキャーキャー言う女性たちを、ジークの肩越しに見下ろしながら移動したのだが……。

 どうやら、さっさと降ろしてもらうべきだったようだ。



 立派な宿(ホテル)に部屋を用意してもらい、久し振りにゆったりと湯浴ができて、美味しく食事もいただいて、あとは気持ちよく眠るだけという安らぎの時間。

 ラピスら少年三人組が、部屋に運ばれてきたホットミルクを受け取ったとき、隣室からギュンターが爆笑する声が聞こえてきた。


「今の、副団長の声だよな?」


 怪訝な顔のヘンリックにうなずいて、ラピスら三人は隣室へ向かった。

 鍵はかかっておらず、話し声から、先刻の騎士たちも一緒なのだとわかった。

 騎士たちは三人が入ってきたことに気づかず、腹を抱えて笑うギュンターと、いつも以上に表情が読めないジークとを、おろおろしながらなだめていた。


「そんなに笑っちゃ悪いですよ、副団長!」

「そ、そうですよ、そんなに……笑っちゃ……」


 言いながら、自分たちも笑いをこらえられなくなったようで、ブフーッ! と盛大に吹き出すや、一緒になって大笑いし始めた。笑っていないのはジークのみだ。

 そんなジークに、ギュンターが涙を拭いながら声をかけた。


「すみません団長。でも、だから言ったんですよ、早く相手を決めたほうがいいって。そうしていたら、まさかこんな噂には……だ、団長と、グレゴワール様が、こ、ここ、婚約してるなんて噂には……!」


 言うやいなや、部下たちと共に笑い転げている。

 久々に緊張が解けて、酒も少々入っているのだろう。

 だから――


「お師匠様に、また新たな噂が立っちゃったのですか?」


 ラピスは普通に尋ねただけなのに、ジーク以外の全員が跳び上がった。


「いつからそこに!」と仰天している大人たちを呆れ顔で見ていたディードが、「あの」と割って入った。 


「もうラピスの耳に入っちゃったから言いますけど。その噂なら、俺たちとっくに知ってましたよ」


 冷めた口調で「なあ?」と視線を流した先で、ヘンリックも「うん、知ってた」と首肯する。ギュンターが「マジで!?」と目を丸くした。


「何それ、なんで知ってたの!?」

伝書鳩(早耳)を使ってるのは俺たちも一緒ですから」


 ディードは「むしろ副団長が知らなかったのが不思議です」と付け足し、さらに補足した。


「ちなみにその噂、発生源はアカデミーの学生で、それが飛び火して社交界にて拡散されたと思われます。ですが最初は団長とグレゴワール様が愛し合っているという噂話だったのに、『二人は婚約している』と内容を発展させて言いふらしたのは、どうやら王女殿下です」

「へ!? アレクシア……王女? 何故に?」


 タレ目を白黒させたギュンターが、ディードとジークを交互に見た。

 ジークはひとり掛けのソファで長い脚を組んだまま、特に反応はない。

 ヘンリックがラピスにこっそり「王女はね、団長との結婚を望んでるんだよ」と教えてくれた。ラピスにとっては王族など雲の上の人だから、「わぁ」と感嘆の声が漏れる。


「王女様にまでモテるなんて、ジークさんはほんとに人気者なんだね!」

「ラピスが言うと、すごく平和な話題みたいだな」


 苦笑するヘンリックの向こうで、ディードは気の毒そうにラピスを見た。


「王女殿下はなんというか、その……思い立ったら即行動というか、猪突猛進というか。それでその、グレゴワール様のところに押しかけちゃったみたいで」

「ほえ!?」

「マジか!」


 今度はラピスもギュンターと一緒に驚いた。

 ジークまでガタンと椅子の音を鳴らして身を乗り出し、組んだ脚を解く。


「その際グレゴワール様から、『団長には複数の情人がいる』と聞かされたみたい。あと『団長は巡礼など無視して南国に行き、情事に耽って』……」


 そこでハッとしたようにラピスを見たディードは、ちょっと赤面しながら咳払いして、「えーと」と表現を変えた。


「おそらく王女殿下は、グレゴワール様から厄介払いされたんだろうね。無理もないよ。いきなり身におぼえのない恋愛沙汰を持ち込まれたんだから、怒って当然だ。で、王女殿下は例によって即行動で、グレゴワール様の言葉通り南へ向かっちゃったのだけど、その道中で、その……教えられた情人の名が、騎士見習いたちの名の()()()であると気づいたらしく」


「騎士見習いたちって、ディードとヘンリックのこと?」


 ラピスの問いに「まあ、そこはどうでもいいんだけど」とディードは濁したが、ヘンリックは「厄介払いの仕方がさぁ……なんでヘンリエッテ?」とブツブツ言っている。

 ギュンターが「で、なんで王女殿下は、団長とグレゴワール様が婚約してるだなんて言いふらしたんだ?」と先を促してきた。先ほどまでの驚きの表情は失せ、すっかり面白がっているようだ。

 ディードは「それはですね」と騎士たちを見回す。


「『王女を(たばか)り、アュクロフト団長のいる地域と真逆の方向へ誘導したグレゴワールは言語道断。しかしよくよく考えてみればグレゴワールは、『掌中の珠』と噂される愛弟子を、アシュクロフト団長に託している。それはつまり、家族ぐるみのお付き合い。ということは、二人はすでに深い仲。さてはすでに――婚約済み。だからこそ王女であろうと遠慮なく、団長から引き離そうとしたのであろう』……王女の理屈では、そう解釈されたようです」


 しばしの沈黙ののち、この日一番の大爆笑が沸き起こった。

 ギュンターもほかの騎士たちも「なんでそうなる!?」「確かに家族ぐるみのお付き合い!」と腹を抱え、床を転がりそうな勢いで大笑いしている。

 この部屋とラピスたちの部屋は、宿の最上階にある。広々とした部屋の床には厚い絨毯が敷かれているので、多少の防音効果はあろうけれど……


(ご近所迷惑にならないかな……)


 ラピスはちょっと心配になった。

 しかしそれより心配なことに気づく。

 ジークのみが、彼らしくもなく、肩を落としてうつむいているのだ。

 彼の隣にしゃがんで顔を覗き込むと、青い瞳と目が合った。


「グレゴワール様には、申しわけないことを……激怒、されているだろう……な……」


 ひどく打ちひしがれた様子で呟く、こんなジークは初めてだ。

 ラピスはどうにか励まさねばと思った。


「大丈夫ですよぅ、ジークさん。お師匠様は本当に優しい人ですから、そんなことで怒ったりしませんっ」

「……」

「それにお師匠様は噂されることに慣れてるはずです! ひどい悪評があるそうですから。ね、ディード?」

「えっ! あ、う、うん。そうだね」


 突然の名指しに驚いたか、ディードは気まずそうに目を逸らしている。

 ラピスは師にそうするように、ジークの太腿に手を置いて膝立ちし、下から覗き込んで視線を合わせた。


「人から悪く言われるのは悲しいです。人を悪く言うのも悲しいです。なかなか抜けないナイフみたいだけど、でもそんな言葉は早く捨てないと、心の傷が深くなるばかりなんです。と、竜が言ってました」

「竜が」


 目を瞬かせるジークに「はい」とうなずく。

 

 カーレウムの家で、独りぼっちのラピスをいつも慰めてくれた竜たちの言葉。

 それらすべてが、今も、いつでも、心を支えてくれている。

 美しい言葉は、どこにいてもどんなときも、必要ならば取り出せるし、大事にしていれば決して失わない。心に宿る宝ものだ。


「お師匠様は、悪い言葉に負けない人なんです。なんと言われようと、自分が正しいと思ったことをする、とっても強い人なんです。僕、そんなところも心から尊敬しているのです。でもほんと言うと、お師匠様はあまりにかっこよくて優しくて賢くて、尊敬できないところなんかひとつもないのですけど」


 ジークの端整な顔が、小さく綻んだ。


「……良い師匠だな」

「はいっ! 世界一の自慢のお師匠様ですっ!」


 ジークがちょっと元気になってくれたように見えるのも嬉しいが、クロヴィスが褒められるのも、どんなときでも最高に嬉しい。

 師を褒めてくれたジークにはもっと元気を出してほしいので、ラピスはさらに気合いを入れて励ますことにした。


「それに今回の噂は悪い噂じゃないですもんねっ。婚約の話なら、むしろおめでたいです!」


 途端、いつの間にか静かになって二人の会話を聞いていたギュンターたちが――今度はヘンリックまでも――ブハッと噴き出した。ディードすら笑いをこらえきれずに肩を震わせている。


「僕、おかしなこと言ったかな……」


 ラピスがちょっとしょんぼりすると、立ち上がったジークに頭を撫でられた。


「まったく言ってない……!」


 そう言い放つや、第三騎士団団長はとうとう、部下たちの頭に手刀を下ろしたのだった。

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