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ドラゴン☆マドリガーレ  作者: 月齢
第4唱 ラピスにメロメロ
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ラピスがんばる


 すったもんだの末、竜鱗香の効果を知った村民たちは、ようやく村長の言うことに理解を示した。

 とはいえ竜鱗香の効果は信じても、ラピスに魔法使いとしての役割を期待していないらしきことは……


「こんなあどけない子を、巡礼に巻き込むなんて」

「タレ目のイケメンは軽薄と相場が決まってるのよ」


 などとギュンターを睨みつける女性陣の態度からも明らかだったが。


「どうしてこういうときって、俺ばかり責められがちなのでしょうね?」


 苦笑するギュンターがジークに尋ねると、無言の団長に代わりディードが答えた。


「にじみ出る人間性でしょうね。いいから手を動かしてください」


 そう。今ラピスたちは、クロヴィス直伝の『大がかりな虫除けを行う方法』を実践すべく、焚火の準備の真っ最中なのだ。

 炎を大きく燃やす必要があると言ったら、村長たちがよく乾燥させた薪をたくさん提供してくれたので、それをジークが手早く組んでいる。


(お師匠様も、薪を組むの上手だったなぁ……)


 ふとしたことで思い出しては会いたくなってしまうが、今は我慢。 

 準備が整ったところで、ラピスは火付け用の樹皮に魔法で点火した。

 さらに魔法で炎を熾して、そこへ古竜の鱗を大量に投入する。


「えっ、そんなに!?」


 少し離れたところから見守っていた村長たちは、すでに竜鱗香の材料が古竜の鱗だと聞かされているので、「そんな貴重なものを」と盛んに恐縮した。

 が、ラピスはむしろ感動していた。


(古竜さんは、鱗が必要になるってわかってたのかなぁ……)


『古竜が今くれたってことは、ラピんこの旅に必要なのさ。きっと。……絶対』


 そう言って持たせてくれたクロヴィスも、改めてすごいと思う。まさに先見の明。

 感動のあまりディードたちに『竜とお師匠様の偉大さについて』語りたくてたまらなくなったが、それも今は我慢した。


 遠巻きに飛び交っていた虫たちは、古竜の鱗入りの焚火が始まった途端、さらに遠くへ逃げて行った。しかしまだ村から去ったわけではなく、視認できない距離か建物の中にでも避難していると思われる。

 虫は虫で、生まれたからには生きようと必死なだけだ。人の側の都合のみで、虫といえど大量の命を左右することは心が痛む。けれど虫に穀物を喰い尽くされれば、この村の人たちの命にも関わる。


『何もかもいっぺんには解決できない。ラピんこが今すべきことは、なんだ?』


 師の言葉を思い出し、心の中で(ごめんなさい)とバッタに謝って、ラピスは気持ちを奮い立たせた。 

 広範囲に影響を及ぼすよう竜鱗香を活かすには、『もうひと手間かければ完璧』と教わった。


 ラピスは、すぅ、と大きく息を吸い込んで――歌った。

 この地と人々をお守りくださいと願う、竜言語の歌を。

 その歌が竜鱗香を活性化させ、望むように行き渡らせられる。それこそが『もうひと手間』。


 旋律に溶かすのは、傷に薬を塗ってくれたり、転びかけても必ず助けてくれる人がいることの嬉しさや、心のぬくもり。いつも消えない感謝と癒し。


 歌うにつれて、炎から白い煙が立ちのぼる。

 それはまるで、鱗をくれたあの蛇型の古竜のよう。どこまでも長く高く、灰色の空へと伸び上がる。

 いつのまにかたくさんの村の人たちが集まって来ていたようで、抑えた驚愕の声が次々上がった。


 竜鱗香は、ほのかにミントのような、涼やかな香りを広げていく。

 煙も不思議と刺激がなく、吸い込んでも咳き込んだり目にしみたりすることがない。

 だからラピスは存分に、もういいかなと納得するまで歌った。

 そしてその頃には村中が、隅の隅まで自由自在に泳ぐ白煙に満たされて。

 煙が消えたあとには、蝗災も去っていた。



☆ ☆ ☆



「バッタが去った、去りよったぞーっ! よし、祭りだっ、宴会だー! 皆の者、天使とアヒュクロフト団長ご一行様に、ありったけの酒と馳走を持ってこーい!」


 村も畑も隅々まで見回って、生きたバッタがいなくなったことを確認した村人たちは、「嘘だろ!?」と喜びを爆発させた。村長の言葉にも「おおー!」とこぶしを振り上げ応じている。


「我らが天使ラピス様と、天使をお連れくださった騎士様たち、ばんざーい!!」


 などと歓呼しながら宴会の準備を始めようとしていたので、ラピスはにこにこしながらそれを制した。


「先にお掃除をしましょう! バッタの死骸もなるべく集めて、鱗の炎で浄化しましょう。あと、僕に『様』はいらないですよう。『様』はお師匠様に付ける言葉ですから!」

「あ、はい……」


 子供からものごとの順序を説かれた村長と村人たちだが、素直に従ってくれた。


「確かにそうだよな。まずは掃除だよな」

「誰だよ、このバッタの死骸だらけの中で、宴会を始めようと言い出した奴は」

「まったく。その者は反省ひゅるべきだのう」


 うなずく村長に、村民たちの視線が集中する。


「もう自分の発言を忘れてるな……」

「いつものことだ」

「それにしても可愛いよなぁラピスくん。いるだけで和むわ~」

「まったく。同意ひゅる」


 今度は村長以外もうんうんとうなずいた。


 さすがに日暮れまでにすべてを片付けるのは無理だったが、宴会に執念を燃やした村長の指示により宿と食堂周辺は綺麗に掃除されて、日没後、宴会が始まった。

 ぐっと気温が下がったけれど、食堂に入りきれぬ者は焚火を囲んで、白い息を吐きながら酒を酌み交わしている。

 村長たちは何度も何度も、礼を言ってきた。


「本当にありがとうございまひゅ、ありがとうございまひゅ……!」

「ラピスくんの歌、あれなんの歌だい? 綺麗な声で、綺麗な歌で。おじさん聴いてたら泣けてきちゃったよ」

「本当に、心が洗われるようだった……ほんとにありがとうねぇ……!」

「「「ありがとうございまひゅー!!」」」


 酔いのせいかオイオイ泣き出す人もいたり、みんなそろって「ひゅ」がうつっていたりで、ラピスは目をぱちくりさせた。

 そこへ手渡されたシチューをいただくと、ゴロゴロ入ったジャガイモと玉ネギの甘味がとても美味しい。

 しみじみ味わっていたら、横に同じくシチュー皿を持ったヘンリックが座った。


「ラピス、ちょっといいか」

「うん、いっぱいいいよ~」

「……あのさ……悪かったな」

「ほへ?」


 いきなり謝られた理由がわからず、きょとんと小首をかしげると、ヘンリックは照れたように目を伏せた。


「ぼくはお前を信じてなかった。というか、八つ当たりしてた。団長やディードたちほど、グレゴワール様のことも信じてなかったし……苦労して探したって、どうせもう年とってるから巡礼なんて無理だと思ってたんだ。それでも『ようやく見つけた』って、二人とも大喜びして、団長すら嬉しそうな顔してた。わかりづらいけど。なのに実際に参加するのは大魔法使いじゃなくて弟子のほうで、しかもまだガキ……えーと、ぼくより年下だって聞いてさ。馬鹿にされてるんだ、なのにまだそんな奴らを信じるディードたちも大馬鹿だと思ってた。でも」


 緑の瞳が、ようやくラピスに向けられる。


「今日のラピス、すごかった。竜言語で歌える奴がほんとにいるなんて……歌い手だなんて、ほんとにすごいよ。すっごく感動した。震えた。……ディードたちは正しかった。もう疑わない。そしてぼくはやっぱり、聴き手じゃなく騎士見習いとして同行する。そんでラピスの補助に徹するよ。ぼくにできることならなんでも協力するから」


 聴いてるうちに、ラピスの心はシチューみたいにぽかぽかになった。

 実を言えば、もしかするとヘンリックから好かれてないのかもと感じるときもあった。でもラピスは彼に悪い印象がまったくなくて、むしろ楽しくて好きだから、それでいいと思っていたのだけれど。

 でもやっぱり、仲よくなれるほうがずっと嬉しいし、こんな話を聞かされてしまったら、喜びのあまりへらへら笑わずにはいられない。


「ヘンリックぅ」

「ん?」

「ヘンリックって、こんなに喋る人だったんだね!」

「感想それ!?」

「僕、幸せ」


 にっこり笑うと、ヘンリックは真っ赤になった。

 そこへディードがやってきた。


「おいヘンリック、まさか葡萄酒でも飲んだのか」

「飲んでないよ!」

「じゃあなんでそんなに顔赤いんだよ。いいから手伝え。宿に泊まらせてくれるらしいから、寝室を整えるぞ」

「わかったよ。……じゃあラピス、あとで」


 ラピスも手伝おうとしたが、ディードが「ラピスはここにいたほうがみんなが喜ぶよ」と言うので、おとなしく待っていることにした。


「珍しくラピスに話しかけて、変なこと教えてないだろうな」

「変なことってなんだよ!」


 ギャーギャー言い合いながら階段をのぼっていく二人を、(ほんとに仲良しさんだなぁ)とほのぼのしながら見送っていると、ジークとギュンターの姿が視界に入った。深刻そうな表情で村長らと話し込んでいる。

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