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ドラゴン☆マドリガーレ  作者: 月齢
第3唱 歌い手
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竜言語の歌

 馬車の窓から見える景色は、延々と木立ちが続いている。

 丘の上にロウソクのように見えていた家並みを最後に、人工物がなくなった。


 両側に茂みや低木が迫る道を進むうち、いつのまにか丈高い木々の合間を縫う道に入り込んでいて、それがシグナス森林の入り口だった。


 馬車が止まり、着いたのだろうかとラピスが席を立つより先に、馬から降りたディードが駆け寄ってきて扉を開けてくれた。


「着いたぞ! 疲れたろう、ラピス」

「大丈夫! あ、ありがとうございますっ」


 返事をしてる間に、ジークがひょいとラピスを抱き上げ降ろしてくれる。ひとりで降りられるのだけれど、このほうが早いと思われているのかもしれない。

 ジークはいつものように無言でうなずくと、馭者席の騎士のところへ行って何か話し始めた。


 ラピスは「うーん」と思い切り伸びをした。

 大丈夫とは言ったけれど、やはり座りっぱなしは疲れるし、クロヴィスがよく口にする「全身バッキバキ」の意味が今ならよくわかる。バッキバキとまでは行かずとも、脚を伸ばすとパキポキ鳴った。


(でも馬に乗ってるジークさんたちだって、疲れるのは一緒だもんね)


 今のところ、主な移動手段は馬と馬車だ。

 ラピスは昔よく小馬に乗っていたし、クロヴィスのところでも馬に乗せてもらっていたから、乗馬にはわりと慣れている。

 だが躰が小さいので、小馬以外だと危なっかしいとクロヴィスからもジークからも言われている。ラピス自身は「おっきい馬でもイケる」と思っているのだが。 

 そのため馬車移動できるところは馬車で。その他は、ジークと一緒に騎乗しての移動となった。

 本音はラピスもひとりで馬に乗りたいけれど、護衛してもらう立場だから我が儘は言えない。


「はあ……気持ちいいなあ」


 全身ほぐれたところで、ラピスは両手を広げて胸を広げ、めいっぱい深呼吸した。

 ひんやりとした空気をあたためるような色合いの黄葉が、フカフカと地面に敷き詰められている。澄んだ大気は、土と木々の匂いをほのかに(くゆ)らせていた。見知らぬ土地だが森というだけで心が落ち着く。

 ディードは「栗はもうないかなぁ」と実用性重視の方面を気にしているが、ラピスには栗より探すべきものがあった。


「自分、一度も竜を見たことがないんです」


 馭者役を買って出てくれていた若い騎士が、にこやかに話しかけてくる。

 もう二人、騎乗で護衛してくれた騎士たちも、

「俺は遠くの空に一度だけ見たことがあるけど、それっきりだなぁ」と苦笑した。


 彼らはシュタイツベルク第三騎士団所属の騎士――つまりジーク直属の部下たちだ。先に立ち寄ったエンコッド町から、一緒に来てくれた。


 集歌の巡礼で特定の人物の護衛に就いていない騎士は、必要に応じて交代するなどして、補佐に回ることになっているらしい。

 ジークはあらかじめ信頼の置ける部下を選んで、声をかけてくれていた。


「ラピスと一緒ならきっと見れますよ。あれ? そういえば、後続の馬車は?」


 ラピスの代わりに請け合ったディードが、来た道のほうへ目をやると、騎士たちは肩をすくめた。


「それが、気づくといなくなってたんだよな。見失うほど入り組んだ道でもないのに」


 彼らが言っているのは、エンコッド町で話題にのぼった、ラピスのあとをつけてきた魔法使いたちのことだろう。

 ドロシアは結局一緒に来なかったが(正確にはジークとディードが置き去りにしたのだが)、ほかに何組も、すでに隠す気もない様子で堂々と、ラピス一行のあとに馬車や馬を連ねて追って来た者たちがいたのだ。


 ラピスもぐるりと見渡してみたが、騎士たちの言葉通り、まったく影もかたちも見当たらない。


「いないね。おなかがすいてどっかに寄り道したのかな?」

「いや、いくらなんでもそこまで呑気ではないと思うけど……謎だな」


 ディードも騎士たちも首をかしげている中、ジークのみがいつも通り泰然として無表情である。

 ラピスは彼を見ていると、ついつい師のことを思い出す。この、常に動じぬ騎士団長をおろおろと振り回す人は、お師匠様くらいだろうなぁと。


(お師匠様、元気かなぁ……会いたいなぁ)


 早くも師匠(さと)ごころ。恋しい師匠のもとへ一日も早く帰るために、全力で目的に取り組まねばならない。

 何より、大魔法使いクロヴィス・グレゴワールの名に付きまとうという、悪評を払拭するために!


「よおし、頑張るぞー!」


 ラピスは両のこぶしをブンブン振って、「竜さん、こちら~」と適当に節をつけながら歌った。


「よろしかったらここに来て~こ、こ、こ、こ、ここですよ~」


 ……そんなラピスの様子をうしろで見ていた騎士たちがディードに、


「あれって……いつもああなの?」

「竜ってああやって呼ぶもの? 大魔法使いもあの歌うたうの?」


 ひそひそ尋ねているが、ラピスの頭にはすでに竜のことしかない。


 ラピスはこれまで、竜に会いたいときは偶然の飛来を待つばかりだった。

 けれど幼竜を保護したときは、ちょっと違った。

 幼竜を保護してくれる成竜が来てくれるよう願ったら、本当にその願いに即した竜が来てくれたのだ。


(でもあれだって、たぶん偶然だし……)


 偶然でなく、竜に対して能動的に訴えるには、どうしたらいいのだろう? 具体的な方法はあるのだろうか。

 考えるうち、無意識にフンフン口ずさんでいた歌が止まった。


「――あ。そうか」


 歌だ。

 幼竜を保護したとき、その寸前に聴いた竜の歌を真似ていた。

 そしたら、幼竜が自分から姿を現してくれたのだ。

 

「だから、歌かぁ……!」


 クロヴィスは言っていた。

『適当でいいから、竜の歌を真似てみろ』と。

 理由を尋ねたら、『いつまでたってもわからないようなら教えてやるが、お前ならわかる』そう言われたのだ。


 あのとき、クロヴィスが教えたかったこと。

 それはきっと、自分の意思を竜に伝える方法。

 ということは、竜の歌を真似て……


「うーん。違うかも」


 真似るだけでは、自分の意思を伝えることにはならない。それでは竜の言ったことをオウム返しにしただけ。真似した歌で幼竜が出てきてくれたのは、竜言語を聴いて安心したからだろう。


「ん? 竜言語……そうかぁ、竜言語っ!」


「ら、ラピス? どうした?」

「大丈夫なのか、あの子。だいぶ疲れてるんじゃないのか」


 ひとりで歌ったり考え込んだり声を上げたりするラピスを心配するディードや騎士たちの声も、耳を素通りしていく。


 竜の歌を解くことができる。

 竜言語を解する。

 ならば竜言語で歌うこともできるだろう。

 クロヴィスが言いたかったのは、そういうことではあるまいか。


 そしてそれはたぶん、自分で学ぶしかない言語なのだ。

 人の言の葉のように文法があるわけでなく、定まった単語すらない。

 木々や花や空を見て「綺麗だな」と感じるように、歌を心に受け入れることで、相手の伝えたいことを感じとる。

 それが『解く』ということ。


 ならば、竜言語で歌うには――

 そう。これまで竜たちが聴かせてくれた、とりどりの歌の中から、竜たちが好みそうな旋律を――ちゃんと歌の内容にも寄り添うものを、選んで。

 そして竜たちのように、定められた単語も文法もない世界で、心そのものを溶け込ませた『言語』を添える。


 ラピスは、すうっと大きく息を吸い込んだ。

 秋の匂いの澄み切った大気が、躰の内を満たし、清めていく。

 その口から、青空に向かって、竜の歌が舞い上がった。

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