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ドラゴン☆マドリガーレ  作者: 月齢
第2唱 可愛い弟子には旅をさせよ
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コーフンしている女の子

 竜識学大図書館の『創世の竜の書』には、国創りの歌に始まり、歴史・経済・医療、魔法・邪法、予言・警告等々、国家機密とされる内容も多く含まれている。

 厳重保管の上で原則非公開の、最重要本である。

 

 今回の集歌の巡礼で期待されているのは、歴代の大魔法使いたちですら聴くことの叶わなかった歌――『竜の力が欠けたときの対処法』。

 これは当然、もしも入手できれば『創世の竜の書』に記される国宝ものの歌だ。

 そしてそれほどの知識を持つのは、竜王か、竜王に匹敵する創世の御世の古竜であろうと言われている。


 古竜たちの棲み処は結界の内に在り、人はその正確な場所を知らない。

 ただ、北天に座する『天竜星』から生まれた竜王は、世界全体で見ると北に位置するこのノイシュタッド王国に、『竜王の城』をかまえたという言い伝えがある。


 その竜王の城とは、北に(ゆかり)のある性質から見ても、『北方の壁』と称されるレプシウス山脈一帯の何処(いずこ)かではないかと推定されてもいる。


「けどなぁ。レプシウス山脈一帯と言っても、絶望的に広いんだよなぁ。山だけ見たって、すでに雪が積もってる高山から、まだ紅葉の残る低山まであるだろう? 山裾には大森林が広がっているし」


 食堂の(テーブル)に地図を広げて指差しながら、ディードが眉根を寄せた。クロヴィスがジークに持たせてくれた、クロヴィス特製の地図だ。

 ラピスは食後のかぼちゃパイを食べ終えて、丁寧に口と手を拭きながら、「果てしないねぇ」とうなずいた。


 王都を出てから丸一日。

 ラピスたち一行はまず、騎士団の砦がある街道沿いの町、エンコッドに来ている。

 この町は騎士団御用達で、街道の状態や危険性の有無、追い剥ぎや盗賊出没の情報収集ができ、馬の交換も可能で、移動手段を確保するための連絡網まであるらしい。


 ジークがこの町でも特に安全で評判の良い宿を選んでくれたので、旅の一日目はしっかり躰を休めることができた。

 今はその宿の食堂で朝食をとったところ。

 ジークは隣の卓でほかの騎士たちと情報交換中だが、ラピスがそちらに目を向けるたび、相手の騎士たちはニコニコしながら手を振ってくれる。かぼちゃパイとミルクを追加してくれたのも彼らだ。


「騎士さんて優しい人ばっかりだね!」


 そう言うと、ディードはなぜか複雑な表情で「ふっ」と笑い、「それにしても」と話題を変えてきた。


「ラピスもまず、レプシウスのほうへ向かうもんだと思ってたよ。ほかの聴き手たちは殆ど、あっちを目指してるだろう?」


 そうなのだ。実はこのエンコッド町は、レプシウス山脈とは逆方向。

 事前にクロヴィスと打ち合わせして、まずは王都の南にあるシグナス森林に行くと決めていた。エンコッド町はその途中にあるのだ。


「古竜さんをね、見なくなったんだよ」

「古竜? どういうこと? 古竜なんて見かけないのが普通じゃないの?」


 ディードの問いに、ラピスは首を横に振る。

 母が生きていた頃はまだ、古竜が空を往くのを年に二、三回は見かけていた。だが気づけば、あの山のような巨体を見ることは、まったくなくなっていた。

 そのことをクロヴィスに話したとき、「よく気づいたな」と優しく頭を撫でてくれたことを思い出し、ラピスはちょっと泣きそうになる。早くも師匠(ホーム)シックだろうか。

 ラピスは(しっかり、僕!)とプルプル頭を振って、「何? どうした!?」と驚いているディードに向き直った。


「めったにないけど、前はもっと見かけたんだよ。でもお師匠様でさえ、ここ二、三年は見てないんだって。それって古竜さんの行動が変わったということでしょ? だとしたら、なにか大きな理由があるのかも」


 その点を踏まえて、闇雲に『竜王の城』を探すより先に、比較的遭遇しやすい若い竜から情報を得られないか試そう。そうクロヴィスと話し合ったのだ。

 参加登録のため王都に行かねばならなかったので、そこから一番近くで竜の目撃情報が多い場所となると、シグナス森林が該当する。


「なるほど……!」


 感心したように相槌をうちながら、ディードはチラチラと背後を気にしていた。

 実は食事中からそうしていることにラピスは気づいていたが、人の出入りが多いので気になるのだろうと思っていた。

 しかしジークがこちらの卓に戻って席に着いたところで、ディードが立ち上がり、二人にだけ聞こえる声で囁いた。


()()()、やっぱり俺たちの行動待ちしてますよ。完全にラピス狙い確定ですね」


 ジークは無言でうなずいたが、ラピスにはさっぱり意味がわからない。目を瞬かせていると、ディードが説明してくれた。


「王都からずっと、俺たちのあとをついてきた奴らが何組もいる。あれ全部、ラピスの行動をあてにしてるんだよ。大魔法使いの弟子だから。ラピスのあとについていけば、ラクに古竜に会えると思ってるんだろ」


 驚いて振り返ると、確かに、いくつかの卓にはアカデミーの制服である外套を着た者がいる。ラピスと目が合うとあわてて視線を逸らしたり、逆にニヤニヤ見返してくる者もいた。

 ラピスが思わず「ほぉん」と声を漏らすと、ディードがガクッと肩を落とした。


「何、ほぉんて」

「よく気づいたねぇ、ディード! 僕、全然知らなかったよ」

「いや、あんだけわかりやすけりゃ俺でも気づくよ。……どうしますか? 団長。撒きますか」


 ジークに問うたディードの言葉に、ラピスは再び首をかしげた。ジークはそんなラピスを見て……


「ラピスは、どうしたい……?」

「どうしたい?」


 またも話についていけず、ディードに助けてもらった。


「あんな奴らについて来られるの、鬱陶しいだろう? 置き去りにもできるぞ。どうしたい?」

「ううん、鬱陶しくないよ。ついて来てもいいよ?」

「えっ、いいのか!? だってああいう手合いは絶対、いざとなったらきみを出し抜こうとするぞ!?」

「うん? うん。いいよ!」


 今度はディードが目を瞬いている。

 ラピスはよく『危機感が薄い』と注意されてきたので、ラピスなりにディードの言いたいことを考えてみたのだけれど。


「古竜さんが早く見つかるのが一番大事だものね! 誰が一番でも、なるべく早く『欠けた力の対処法』がわかったほうが、みんな助かるでしょう?」


 そう言うと、ディードはなぜか目を潤ませた。「ラピスぅ、きみってヤツはっ」と抱きついてきて、頭をよしよしされる。


「団長。俺の心は汚れてました……」

「……俺もだ……」


 騎士見習いと騎士団長が苦笑しながらうなずき合うのを、ラピスが(仲いいなぁ)とにこにこ眺めていると、うしろから「あの~」と声をかけられた。

 振り向くと、「きゃっ」と高い声が上がる。


 声の主は、赤毛の女の子だ。ディードと同い年くらいだろうか。

 何やら「やばいわ~実物至近距離、マジやばいわ~」とか、「ちょっと待ってキラキラ破壊力ハンパない、目眩(めまい)してきたんだけど大丈夫かわたし~」などと、早口でブツブツ言っている。


(大丈夫かな、この人? コーフンしたお馬さんみたいになっているけど……ぐあいが悪いのかな?)


 困惑したラピスが口をひらく前に、ディードが訝しげに声をかけた。


「きみは……?」


 赤毛の女の子は一瞬、顔を強張らせたが、すぐにニッコリ笑顔になった。


「はじめまして、ラピス・グレゴワールくん。わたしはドラコニア・アカデミーの生徒で、ドロシア・アリスンといいます。あのぅ、もしよかったらなんですけど、わたしたちのグループと一緒に行動しませんか?」  

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