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ドラゴン☆マドリガーレ  作者: 月齢
第2唱 可愛い弟子には旅をさせよ
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アカデミー本拠地と謎の少女

 滞りなくラピスの参加登録が済んで、シュタイツベルク第三騎士団団長ジークムント・アシュクロフトは、内心で快哉を叫んでいた。

 ――傍から見れば通常通り、鉄仮面のごとき無表情なのだが。


 ようやくここまで来た。やっと出発地点に立てた。

 本来の目的はクロヴィス・グレゴワール本人に参加してもらうことだったが、彼ほどの実力者が――先代の王を敵に回そうと屈せず、真摯に古竜の歌を求めた者が――たったひとり認めた弟子を、託してくれたのだから。これを光栄と言わずになんと言おう。


 ジークムントはまだ、ラピスの実力を把握できてはいない。

 しかしクロヴィスの家に滞在していた折、めったに人目に触れることのない地竜と遭遇していることからしてすごいことだと、()()大魔法使いが、たった十二歳のあどけない少年を手放しで褒め称えていた。


「竜に愛されている聴き手は、竜によく会える」


 クロヴィスはそうも言っていた。

 実際ジークムントも、ラピスたちと合流したその日に飛竜と遭遇したのだ。

 これまでも飛竜を見たことはあったが、遠い空を往くのを運よく見つけたという程度だった。

 しかしあの日は、頭上を往く飛竜の灰白色の腹と鱗まで、はっきりと見てとれた。翼が風を切る音も雄々しく、その迫力と美しさと、飛竜が連れてきた風雨に濡れていく辺りの光景を見つめながら、しばし感動に浸ったものだ。 


 あの飛竜は、まるでこちら目がけて飛来したように思えた。とても偶然とは思えない。

 あの幸運はまさに、竜に愛されし二人の聴き手と出会えたからこそ恵まれたのだ。


 あの件で、ジークムントはクロヴィスへの信頼をさらに強固にした。

 彼が推すならば、ラピスのことも信じる。年齢は関係ない。竜と何度も遭遇しているという強運と、易々と歌を解く実力こそが重要なのだから。


 ただひとつ心配があるとすれば、同年代の子と比べても小柄な、愛らしい人形のようなラピスが、長旅に耐えられるのかということだが……。


(ディードと仲良くなったようだし……)


 気の合う同年代の仲間がいれば、ラピスの精神面での負担は和らぐだろう。

 あとは自分が責任をもって、ラピスの心身を守るのみ。万一彼に何かあれば大魔法使いが黙ってはいまい。

 自分の首が飛ぶだけならまだしも、クロヴィスを怒らせるということは、危難の迫るこの世界の寿命を縮めるということだ。


 ――今この世界に起きている異変を我がこととして捉えているのは、きっと、実際に危機に直面している人々のみであろう。


 ここ王都の民は、異変も危機も『世間話の種』くらいに思っている者が殆どだ。差し迫った危機や被害がない限り、何が起ころうと他人ごとでしかない。

 しかし騎士団団長として地方も巡回し、ときに紛争解決や災害救助にも当たってきたジークムントには、とても他所ごととは思えなかった。


 人の争いは常だが、異常に低い沸点で凶悪な犯罪に走ったり、果ては戦の一歩手前にまで簡単に発展するのを目の当たりにしてきた。

 災害の起こり方も不気味で、原因となり得る天災も前触れもなく、一夜にして一山すべてが山崩れを起こした現場もあった。


 尋常ならざる事態だ。

 今こそ古竜の知識と助言を得たい。

 何か対策を打たなくてはと、心が逸る。


 ――だが。


 騎士団を統括する上層部も。

 さらにその上の、アカデミー派を主とする国のお偉方も。

 具体的な行動は、王の号令で『集歌の巡礼』をようやく始めるという、それのみ。それも新たな成果はとても望めそうにないという内容で。


 たっぷり褒美をちらつかせ、アカデミー所属の魔法使いたちに集歌を命じたところで、これまで古竜の歌を解けなかった者たちが、いきなり解けるようになるはずがない。それ以前に古竜を目撃したことすらない者が大半だというのに。

 だから……


「グレゴワールがいてくれれば」


 現国王陛下が王太子時代から抱いてきたその願いは、ジークムントの望みでもあった。

 けれど王の望みを、国政の中枢にいる者たちは聞かぬふり。

 だからジークムントは、自分がなんとしてでもクロヴィス・グレゴワール卿を探し出そう、協力してもらえるならばどんなことでもしよう、全身全霊で守り抜こうと心に決めて、竜王を祀る大神殿で誓いを立てた。

 そしてようやく、ようやく、ようやく!


(ここまで来た……!)


 興奮さめやらぬジークムントだが、あくまで無表情で姿勢を正している。

 なぜなら、ここはアカデミー学術研究棟の二階、一等議事室の扉の前だから。

 そして彼の隣には、ラピスがちょこんと立っているから。


 部屋の中には今、参加登録日ということで、アカデミー総長、所長、学長ほか首脳陣が顔をそろえている。

 そこへ今しがた、クロヴィスが入って行ったのだ。


(あれほど嫌っていたアカデミー上層部に、何用だろう)


 気にはなるが、招かれてもいないのに、しかもラピスをひとり置いて入ってはいけない。

 ただし招かれていないのはクロヴィスも同じで、ノックもせずに扉を開けるや、


「よう、久しぶりだな能無しども」


 と言いながら踏み込んだものだから、中から怒号が沸き起こっていた。


 ……正直、気合いを入れねば吹き出してしまうところだった。


 クロヴィスは毒舌だが、今のジークムントにはアカデミー上層部に同情する余地が見つからない。

 とはいえ、師に言われた通りおとなしく廊下で待ちつつ愛らしく笑いかけてくるラピスに、聞かせられる会話でないのは確実だろう。

 だからジークムントも負けずにおとなしくラピスに付き添い、大魔法使いの用事が終わるのを待っているのだった。



☆ ☆ ☆



 皆の憧れの騎士団長、伝説の大魔法使い、そしてその弟子の美少年というセンセーショナルな一行が、登録を終えて会場を去ったあとも、騒ぎの余韻は続いていた。

 謎の美少年の経歴情報を求める者やら、大魔法使いのサインを欲しがる者やらの浮かれた空気が漂う中に、ひとりの少女がやって来た。


 波打つ赤毛に緑の瞳。

 背筋を伸ばして颯爽と歩く姿が目を引く、なかなかの美少女だ。

 

 アカデミーの学生である彼女は、会場の端にある銀杏の巨木にもたれて、離れたところから一連の騒ぎを眺めていたのだが。

 場が落ち着いたと見てとり、先刻の騒ぎの原因を知るであろう人物へと歩み寄る。その人物は先ほどから、母と姉と三人で立ちつくしていた。


「ちょっといいかしら、イーライ・カーレウムくん」


 声をかけるや、イーライは勢いよく振り向いた。小さな目がいっぱいに見ひらかれて、喜色満面、ジャガイモが転がるごとくドタバタと駆け寄ってくる。


「ドロシア・アリスン! お、おれに何か用かい?」


 ぽこぽこと肉づきのいい躰をつつんだ制服の乱れを直し、ぽこんと姿勢を正してドロシアを見るイーライ。本人はキリリと紳士風に振舞っているつもりだろうが、ドロシアと呼ばれた少女にそんなことを気にとめる様子はない。

 イーライだけでなく、少なくない男子生徒から好意を持たれていることを承知している彼女は、よく褒められる笑顔を向けた。


「先生たちが話しているのを聞いたんだけど、きみ、さっきの天使みたいな子のお兄さんなんですってね?」


 途端、イーライの笑顔が歪んだ。

 定まらぬ視線でモゴモゴと言葉を濁す。


「ああ、まあ……いや、まあ。アレは義理の弟というか。もう違うけど」

「ああ、義理の。血は繋がっていないのね。道理で」

「は?」

「ううん、なんでもないわ。でも『もう違う』ってどういうこと?」

「それは……えーと、あいつは弟子入りして、そっちの籍に入ったから」

「グレゴワール様の!? まあ、そこまで入れ込まれるなんて、可愛い上によっぽど優秀なのね!」

「は? ……きみ、ラピスなんかに興味があるの?」


 可愛い女の子相手でも隠せぬ苛立ちがにじみ始めたところで、彼を呼ぶ母親の声がした。

 イーライはあからさまにホッとした様子で、


「じゃ、じゃあねドロシア」


 厳めしい表情の母と姉の元へと踵を巡らせる。

 そして戻るやいなや「おれはラピスを許さない!」などと叫んでいるが、ドロシアはやはりそんなことには興味を示さず、アカデミー本部と学部のある学術研究棟を見上げた。

 そこに件の三人が――騎士団長と大魔法使いとその弟子が、入っていくのを彼女は見ていたのだ。


「何しに行ったのかなぁ」


 ひとり呟き、こらえきれずヘラヘラと表情を崩す。


「しょーもない奴らと集歌の巡礼なんて、鬱陶しいばっかでユウウツだったけど。いいもん見つけちゃったわ~。めっちゃ可愛いわ~。ああいう子と一緒の旅だといいのにな~」


 ――ドロシア・アリスン。

 聴き手の能力は成長途上だが、将来を有望視されているアカデミーの学生。快活な性格で、学院の人気者。そんな彼女は、つまり。


「行ってみようかな~。もう一回、もうひと目、天使を拝んでおきたいわ~」


 重度の美少年好きであった。

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