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ドラゴン☆マドリガーレ  作者: 月齢
第1唱 変転する世界とラピスの日常
15/130

その頃、ドラコニア・アカデミーでは

「はい、よい子のみんな、こーんにーちはー! 

 ……うん、元気なお返事で素晴らしいです!

 今日は『ノイシュタッド王国国立竜識学大図書館』の見学に来てくれて、どうもありがとう! 長い名前の図書館だね! じゃあ早速、『竜の本』について勉強していきましょうね!

 みんな、竜の歌がこの世界を創ったことは知っていますね? 

 竜が歌でいろんなことを教えてくれるのも、知っていますね?

 でも竜の歌は当然、竜の言葉です。竜言語といいます。

 みんなは竜の言葉がわかる? うん、わからないよね! お姉さんもわかりません! ただでさえわからないのに、大事な情報の入った歌になると、さらに難しくなるんだよ! ということは? そう、歌を解くのも難しいの! そもそも歌を教えてくれる竜に出会うことからして、難しいのよお。

 だからこそ、そういった歌を集め、解いてくれる聴き手の方たちは偉大なのです! 拍手!」


 エントランスでぽかんと口をあけて、案内係の女性の説明を聞かされている子供たちが、付き合いよく拍手をしている。

 そこかしこに、そうした団体の入館者たちがいた。


 ノイシュタッド王国国立竜識学大図書館は、一般に公開されている三階建ての棟と、職員と許可を得た閲覧者以外は入館禁止の四階建ての棟、そしてドラコニア・アカデミーの本部と学院も入った五階建ての学術研究棟に分かれている。 


 ――ここはノイシュタッド王国王都ユールシュテーク。

 地図上では大図書館は、王城の隣に(実際には広大な庭園や池などを挟んで)位置する。

 さらにその隣にある、巨大な薔薇窓が象徴的なリンベルク大神殿は、竜王を筆頭に創世の竜たちを守護星獣(せいじゅう)とする、国中の神殿の総本山である。

 この王都の大神殿は『月殿(げつでん)』とも称され、地方の神殿は『星殿(せいでん)』と呼ばれている。



☆ ☆ ☆



「ギュスタフ山脈に大規模な山崩れが続いています」

「要因となるような地震や水害がなかったことは確認済みです」


「ハイリゲート大森林では、原因不明の枯死が続いています。原因は西国レイデルトで発生した真菌と同種と見て、間違いないかと」


 学術研究棟の二階、一等議事室。 

 貴族の邸宅の書斎と見紛う、その部屋には、今。

 ドラコニア・アカデミーおよび大神殿の首脳部に加えて、現国王までも臨席した、二十余名が集まっていた。

 彼らの意思が国事の方針を決める。いわゆる『国の権力者』たちだ。


 彼らが「万障(ばんしょう)繰り合わせて」集った理由は、この一、二年ほどの深刻な『世界の異変』であり、すでに数十回目の会議となっていた。


「環境問題も深刻ですが……我が国を含め、世界中で凶悪犯罪が続発しています」

「そうだな。あの東国の国はなんといったか……そこのきみ、世界地図を出してくれ」


 部屋の隅に控えていた秘書がうなずき、保護のため掛けられていた帳の紐を引く。

 厚い布帛(ふはく)がスルスルと左右に分かれると、首飾りのように輪を描いて点在する島々と大陸を描いた地図が現れた。


「……よく、こんなものが描けたものだ……」

「まさに飛竜の視点。これほどの知識を授かり、しかもそれを解くとは」

「まあ……一応、大魔法使いと呼ばれた男だからな。一応は」


 彼らがこの世界地図を目にするたび共有しているであろう、苦々しさがその場を覆う。作成者への驚嘆と、侮蔑と。隠しようもなく滲む嫉妬が。

 そしてちらりちらりと、国王の表情を窺う視線もいつものこと。

 アカデミー所長が、わざとらしく咳払いをした。


「えー、議題に戻りましょう。国同士の衝突もさらに頻発しているようですね。今は小競り合い程度でも、いつ大事に発展するか」

「異変の原因は伝えてあるのに、なぜ自重できぬ!」


 怒り露わなアカデミー総長の言葉に、大神殿の大祭司長もうなずいた。


「さよう、原因は明白。それは――創世の世から今日に至るまで、我々人間が、『竜の力が欠けたときの対処法』を、探せなかったことにある」


 その言葉に、出席者たちのため息が重なった。


 竜王と、偉大なる古竜たちがこの世界を創り、守護してきたことは知られている。

 そして竜の本には、彼らの功績と知識が蓄積されていることも。


 だが実は、『竜の本』とは、ただの記録媒体ではない。

 竜という異次元の存在が、『人間界において安定した存在となる』ための、魔法書でもあるのだ。


 そもそも竜は星から生まれ、世界を創り出した存在である。

 人とはあまりにかけ離れた、強大な力の塊。

 それがこの世界に在り続けるためには、人の側でも努力が必要で、それこそが竜の歌を集め、『竜の本』を充実させることだった。


 竜の本により、人々は竜を理解する。

 だから内容が充実した本は、竜と人との結びつきを強くする。

 竜の本自体が、竜と人をつなぐ魔法なのだ。

 ゆえに内容の欠落が続く本は、人と竜のつながりを弱め、竜がこの世界に存在するための安定性を失わせる。


 安定性の欠けた竜は、その及ぼす力も不安定になる。

 よって世界を守護せし力が欠ける。

 欠けてなお巨大な力は、不安定な影響を強く世界に及ぼす。

 結果、自然界ばかりか、人の精神にまで悪影響が出る。


 災厄を逃れる術は、本の欠落を埋め、竜の安定した力を取り戻す以外にはない。

 そうでなければ、なすすべなく、世界は崩壊の一途を辿る――そう言い伝えられている。

 それほどこの世界は、竜の守護の上に成り立っているのだ。


「古竜たちはずっと、予言と警告を与え続けてくれていた。『竜の力はいずれ欠ける。そのときのため、対処法を探せ』と。だが我々は、それを見つけられぬまま――とうとう、そう遠くないであろう未来に、破滅を迎えようとしている」


 大祭司長の声は、よく通る。

 室内は水を打ったようになり、風が窓を揺らす音が寒々しく響いた。


「……やはり、()()()()を実行するしかあるまい」


 静かに沈黙を破ったのは、国王だった。

 皆が弾かれたようにそちらを見つめる。

 公明正大で知られる王は、穏やかな気質そのままに微笑んだ。


「もちろん、いらぬ恐慌を呼ばぬためにも、民らに明かす情報はよくよく吟味せねばなるまいが。けれどこの異変続きの情勢に、不穏さを感じている者も少なくないはず。そういうときは、前向きかつ建設的な指針が必要だ。『これで事態が良い方向へ向かう』と、民らも信じられるものが必要なのだ。あの計画は、まさにうってつけだと思わぬか?」


「仰る通りです。ご英断にございます、陛下」


 皆が賛同し、重苦しかった空気が緩む。

 しかし世界地図に目を向けていた王は、「ところで」と話を続けた。


「その後グレゴワールが、手がかりとなる歌を入手したという報はないのか?」


 皆が避けていたその名を、ずばり口に出されて、違う意味で場が凍りついた。

 誰より王その人のために、()の大魔法使いの名は禁忌扱いだというのに。

 だが王自身は、そんな忖度は不要らしい。あくまで率直に話を続けた。


「先王が――我が父が、彼をひどく怒らせてしまったからね。せっかくあの稀代の天才が、我々と同時代に存在する僥倖に恵まれたというのに……我が父のせいで、彼を失ってしまった。あの者が、今この場にいてくれれば、どれほど心強かったであろう」


「と、とんでもないことです、陛下!」


 一斉に、皆が眦を吊り上げた。


「あの者は、反逆者として処刑されなかっただけでも、過分なご慈悲に感謝すべきだったのです!」

「そうですとも! なのに逆に、『こんな腐って臭くて強欲でスケベ極まる馬鹿老人どもの集まりに、これ以上付き合ってられるか!』などとキレるや、身勝手に職務放棄したのですよ!」

「自分が若々しいからって!」

「あやつの人格は最悪です、魔法の才に、人としての美点をすべて売り渡した男です!」

「いや、悔しいが容姿にも美点はあろう」

「我々には嫌われても、女にはモテてたな」

「貴殿、誰の味方だ!」

 

 蜂の巣をつついたようになった議場の中心で、王のみが笑いを噛み殺していたが。ややあって、再び口をひらいた。


「ところで、グレゴワールが弟子をとったという話は本当かな」


 みごとに場が静まった。

 そして誰ともなく、「実は私も耳にしておりまして……」と情報を探り合うように話し出す。


「傍若無人なあの男にしては珍しく、正式に『師弟契約』を提出しています。が、それ以降の動きは特に報告されていません」


 誰もまだ、その件に関する詳細な情報は掴んでいないのだ。

 アカデミー学長が控えめに、「その弟子となった少年には」と補足した。


「兄と姉がいるようです。彼らは我が校に入学予定ですが、その二人にはグレゴワールが目をつけるほどの才能は感じられないと聞いております」 


 皆はますます首をひねった。が、結局……


「きっといいかげん体力も衰えて、身の回りの世話をさせる人間が欲しくなったのだろう」


 そう結論づけた。


「あの傲慢なひねくれ者の下では、さぞ苦労しているだろうな。可哀想に」

「いや。あの男に気に入られたのだとすれば、同じくらいひねくれた悪ガキかもしれん」

「もしくはどんな悪態をつかれようが気づかない、鼻水垂らした阿呆とかな」


 がははと皆で大笑いし、存分に嘲笑して気が済んだところで、場は元の議題に戻っていったのだった。


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