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ドラゴン☆マドリガーレ  作者: 月齢
第11唱 竜王の城へ行こう
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 ミロアロちゃんは、白馬となってもパワフルだった。

 白い息と雪煙をたなびかせ、深く積もった雪をものともせずに突き進む。

 竜の背と同様の快適な乗り心地とはいかずとも、普通の馬よりはずっと揺れが少ないし、ディードの優れた馬術のおかげもあって、ラピスはひたすら運ばれていればよかった。


 そしてとうとう、あれほど遠く見えた『白い光』の前へと到着した。

 ――の、だが。


 馬から降りた三人は、目の前の光景に呆然と、言葉を失い立ち尽くしていた。

 ラピスがクシュンとくしゃみをしたのをきっかけに、ディードとヘンリックがハッと目を瞠ってこちらを見る。

 ラピスは鼻をすすって笑みを向けた。


「こ、困っだね゛」


 笑っているつもりなのだが、「ラピス……」と顔を曇らせたディードからハンカチを渡される。


「とりあえず……困るより先に、顔拭こう。凍っちゃうぞ」

「うぐ」


 こくんとうなずいた拍子に、涙がころころと頬を滑り落ちた。

 ついでに鼻水もたらりと垂れたので、「汚れる゛から゛」とディードのハンカチは遠慮して自分のを使おうと(ポシェット)を探ると、「いいから!」と顔中ゴシゴシ拭われた。

 実はラピスはクロヴィスと離れて以降、ここまでずっと泣きっぱなしだったのだ。


「ごめ゛んね。ディードだって、ギュンターざん゛置いてきたの゛に゛」


 つらいのは自分だけではないのに。

 そう思うにつけ、情けなくて余計に涙が止まらない。

 ディードはラピスの顔を拭いたハンカチをしまって苦笑した。


「三人とも大丈夫だよ。グレゴワール様も言ってたじゃないか、『心配すんな』って」

「そうだぞ。あれほど殺しても死にそうにない人ばかりの三人組って、そうそういないぞ」


 ヘンリックもぽんぽんと優しく背中を叩いてくれる。

 友達であり兄のようでもある二人に、ラピスは心から「ありがとう」と礼を言った。


 ラピスの心の中には、未だ『別離』という名の喪失感がぽっかりと黒い口をひらいたままで、ひとりぼっちだったときよりも、たいせつな人たちが増えた今のほうが、再びその口の中へと落ちることが怖くてたまらない。

 

 けれど二人の言う通りだ。

 あの三人がそろっているのだから、きっと大丈夫。……ぜったい大丈夫。

 そう信じて、今は目の前の事態に向き合おうと顔を上げたものの。


「……でも、困ったね」

「「そうだな」」


 ふくらスズメたちは溜め息をついた。


 なぜなら結界とおぼしき光はもう、こぶしくらいの大きさしかないからだ。

 小さな明かりが目線の高さに浮いているだけ。

 これでは入ることも、くぐることもできない。


「どうしたらいいんだろう。ね、ミロアロちゃん?」


 尋ねてみても、二頭は遠い目をして答えてくれない。

 馬になったから答える言語を持たないのか、単にわからないのか。

 試しに光に手を差し入れてみたけれど、日射しの下に手を伸ばしたようなもので、ほんのりあったかくなったが、それだけだった。


「俺たちがこの結界内に来たときは、遠くからでもわかるほど大きな光だった。なのにこんなに急激に小さくなってしまったのは、何か理由があるんじゃないかな」


 眉根を寄せてディードが言う。

 ラピスも「確かにそうだね」と同意し、ここに至るまでに何かヒントがなかったかと思い返してみた。


(えっと……まず雪の中をたくさん歩いてきたでしょ。それでギュンターさんは実は子持ちで、休憩中にお師匠様が淹れてくれたお茶とアメちゃんが美味しくて)


 ……その辺は結界とはあまり関係ない気がする。

 ほかに何があっただろう。


(……そう、お師匠様が言ったんだ。森はどんどん広がっていて、逆に光は小さくなってるって。で、森は呪いの象徴で、世界のどこかで今も災いが起き続けていて)


「ん?」


 ラピスは首をかしげた。腕も組んだつもりだったが、着膨れのせいで上手くいかずもたもたする。それを見ていたヘンリックが、「どうしたんだ」と怪訝そうに訊いてきた。


「んーとね。古竜の結界の中なのに、()()かけた呪いが侵食してきていて、今も広がり続けているということは」

「「いうことは?」」


 乳兄弟の声がそろう。


「この光も、()()関係しているってことは、ないかな?」

「「人と?」」


 そのとき。

 こぶし大の光が鼓動のように明滅し、みるみるうちに大きさを増しながら輝き出した。 



☆ ☆ ☆



 ときを遡って、ラピスたちが王城を発ち、アンゼルム王が大魔法使いの指示に従い各国元首宛ての親書を(したた)めた直後のこと。


 第二王子のアロイスが、親書を送るため緊急連絡用の(ホルスト)の確認をしていたところへ、なんと、またしても竜が飛んできた。

 それも今度は二体どころではない。

 次々王領の森に降り立ったその数、二十八。


 ミロアロちゃんよりひと回りほど小さく、まだ若い飛竜ばかりだったが、一体だけでも珍しい竜がこれほど集まるのは前代未聞だ。

 冬枯れの森に色とりどりの竜が翼を広げる光景は壮観で、アロイスは異世界に迷い込んだ錯覚をおぼえた。


 当然、アロイスのみならず誰もが度肝を抜かれた。

 王都はまたしても大騒ぎだ。

 しかし周囲が騒いだおかげで冷静さを取り戻したアロイスは、ふと『二十八』という数字の意味について考えた。


「父上。我々が今まさに送ろうとしていた親書が、二十八通。竜たちと同じ数です」

「そういえば、そうだね」

「まさかとは思いますが……彼らは、この親書を二十八の国の元首に運んでくれようとしている……とは、考えられませんか?」

「ほえ!?」


(父上にラピス語が感染(うつ)った)


 冷静な観察眼を失わないアロイスの推測は、どうやら正しかった。


 試しに王が、止める護衛たちを振り切り、座した竜の足元で親書の入った筒を「ヴォッカトス国の王へ」と差し出してみると。

 ぎょろりと目玉を動かした竜の翼がゆっくりひらき、上昇気流が王の手から筒を取り上げるや、首の辺りの鱗と鱗のあいだにスッポリとそれを収納して、間を置かずに飛び去っていった。


 感激に打ち震える父王。

 しかし『竜が親書を運んでくれる』と仮定した言い出しっぺのアロイスは、そのときはまだ半信半疑だった。


「竜語でお願いしたわけではありませんし、実はまったく話が通じていなくて、とんちんかんな場所で捨てられるという可能性も否定できません」

「いいや、竜だもの。世界の危機に際し、協力しにきてくれたに違いないよ! これもクロヴィス卿とラピスが起こした奇跡の一環であろう。あの二人の意志が伝わったのだ……!」


 感極まった様子で目を潤ませた王は、あぜんと見守る家臣たちをよそに、「これはグィアランドット国の女王へ」「シュリ公国の大公へ」と次々親書を掲げる。

 そのたび竜たちは同様にそれを預かり、勇ましく飛び立って、あっというまに二十八体目の竜も空に消えて行った。 

 

 どのような経緯かは、知りようがないけれど。

 どうやら本当に各国へお遣いをしてくれるらしいと、アロイスも信じることにした。いや、信じたかった。

 空を見上げたままの父王が、夢見るように呟く。

 

大神殿(月殿)の祈祷も始まっているのだったね」

「はい。アードラーは一行が務めを果たして戻ってくる日を結願(けちがん)として、それまで断食するそうです」

「……それがあの男なりの償いなのだろう」

「もともと人望の厚い男ですから、祭司たちもさらに一致団結しているようですし。父上の宣布もあって、祈祷に参加する民は増える一方です」

「宣布など。竜の背に乗りやって来て、奇跡を起こして見せたあの師弟がいなければ、私の言葉などどこにも届かぬまま消えていたと思うよ」


 優しい声の裏に、長年アカデミー派に抑えつけられてきた父の苦労をアロイスは思う。

 でも今は違う。

 竜への感謝を、竜王の救いを願う気持ちを、多くの人が心に宿らせている。


 竜たちはきっと、あっというまに親書を届けてくれるだろう。

 他国の人たちも同様に、竜が文を携え協力してくれたという事実に奇跡を見るに違いない。

 そうなればアンゼルム王の、『竜のため考えてほしい』というメッセージが重みを増す。

 

「……竜から親書を渡された元首たちは、腰を抜かすかもしれませんね」

「私も抜かしかけたよ」


 ふふ、と冬の大気に父子の笑い声がこぼれた。

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