欠けた力の対処法
ゴルト街から王都ユールシュテークへの空の旅の途中、ミロちゃんの背中の上で、ラピスはクロヴィスと、この先どう動くかについて話し合っていた。
竜王が穢れに病んだままでは、世界に災禍をばらまき続ける。
災禍による人々の嘆きや怨嗟は、竜王をますます苦しめる。
その状況で竜王を助けるには、どうすれば良いのか。
「俺はわかった気がするよ、ラピんこ。……結局そんなことかと、思わんでもないけど」
ちょっぴり物憂げに微笑み、「お前はどうだ? ラピんこ」と問うてきたクロヴィスの表情には同時に、安堵と喜びの色も浮かんでいた。
綺麗な笑顔にいつも通り惚れ惚れしたラピスだが、とても大事な話の最中なので、ひとまず心に焼き付けるのみにしておき……
「僕も、もしかしたらと思っていることがあるのです。竜たちは『こうしてくれ』と言わず、『対処法を探せ』と言い続けてきたのですよね。それは、言われてするのでは意味がない、ということかもって……」
話の途中から、紅玉の瞳が嬉しそうに煌めき出していた。
何度もうなずき、怪訝そうに話を聞いていたコンラートにも視線を移す。
「お前はわかったか?」
「……いいえ」
「だろうな。ああ、まだ教えるなよ、ラピんこ」
答え合わせも兼ねてコンラートに話そうとしたのだが、すぐさま止められてしまった。
クロヴィスはコンラートに、王都に着いたら自分と共に行動し、「見て、自分で考えろ」と言った。
「お前だけでもこの国だけでもなく、世界中の人間が、自分で感じて考えなければ意味のない答えだからな。まずは王都の奴らに考えさせる。その段取りは、巡礼の言い出しっぺに任せよう。幸いヤツは、先王よりずっとマシな人間のようだから」
答え合わせは結局しなかった。
けれどラピスは、きっと師も同じ考えなのだと信じている。
☆ ☆ ☆
「この宣布は、世界各国の元首宛てにも、親書として認めるつもりである」
アンゼルム王の宣布は、そのように始まった。
「此度、王都は酷い災難に見舞われた。空が燃え、今も高温と火災と水不足に苦しんでいる。だが皆も承知の通り、こうした異常事態はユールシュテークに限ったことではない。近年、世界規模で続く災害。尋常でない頻度の異常犯罪。それらの多くが、強力な呪法が招いた事態であると判明した。そして呪法は創世の竜の王の身にまで及び、これまで変わらず世界を守ってきてくれた竜たちの力を削ぎ続けている」
王の話は聴衆の度肝を抜いた。
呪法云々の噂は耳にしていたとしても、王が事実として言い切るとなると、衝撃の度合いがまるで違う。
「呪法だって!?」
「竜王の呪いという噂は本当だったのか……」
「違うだろ? 竜王が呪われた、と仰っているのだろう?」
「それよりひどいじゃない、どこのどいつがこんな災害を呼び込んだのよ!」
驚愕、困惑、怒り。さまざまな感情が渦巻くざわめきにも、凛とした王の声はかき消されなかった。
「まず呪法の存在については、大魔法使いクロヴィス・グレゴワール師弟と、我が王子たちが、しかと確認した」
そう言うと、そっとラピスを引き寄せる。
戸惑って見上げた先、安心させるように優しい視線が返された。
「――偉大なる大魔法使いクロヴィス・グレゴワールと、その愛弟子にして子息のラピス・グレゴワール。集歌の巡礼以来、彼らが各地で起こした奇跡そのものの民への貢献については、すでに多くの者が聞き及んでいよう」
「聞いています! 噂の天使さん、よくぞいらしてくださいました!」
一転、誰かが上げた声に笑いが広がり、聴衆から拍手が沸き起こった。緊張していた場の空気がいっとき和らぐ。
王は大きくうなずき、続けた。
「かつて私の父である先王は、グレゴワールの諫言を拒み袂を分かった。先王も周囲の者も、卿の忠告に耳を傾けなかった。その上、卿の名声を汚すことで面目を保とうとしたのだ。歴史上類を見ないほど多くの古竜の歌を解き明かし、世界中に貢献してくれた大魔法使いに対して、感謝するどころか功績を搾取し、大恩に仇を返した」
話しながら悲しくなってしまったのか、王の瞳が潤む。
すかさずハンカチを差し出したアロイス王子に、「ああ、すまないね」と礼を言い、優雅に目元を拭った。
「クロヴィス卿は、王都を出たのちも、真摯に竜の歌を求め続けた。竜たちがずっと変わらず訴え続けていたこと――『竜の力はいずれ欠ける。その対処法を探せ』そして呪法についての警告。それらを決して軽視しなかったからだ。誰も彼に協力しなかった。感謝もしなかった。だが彼は見返りを期待せず、ただ竜の歌のみを求めた」
王の白く繊細な指が、ラピスの金の巻毛を撫でる。
「卿の誠実さに対する、竜の加護であろう。彼は自身に匹敵するほどの才を持つ弟子に恵まれた。そして二人はこの王都の危機に、そろって駆けつけてくれた。竜に乗るという目を疑うような奇跡を伴って」
満場の、感謝に満ちた歓声と拍手が広がる。
それもまた、王がゆったりと片手を上げると波のごとく引いていく。
「卿の私欲なき献身について思うとき、私はいつも『彼は竜のようだ』と思う。懸命に世界を守らんと動いても、感謝されるとは限らない。ときに恨まれ、憎まれることすらある。皆のためにと警告を繰り返してみても、労せず享受できることに慣れ切った人々は、『わかっているよ』と口先ばかりで、行動に移そうとしない。誰かがなんとかしてくれるのを待っている。だが誰もがその調子で、人任せにしていたら? 竜たちが『対処法を探せ』『考えろ』と言うのは、それが必要だからだ。なのに私も含め、自分では何もせぬ者があまりに多い。それでは答えが見つかるはずもない」
王の言葉を聴きながら、ラピスはクロヴィスと過ごしてきた日々を思い返していた。
クロヴィスは、どんな些細な話にも耳を傾けてくれた。豊富な知識を惜しみなく教授してくれもした。
だが、彼の意見を押しつけられたことは一度もない。
自分で見て、感じて、考えること。
自分で選択し、行動すること。
相手の意思をだいじにしてくれる人なのだと、今しみじみわかる。
(僕は本当に、素晴らしい人と出会えたんだ)
その幸運を、改めて噛みしめた。
大広場を埋め尽くす聴衆も静まり返って、遠くで鳴く力ないカラスの声が聞こえてくる。
「……今このときも、大魔法使いとラピスは、呪いによるこの地の穢れを祓うべく動いてくれている。私に、そして皆に、ひとつの課題を与えて。『呪詛とは怨念。浄化されることなく凝り固まった、人間の負の想念の集まり。ならばそれを取り除くには、どうするべきか』その答えがすなわち、『竜の力が欠けたときの対処法』そのものだと、クロヴィス卿は結論づけた。――創世の竜王すら病ませ、力を欠けさせるきっかけとなったものとは、人間にほかならないのだから」
人々が息を呑むのが、伝わってくる。
『竜の力が欠けたときの対処法』
長年先送りされてきた、答えがわからぬままの課題。
その答えとは。
「考えてほしい」
王の声が一段、太くなった。
「呪法という負の想念により、とうとう竜王が病んだこと。そうして力が欠けたこと。竜たちがそれを予見し、『対処法を探せ』と訴え続けていたこと。その対処法とは、呪詛を――つまり負の念を祓うこと。これらの事実を踏まえた上で、どうすべきかをひとりひとりに考えてほしい。皆はどう思った? どう感じた? 強要でも押しつけでもなく、考え、感じてほしい。そこに答えがあるのだから」




