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4.寂しい夜

(寂しい夜)


 その夜になって、山の手のお婆さんと恵美が入学祝をかねて泊りでやってきた。


 山の手のお婆さんこと野口菊恵は、愛美の母の母であり、その娘の恵美は、愛美の母の妹にあたる間柄だ。


 そして愛美にとて恵美は、亡くなった母の四つ違いの妹であったおかげで、まさしく母の代わりであり、愛美のピアノの先生でもあった。


 菊恵は当年とって六十五歳で、某音楽大学の理事の一人であり、愛美の母も、この大学を背負って立つ世界一のピアニストになるはずだった。あの事故さえなければ……


 そして、真理の代わりに恵美を据えようと菊恵は考えているが、恵美はさっぱりその気がないようで、現在三十路まじかになってもフリーのピアニストで気ままな生活をしている。


「そうかい。私も聴きたかったよ。よりによって今日なんかに理事会をやらなくてもね―」


 菊恵は、さっそく栄二郎から、今朝の入学式の騒動を聞かされた。


「真理が生きていたら、どんなにか喜んだことか……」

 菊恵は、またも目頭を熱くして涙ぐんでいた。


「おばあちゃん、さっきから泣いてばっかり―」


「そうかい、爺さんもいっちゃたし。今は恵美と二人きりで寂しくて、涙もろくなちゃったんだよ。早く婿でももらって、孫でもいてくれたら、にぎやかでいいんだけどね―」


「お母さん、私のせいにしないでよね―」と、突然、結婚話が出たので、恵美は焦って言い返した。


「そうだね。恵美ちゃんは、いい人いないのかい?」

 栄二郎まで、菊恵に合せて恵美をはやしたてた。


「お姉さん、結婚しちゃだめ。いつまででも私のお母さんでいてくれなきゃ―」

 愛美だけは、心配そうに恵美に抱きついた。


「わ―大変、このままだったら嫁かず後家になちゃうわっ!」


「そしたら、私が面倒みてあげる―」


「ありがとう。期待してるわよっ!」


 それを聞いて、菊恵は……

「真理もよくそう言って私を喜ばせてくれたけど。それが、好きな人が出来たら、私のことはそっちのけで出ていってしまったよ……」


「アミも、わからないわねっ?」

 恵美は抱き付いて甘えている愛美を眺めた。


「へぇへぇへっ―」と愛美は舌を出して目をそらした。


「じゃ―、今朝の名演奏を聴かせてもらおうかね……」と、菊恵は愛美に言った。


「え―、おばあちゃん。さっきピアノの練習したばっかりよ。今日は、みんな大変だったから、早くお風呂に入って寝ましょう。ピアノは明日ねっ!」

 愛美はさっさとその場をまとめた。


「アミ、じゃ―ないけど、お疲れでしょう。お風呂、先にどうぞ………」

 文枝が菊恵をお風呂に誘った。


「そうだね。明日たっぷり聴かせてもらおうかねー」


 久ぶりに、にぎやかで、そしてちょぴり寂しい、夜は更けていった。



 


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