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21.少年と夏の終わり

(少年と夏の終わり)


 そして、暑い砂浜を出て、道路をわたり、民家の並ぶ路地を通り、香奈の民宿に近づいたときだった。

「あっ、ピアノの音……」

 香奈が叫んだ。

「アミのやつ、これが目的だったのか!」

 麗子が、怒りながらも、少し安心したように大きなため息をついた。

 そして、民宿の垣根の間を入ると、玄関の前に少年が一人立っていた。

 それを見て香奈が、「武君……」と呟いた。

 その香奈の声と人の気配を感じたのか、少年は三人を見るなり、慌てて垣根の隙間をくぐって逃げて行ってしまった。

「なに、あれは……、 香奈ちゃんのボーイフレンドかなー?」

 麗子は、香奈を冷やかすように言った。

 香奈は、恥ずかしそうに下を向きながら思いっ切り首を大きく振った。

「うんん……、同じクラスの武君!」

「仲良しなの?」と正美は訊ねた。

「うんん、話したことない!」

「あらま―あー、でも、武君は、香奈ちゃんに気があるみたいよ?」

 麗子は、少しお姉さんぶって、また冷やかした。

「え―、そんな……」

 香奈は、迷惑そうに言いながらも、顔は微笑んでいた。

 そして、民宿から聴こえてくる愛実のピアノに圧倒されながら、武君と同じように三人はしばらく立ちつくしていた。

「これが、アミの本当のピアノよ。今朝のおじさんたちには、あんなこと言ったけど。やっぱり、本気で弾くアミのピアノの迫力は、体をずしんと震るわせて気持ちいいわー。音の勢いかな―、これだからピアノはやめられない!」

 麗子は、改めて心に刻むように呟いた。

「凄いっ! ほんと、体が飛んでいく感じ―」

 香奈は、目を丸くして、麗子と同じように呟いた。

「それより、民宿が壊れるんじゃないの……?」

 正美が言った。

「まさか……!」

 麗子は、吹き出すように笑った。

「しー、……」

 香奈が、唇に指を当てて、二人を静めた。

 そして三人は、もう一度、ピアノの音の中に体を遊ばせた。

 しばらくして、あたりが静けさを取り戻したとき、愛実の演奏は終わった。

「アミ、帰るんだったら、荷物の一つも持って行ってよね!」

 麗子が、呼びかけた。

「なに―、みんな帰って来ちゃったのね―」

「当たり前でしょう!心配したんだから……」

「ごめん、ごめん、海の音を聞いていたら、急に弾きたくなっちゃって、香奈ちゃんの練習のじゃまにならないうちにと思って……」

「お姉ちゃん、凄い、私こんなの初めて……」

 香奈は、大きな声を発して、愛実に駆け寄った。

 そして、愛実に抱きつこうとして、自分がまだ水着のまんまなのに気づいて、慌てて止まった。

 愛実は、それを感じて椅子から降りると、その場にしゃがんで、香奈を自分の胸に抱き寄せた。

 少し湿っぽい水着からは、海の香りがしていた。

「お姉ちゃん、もっと弾いて……?」

「いいわよ。でも、その前に着替えてらっしゃい!」

 愛実の言葉と同時に、正美からも声がかかった。

「香奈、こっちよ。シャワー浴びて、着替えるわよ」

「は―いっ!」

 香奈は、急いで、正美のもとに走っていった。


 そして、この日から、海へ行くよりも、香奈とピアノを練習することの方が多くなった。

 香奈にしてみれば、愛実たちがいるうちに、少しでも教えてもらいたいと思っていた。

 しかし、お盆休みに入り、正美の母親も到着して、忙しさはピークを迎えた。

 そうなると、海で遊ぶどころか、ピアノを弾く暇もなく、お客さんに追われる日々が続いた。


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