まずは勇者を探そう の4
学校。
目の前で一クラスまとめて消えたよ。
投網漁か!無茶しすぎだろう・・・天照さま泣くぞ。
駅。
今日は事故も突然死もなく平和でした。
何故だかちょっとほっとした。
アパート前。
大丈夫、過労で倒れそうな企業戦士はいませんでした。
在宅勤務が増えたおかげ?
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そして、ついに私は見つけた。
あの意味不明な魔王に対抗できるかもしれない条件、マイヤ・マイヤさまとともに悩み見つけたその条件を満たした、希望の勇者。
それは意外なかたちの出会いだった・・・
次の天照さまお奨めスポットへの移動中、ふと強い気配を感じた私は、引き寄せられるようにその気配のもとに向かった。
そこはとある総合病院の産婦人科病棟の一室。
その部屋には、ベッドの上で泣き叫んでいる女性がいた。腕には生まれてからついに一度も息を吸うことがなかった小さな小さな赤ん坊。
「ごめんね、ごめん・・・ちゃんと生んであげられなくって・・・ごめんね・・・」
母親の声は、だんだんとか細くなってゆく。
そばに控えていた助産師さんが母親の手からそっと赤ん坊を抱き上げると、心身ともに限界をとうに越えていた母親は、ベッドに倒れこみ気を失うように眠りに落ちた。
そのまま私は眠っている彼女に寄り添い、そして真夜中・・・
静かな寝姿とは裏腹に、長時間にわたり暴風のように荒れ狂っていた彼女の魂は、ようやく少し凪いできたようだ。
その魂に私は呼びかける。
「大丈夫?少し落ち着きましたか?」
すると、ベッドに横たわった体はそのままに、うすぼんやりとした半透明の姿の母親が起き上がり、ベッドからおりてその脇に立った。
彼女は何が起きているのかわからない様子で、ゆっくりあたりを見回した。
まずベッドで眠る自分の姿を見て少し驚いてから、その横の小さなベッドに視線を向ける。
そこに眠るように横たわる我が子の姿を目に映した瞬間、彼女はその場に崩れ落ちそうになり、私は急いで彼女の体を支えた。
「ああああああ・・・・・」
彼女の体をきつく抱き寄せた私は、彼女の頭に頬を寄せ、震える背中をさすり続ける。
やがて彼女の慟哭がすすり泣きに変わる頃、私は抱き寄せたままの彼女にゆっくりと話しかけた。
「あなたは何も悪くない。この子に対して何も負い目を感じる必要はない。もちろんこの子も何も悪くない。誰も悪くない。ただただ運命だったの」
彼女の肩がぴくりと震える。
「悲しんでいい、悲しんであげて。でも悔やまないで。苦しまないであげて。今この子の魂はとても穏やかな所にいるの」
辛うじて自らの足で立つ力を取り戻した彼女から一歩下がり、私は泣きはらした彼女の目を見つめた。
そして私は告げる。
「私は女神ノーラ・ノーラ。この子を私の世界に迎えに来ました」
彼女は戸惑うような理解が追いつかないような表情で私を見た。
揺れる瞳で周囲をうかがい、さっきの私の言葉を思い出したのか何かを考える仕草を見せ、少し光が戻った目で再び私を見る。
「女神・・・様?・・・ほんとうに?」
「ええ、本当です。今あなたの体は疲れ切って寝ているの。私はあなたの魂に直接話しかけているんです」
彼女は、私の言葉に何かを感じ取ったようにじっと私を見た。
私は言葉を続ける。
「私は女神ノーラ・ノーラ。この子を私の世界に迎えに来ました。この子はこれから私の世界でもう一度生まれ、人生を送ることができます」
「・・・っ!!」
私の言葉を聞いた彼女は、目を見開き我が子を振り返る。
「でも、そのためにただひとつだけ、あなたの了承を得なければならないことがあります」
「・・・何でしょうか?」
少し不安げな彼女に、私は話を続ける。
「私の世界はこことは別の世界。そこに連れて行くということはこの子とこの世界との縁が消えるということ」
「この世界において、この子が生まれたという事実そのものが消えてしまうの」
「・・・それってどういうことですか?」
「この子はここで生まれていない、あなたはこの子を産んでいない、あなたを含めたこの世界すべてがこの子のことを忘れてしまう」
「あなたはこの子を思い出して悲しむことができなくなってしまうの」
「・・・っ!!」
彼女はよろよろと我が子のベッドの脇に歩み寄り、そこで両膝をつきベッドを覗き込む。
動かぬ我が子を見つめた彼女は、自らの額の前で両手をぎゅっと握りしめ、そのままじっと動かない。
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そうしてどれくらい経っただろう。
立ち上がり、決意の表情をこちらを向けた母親が私に言った。
「最後にもう一度、私の手でこの子を抱かせてください」
小さな子供用ベッドの脇に母親が立つ。
先ほどまでと違い、うすぼんやりした姿ではない。
魂だけでなく体ごと起き上がった母親は、慣れない手つきで毛布にくるまれた赤ん坊を抱き上げ、そっとその小さな頭を撫でる。
「私のところに生まれてきてくれてありがとう。
でもあなたの生きる場所はここではないんですって。
あなたは女神さまの世界でもう一度生まれるの。
そして・・・絶対、幸せ・・に・・なって・・・っ」
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次々と流れ落ちる涙もそのままに、母親は私に赤ん坊を手渡す。
そっと受け取った私に、母親は涙で濡れた精一杯の笑顔で言った。
「私が忘れてしまっても、
この世界が忘れてしまっても、
それでもこの子は私の子で、
私はこの子の母親です」
「この子のこと、よろしくお願いします。
きっときっと、元気で俺TUEEEE!な子にしてあげて下さいね」
私は微笑み、ゆっくり彼女にうなずく。
本当、どこの世界でも母は強い、ですね。
そしてやっぱり、あなたも知ってるんですね、その言葉・・・