初めての街 の3
「お父さん、こんどはどこ行くの?」
「次の店に行く前に昼ごはんを食べよう。リベルもたくさん歩いてお腹空いただろう?」
「うん、お店のごはんたべたい」
さて、この街で食事となると、食堂や酒場に入るか広場付近の露天のどちらかとなる。
小さいとはいえ荷車を引いている以上、放置はできないし目を放すべきではない。
ということで、
「さっきの広場に並んでた店に行くか。確か串焼きなんかもあったな」
「あのいいにおいの店?やったあ!」
広場の邪魔にならないあたりに荷車を停め、リベルは荷車に座って荷物番。
その間にゴウンはいくつかの露店をまわり串焼きやパン、飲み物などを買ってきた。
足をブラブラさせて待っていたリベルが荷車から降りると、ゴウンはそこをテーブル代わりに買ってきたものを並べた。
「さあ、食べよう」
「いただきまーす」
串焼きをほおばり「んーおいしー!」
パンをほおばり「パンもおいしいね」
ニコニコと美味しそうに食べるリベル。
それを見た通行人のうちの何人かが露店に吸い寄せられていく。
きっとこの店の今日の売上はいつもより若干多くなるだろう。
それに気づいた露店の店主たちも嬉しそうにリベルたちを見ていた。
この広場に店を出せるような商人は、フットワークの軽い優秀な者が多い。
しばらくすれば、彼らは役所の許可を取って共同の食事スペースを作るだろう。
それが集客につながると気づいたから。
気づかぬうちに若干の経済効果を産んだリベルだった。
「おししかったーーー!」
「よし、じゃあ次は炭を買いにいくぞ」
「炭?」
「ああ、そろそろ少なくなってきたからな。炭は街で買うのが一番安いんだ」
「おなじ炭なのにねだんがちがうの?」
不思議そうなリベル。
「ここは住んでいる人が多いから、炭焼き職人はみんなここに炭を売りに来るんだ。たくさん物が集まるから安くなる」
「ふうーん?」
まだ5歳のリベルには少し難しかったようだ。
そんな話をしているうちに炭売りの店に着いた。
ゴウンは荷車を引いて店に入り、店主に声を掛ける。
「久しぶり。炭を買いに来たよ」
「おやゴウンさん、ひと月ぶりくらいかい?」
「ああ、また小物を色々と卸しに来たんだ」
「ムウンさんの作る小物は人気が高いからねえ。うちの妻もいくつか使っているよ」
「そいつはありがとう。それで炭だけど、少し早いけど冬に備えて買う量を増やしていこうと思ってるんだ」
「そうするとふた月分くらいかい?ならこれくらいかな?」
そんなやり取りの横で、リベルはあるものに目を引かれていた。
壁に貼ってある数枚の絵だ。
絵には野山の風景や椅子に座った人の姿が描かれている。
リベルの家にもリアの家にも絵が描かれたものはない。
生まれて初めて見る絵画だった。
「よし」
炭を荷車に積んだゴウンが後ろを振り返り、壁の前でじっと動かないリベルに気づいた。
「どうしたリベル?」
「お父さん、これなに?」
「ん?なぜ絵が貼ってあるんだ?」
「ああ、その下に長細い炭があるだろう?最近それで絵を描くのが流行ってるんだ」
「ほう、これで絵が描けるのか」
「どうだいおひとつ?紙とセットでもそんな高くないよ」
店主の言葉に少し考え、
「よし、じゃあ炭を2本と紙を2束買うよ」
「まいどあり。じゃあ特別に道具箱を付けるよ」
「え?お父さん?」
振り返るリベルに、ゴウンは
「興味があるんだろう?家に帰ったら描いてみるといい」
「ありがとうお父さん!!うわあ、うわあ、うわあ!」
そのあと、いくつかの店で調味料や雑貨を買い街を出たが、リベルの頭の中は絵のことでいっぱいで、ずっと心ここにあらずといった様子だった。
これにはゴウンも苦笑いで、お絵かきセットは一番最後に買うべきだったかなどと考えつつ、それでもここまで喜ぶリベルの姿を微笑ましく思いながら家に帰っていった。
「おかえり、リベル。街は楽しかった?」
「うん。あのね、あのね・・・」
ひたすらムウンにお絵かきセットの話をするリベル。
お絵かきセットを見せてひととおり話し終えたところでようやく落ち着き、そこから初めて街に向かうところからの話を始めるのだった。