勇者の誕生
その日、ゴウン・ムウン夫妻のもとに待望の第一子が生まれた。
勇者郷などとも呼ばれることがある地、日本からノーラ・ノーラ様が連れ帰った勇者の魂を宿した男の子である。
もちろん夫妻は我が子が勇者であることなど現時点では知る由もない。
「生まれたか!!」
勢いよく扉を開けたゴウンが部屋に飛び込んできた。
「元気な男の子だよ」
お産を手伝っていた街の産婆さんが答える。
「ムウンは大丈夫か?体に障りはないか?」
本来、どんな生き物にとっても出産というのは命がけだ。
当然人間だけが例外とはならず、科学や魔法の進歩だって危険の緩和以上にはならない。
母体に障害が残ることもあるし、体力が戻らず緩やかに死に向かうこともあるのだ。
それを本能的にも見聞からも気づいているから故のゴウンの心配。
「ああ、大丈夫。びっくりするくらいの安産だったよ。ムウンも赤子もまったく問題ない」
――まあ当然ですね。前世のこともあってノーラ・ノーラ様が過保護なほどの護りを与えていましたから・・・
――むしろ勇者を身籠る前よりも丈夫で健康になっているのではないでしょうか・・・
見守り、記録するシリースが呟く。もちろんその声は誰にも聞こえることはない。
「ムウン、ありがとう。本当によく頑張ってくれた・・・」
笑顔で涙を流しながらゴウンがムウンに礼を言う。
「ええ、がんばりました。見てください、私達の子です。この子もとても頑張ったんですよ」
「ああ、ああ。そうだな。この子も頑張って生まれてきてくれたんだな」
ベッドに横たわるムウンとその横で片膝立ちのゴウン、ふたりは愛おしげに生まれたばかりの我が子を見やる。
その手は自分の愛情を相手に伝えるがごとく、互いにしっかりと繋がれていた。
「さあさあ、今はこれくらいにしてムウンをゆっくりと休ませてあげな。いくら安産だったとはいえ、かなり疲れているんだから」
「そうだな。ムウンのこと、よろしく頼む」
「まかせときな。後片付けしたあと今夜一晩は私がここで付き添うから、あんたは隣の部屋で寝てな」
「分かった。じゃムウン、ゆっくり休んでくれ」
「ええ。お休みなさい、あなた」
――さて、いよいよ勇者が誕生しましたね。
ノーラ・ノーラ様は自由に生きてくれればいいとおっしゃっていましたが、
この子にこの世界の命運がかかっているのも事実。
見守る私もしっかり務めねば・・・
シリースもまた、勇者誕生という世界の節目に気を引き締め直すのだった。
そして翌日。
「リベルという名前はどうだろう?」
「ちょっと聞き慣れない不思議な感じだけど、素敵な響きね」
「教会で聞いてきたんだ。古代語で『自由』って意味だそうだ」
「意味も素敵。この子には自由に生きて欲しいわ」
――自由に生きてほしいというノーラ・ノーラ様の意志に神父の思考を誘導したのは秘密です。