II
氷のサナトリウム、第二章です。今回は短めですので、読みやすいと思います。短すぎる気もしますが...
彼は彼女を心から愛していた。
彼女の円らな瞳、艶やかな髪、美しい顔立ち。そして、心地よい笑顔。
彼はすべてを愛していた。
彼は待った。いつまでも、待った。
それでも。
やはり彼の前にあるのは、廃れたサナトリウムだけだった。
第二章
1
2028年7月22日(火)
「よっしゃー!また釣れたぜい!」
「昨日も釣りやったのに、テンション高いねマサヤは」
「当たり前じゃん。俺の釣り精神舐めんなよ!そい!」
僕らは今日もいつもの小川で釣りを楽しんでいる。相変わらずマサヤは僕と違って釣りが上手い。
「そういや、おまえ昨日急にいなくなったけどどうしたんだ?」
マサヤは釣り針にミミズを取り付けながら聞く。
「え、あ、ごめん。ちょっと具合悪くなっちゃって...」
「そうか。気をつけろよ。電話も繋がらないからほんと心配したんだぞ」
「うん...ほんとごめん」
そうして僕らは再び釣りに戻った。
水面を眺めながら、僕は思考を巡らせる。
昨日、僕は謎の光に飛び込み、サナトリウムに佇む少女に出会った。
その少女の名前は生田育美。
僕は彼女と友達になった。たぶんだけど。
さっそく遊びに行こうかな。なにか持っていこう。
それにしても、あの光が気がかりだ。
昨日、来た道を戻ると、あの光は見る影もなく消失していた。
代わりに、出口?へつながる小道がそこにはあり、しばらく歩くと見慣れた小川に戻ることができた。
あれはなんなんだ?
まあ、考えても仕方ないか。
僕の悪い癖か、またまた無理矢理思考を切り上げた。
2
20××年×月×日
あの日以来、僕は毎日彼女のもとへ会いに来ている。
以前、育美は僕のことをもっと知りたいと言っていたので、僕は好きな小説を毎日彼女に紹介していた。彼女も毎回楽しそうに聞いてくれて、純粋に嬉しい。
今日は、僕が好きな小説のひとつ、母親の愛がテーマの物語を力説していた。
「それでね、この場面の主人公の言葉が─」
「タイセイくん、ほんとに小説好きだよね」
「うん、小説のこととなるとほんと目がないんだよね、僕。あ、でも小説の話ばっかりされてもやっぱりつまんないよね...」
「ううん、私、タイセイくんのお話聞くのも好きだから」
変に強調された『好き』という言葉に僕はまたどきっとしてしまう。
「あ、今ドキッとしたでしょ」
「え、あ、いや、してないしてない!」
「あっはは、顔真っ赤!」
んーっとむすっとする僕。それを見て彼女はさらにふふふと笑った。
3
20××年×月×日
「ねえ、タイセイくんのお母さんってどんな人なの?」
育美が不意にそんなことを尋ねてきた。
「母さん?どうして?」
「だって、タイセイくんが聞かせてくれる小説ってお母さんが出て来るのが多いなーって」
言われるまで自分でも気がつかなかった。自分が母親を題材にしている小説を特に好んでいるということを。
「僕、生まれつき母親がいないんだ」
「え...」
急に曇った顔つきになる育美。
「僕が生まれてすぐに捨てちゃったんだ。ひどい人だよね」
そういって僕は苦笑する。
育美はそれを聞いてしばらく黙りこんでいたが、妙に真剣な表情をし始めた。
「私、タイセイくんのお母さん、悪い人じゃないと思う」
「どうして?」
「きっとどうしても手放さなきゃならない理由があったんだよ。だから、タイセイくんのお母さんも、タイセイくんのこと愛してくれてるよ!絶対!」
「な、なんでそう言い切れるの?」
「タイセイくんのお母さんだから!」
ズダーンと椅子から転げ落ちそうになる僕。今日一番の苦笑いをする。
でも、両手の拳を胸の前に立ててフンスっと話す育美は可愛らしかった。
4
20××年×月×日
あの日から2週間。僕は今日も育美と談笑していた。
僕の影響か、育美は自分も小説を読みたいと言ってきたので、最近は僕が家から持ってきた小説を読んで楽しんでいる。
僕も僕で、ワクワクしながら育美の好きそうな本を選んで、読んだ感想を語り合う。その日々がこの上なく幸せで、楽しかった。
「僕、普段推理小説はあまり読まないんだけど、この小説はほんとに面白くてさぁー」
「うん、私も小説読みながら推理するの、すごく新鮮だった」
「あ、それと、こんなの持って──」
僕はそう言って持ってきた紙袋をガサガサ探る。
だが、その手はすぐに止まる。
なぜなら。
下を向いて苦しそうに震える育美の姿がそこにあったから。
「どっ、どうしたの!?」
すかさず駆け寄る僕。
育美は何も答えない。ただ震えが増すばかり。
「そうだ、姥浦さんなら...」
僕は姥浦さんを呼ぼうと病室を出ようとする。
しかし、その瞬間、僕の服が後ろから力一杯引っ張られた。
服を掴む育美の得体もしれない雰囲気に、僕は恐怖を覚える。
体が、動かない。
「......ぉり...」
「...え?」
「こおり!!ちょうだい!!」
凄まじい形相。尋常じゃない眼力。
僕は悪寒がするほどの狂気に襲われる。
こ、氷...
確かこの台に...
引っ張られながら台の上を見る。だが、そこには何もない。
なんで...!
いや、待てよ...
そもそもあの日以来、一度でもここに氷が置かれていたか...?
そう、僕は完全に忘れていたのだ。
彼女が、病と闘っていることを。
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