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前編 「もしかして、大センセのお孫さん?」

・前編:#深夜の真剣物書き120分一本勝負 参加作品

お題:「ホームタウン」「組合」「災禍」


・中編・後編:#ファンタジーワンドロライ 参加作品‬

お題:「二つの姿」「アンデッド」「拒絶」

夕暮れに照らされた3両編成の電車がホームに滑り込む。空気の抜ける音。銀色のドアが開く。

点字ブロックを踏み越えて、一人の青年が降り立った。色あせたボストンバッグを肩にぶら下げながら、駅舎の中を進み階段を降りると、ロータリーの前で両腕を大きく広げ。


「ただいま! マイ、ホームタウン!」


往来でのびのびと叫ぶ成人男性に、道ゆく主婦がくすくすと笑う。



その日の夜。駅前商店街の細い裏道。


「てことで、帰ったぜ〜」


錆びたベンチに寝そべり、スマホゲームにいそしむ金髪ジャージ姿の青年がひらひらと手を振っている。

学校帰りの学生3人組の肩から、べこべこの指定カバンがずり落ちる。


「……え? 誰?」


顔を見合わせる3人の後ろから、ひょこっと顔をのぞかせた黒髪短髪の私服の・・・少年が「おかえり兄ちゃん、また来たの」と言った。

青年はふっとキザに微笑み、おもむろに前髪を掻き上げ。


「組合活動が、忙しくてね」


「またスト? 多くね? そこまでいくとブラックなのか兄ちゃんがサボってるのか」


「うっせ」


寝っ転がったままで器用に缶コーヒーをすする青年。その様子に赤髪の少年が目をしばたたかせ、目の前に建つ喫茶店の勝手口から店内が営業中なのを見てから、黒髪の少年にこそっと聞く。「なぁ、なんで缶なの」


「ああ、兄ちゃん、また閉め出し食らってんの」


「うっせ」


空になった缶をベンチの座面にトンと置いて、そこへタバコの灰を落とす。青年の口がドーナツ状の煙をぷわと吐き出すと、隻眼の少女が歓声をあげて拍手を送った。


「つかお前ら、このベンチ、あそこのバス停跡から引っ張ってきたの? すげぇな」


青年の呆れ顔の問いに、四人は同時にうなずいて。


「よゆーだよ!」少女が胸をはり、


「きゅーちょーは俺らが汗だくで運んでたときに横で応援してただけでしょ」と赤髪の少年。


「いや最短経路だしてくれたのきゅーちょだし」と青髪の少年。


「えっへっへー」少女が再び胸を張ってから、ふと何か気づいたように青年を見る。「あのう、お兄さん……その枕、いま動いて」


ぎょっとなる男子学生2人。

青年の目がすいと横に動く。それに合わせて青年の頭の下から、のそっと現れたのはーー意志を持って蠢く、透明な液体のかたまりだった。


「うおお、お兄さんスライム遣いだ!」熱心にいじっていたスマホを放り出して、赤髪の少年が叫ぶ。


「スライムじゃねぇ、水様生物アクアビオスと呼びたまえ」


なぜか偉そうに言った青年の首筋の周りを、ぺちぺちと音を立てながらのんびり一周したゼリーのような物体は、少年たちが変わるがわるつんつんすると嫌そうに身をよじって逃げる。


「いいなぁ、好かれんの人口の0.02%って聞いた」


「ねぇねぇ、お名前は?」少女がたずね、


「メロン」「鼻水、いてっ」


青年と黒髪の少年がほぼ同時に答え、少年が青年に蹴り飛ばされた。


「なんだよ、緒戸おとが呼んでも怒んないくせに」尻を押さえながら少年が睨む。


「あれは、愛情表現」と青年。


「言い切った」と黒髪の少年。


少年たちに両側からつんつんされて右往左往していた液体を、青年が首からひっぺがして空高くかかげ。


「そう、近所のクソガキどもの中でただ1人、緒戸さんだけが、緒戸さんだけが! コイツを可愛がってくれた……!」


「かわい……?」首をかしげながら黒髪の少年が聞く。「俺は?」


「生まれたときからコイツがいた奴に、気味が悪いも何もねーだろ」


「そうなんだけど」


「あっそうだ!」青年がいきなりベンチから飛び起き、透明な液体を放り出して、黒髪の少年の肩を掴む。「ともえ、聞いたぞ、代われ!!」


空を舞った透明な液体が慌てたように先端を伸ばして、青年の首に巻きつく。


「えっ何の話」言いかけた少年は、必死の形相の青年の目が血走っているのを見、「ああ」と半目になる。「代われるものなら代わりたいわ……」


「で、職員会議ではどんな様子だ」声をひそめて深刻な表情で尋ねる青年。


「どんなも何も、いつもどーり」


「じゃあそれ以外でなんかねーか」


「なんかって」


「どうせお前のことだから手伝えだの何だので連れ回されてるんだろ」がすん、と青年の右足がベンチの座面に乗っかり、「うらやましー!!!」と校庭の方角に向かって大声で叫ぶ。


喫茶店の勝手口のほうから「近所迷惑だ!」とマスターの叫び声が聞こえた。反射的に学生3人が謝罪の言葉を叫び返した。


盛大に首をかしげたままの黒髪の少年は、数秒思案してから、「ああ、そういやこないだ挨拶運動で緒戸と校門立ったんだけど」


「ほっほう」目を輝かせた青年が俊速で振り向く。


はー、と少年は長い長い息を吐いた。「……死ぬかと思った……」


「なんでよ」


不思議そうな顔の青年を見上げる、少年のジト目。


「兄ちゃんさ、昨日まで同級生上級生だったやつらの前に、今日いきなり教師ぶって立てる? 日頃のアホなミスとか全部バレてる奴に冷静な顔で『はいおはよう、お前ら教室行けー』とか言える?」


「あー」


「でそれを、向こうの門柱のところから、緒戸がニヤニヤ見てるわけよ」


「なんだ、それなら余裕」


途端に目を輝かせて親指を立てる青年に、はー、と少年は長い息を吐いてみせた。


ーーと。


遠くでバキバキと木が折れるような音がした。慌てて振り返るが、夜空と明かりの点在するいつもの街並みが広がっているだけ。


「なんだろ、落雷?」と赤髪の少年。


「飛行機でも墜落したかね?」と青髪の少年。


「んーとねー」こめかみを押さえて動かなくなる少女。


「おい、なんだあれ!」と、喫茶店の中から慌てた声がした。開け放たれた窓から突き出た指が示す先ーー暗い空にパラパラと赤い火花が散った。


「花火?」と黒髪の少年が首をかしげ、蒼白な顔をした少女が、ああっと悲鳴を上げる。「星屑探検隊がー!」


その手元には方位磁石と角度測定アプリを起動したスマホ。

おや、と青年が少女をみた。「お嬢ちゃんが噂の星屑女子か」


「え?」少女が振り返る前ーー


真っ赤な顔をした黒髪短髪の少年がすばやく青年の口を押さえた。その肩にがっと腕を回して、にやけ顔を近づける青年。


「良い子見つけたじゃん、かわいーじゃん」


「……よし、同じこと緒戸の前でやるけど、いいな」


俊敏に両手を離して後ろに飛びすさってハンズアップの姿勢をとる青年。


そこで、けたたましい着信音が二つ重なって鳴る。黒髪の少年と、あわあわしていた少女がスマホを取り出す。


腕時計を見た赤髪の少年が不満そうに言う。「お前ら今日のイベントー」


「犯人に言え!」「ごめんね!」


足元に放り出していたカバンをひっつかんで、2人が大通りのほうへと走り出す。それに青年が嬉々とした足取りで続こうとして、「お兄ちゃん店番!」豆腐屋の勝手口から女性の声が呼び止めた。少年と青年の肩が同時にぴくりと反応し、


「は? 巴に」青年が言いかけるも、


「巴は早くガッコ行きなさい! れおくんもう行ったって!」


「あーい」「いってきまぁす」


「待て俺もーー」


「あんたは店番!!」


「うえええ緒戸さぁああん」


情けない声を上げてゴミの缶を拾い上げ、とぼとぼと豆腐屋へ向かう青年の背中へ、空いたベンチに座ってスマホを熱心に叩き始めた男子学生2人が「おつかれさまーっす」と顔を上げないまま雑に労った。



***



救急車と消防車が放つ赤い光が、闇の中に立ち並ぶ木々の幹や葉を赤く照らしている。その奥に、いくつかの倒木。大きく割れたり、ひっくり返っている木製のソリが数台。散らばった荷物。うろうろと所在なさげに歩き回る犬たち。しぼんだパラシュートの長いロープがずるずると巻き取られていく。


下草を掻き分けながら進んでようやく目にした光景に、黒髪の少年は首を傾げる。「なにこれ。犬ぞりの上に、ちょうどパラシュート部隊が不時着したってこと?」


その後ろの少女が、髪の毛を枝に引っ掛けて涙目になりながら言った。「ちがうよ、星屑探検隊だってば。空走犬くうそうけんが軽い木ソリを引っ張って、助走つけて飛ぶの」


「えっそんなレトロな仕組みだったの」


驚く少年を追い越して、少女があわあわと木ソリに駆け寄る。その隻眼の少女のカバンにぶら下がる、きちんと保存処理のされた飛行発光生物の骨を見て、倒木の下から荷物を引きずり出していた調査員が、おやと顔を上げた。


「もしかして、大センセのお孫さん?」


少女はぱあっと顔を輝かせ。


「じいちゃんのこと、ごぞんじですか?!」


「俺は一年くらいしかご一緒できなかったけどね。ーーお前は三年くらいいたろ? 留年バイト。久しぶり」


「いやだから何べんも説明しましたけど、ウチのガッコの『上級生』に留年とかいう概念ないんすって」


どーも、と少女の後ろから調査員に頭を下げたのは、先ほど別れたはずの青年。頭にはヘルメット。汗だくの額を腕で拭う。


ええええ、と少女が甲高い大声を上げた。何事かと振り向く周囲の人々に、黒髪の少年が手を振って弁解する。


「お兄さん、探検隊だったんですか?!」と少女。


「ただの学生バイトだよ。俺がガッコ通ってた時はそういう募集があってね」


こともなげに答えた青年は、ヘルメットを外して近くの枝に引っ掛けると、破損した木ソリの前にしゃがみ込んで、その外板に引っかかっている小さな白い毛をつまんだ。


「『災禍の跡』か。五年ぶりくらい?」と青年。


「ここんとこ居なかったから絶滅したかと思ってたんだけどな」と調査員。


ふむふむとうなずいている少女に、なにそれ、と黒髪の少年がたずねた。


「『冠毛小鯨かんもうしょうげい』って言ってね、たんぽぽの綿毛みたいなのに包まれた小さい鯨みたいな生き物がいるんだけど、それが大群でソリに寄ってくるの。じいちゃんが発見して、危険生物リストに載せたんだよ!」


「寄ってくるだけで危険生物?」


「人食生物なんだって。犬も食べられるって」


「うわめんどくさそ」顔をしかめた少年は、調査員とくだらない昔話に花を咲かせている青年の足を軽く蹴って、おい、と言った。「なんとかしろよ、元バイトの卒業生」


「こういうことから卒業したから卒業生って言うんだよ」


「俺も卒業したかった……」


おーい、とバインダーを持った調査員らしき一人が手を挙げる。


「墜落直前までソリに引っ付いてた個体がいたらしい。手の空いてる人は、周辺住宅地の捜索と駆除をお願いします」


青年が片手を上げる。「ほいじゃ、俺ら地元民なんで森行きますー」


「おお助かる、気をつけてな」


ガサガサと下草を掻き分けながら進んでいく青年の後ろから、少年が言う。


「結局行くんじゃん」


「緒戸さんのためだ」


「今日まだ来てないみたいだけど……って」


少年が振り返って群衆を見回した隙に、青年の姿は森の奥に消えていた。


「まぁいいや」少年が少女を振り返る。「きゅーちょ、みっけた?」


「うーん、これかな、ううん、これ野良猫かな。生き物多すぎて……」こめかみに指を当てていた、しかめっつらの少女が答える。「とりあえず一番近そうなの行ってみていい?」


「うん」


少女の指が木々の間を指さす。「そっちのー、川と崖の真ん中くらい」


「おっけ」


少年がベコベコのカバンで長い下草を押し分けながら進む。その後ろに少女が続く。二人が太い木の根をまたいだところで、


「お、兄ちゃん発見」


木々の向こう、背を向けていた青年が振り返った。首に巻きつく透明な液体が、青年の服に付いた葉っぱをせっせと払いのけている。


「何か居たんだが、いまさっきそこの崖から落ちた。探すにしても明日だな」


「きゅーちょ、崖より上には、もういない?」と少年。


「えっと」


「このあたりはひととおり見て回ったぞ」と青年。


「そか」


踵を返して夕飯の心配をする少年と、そこに駆け寄る少女。その後ろ、首の液体を後ろ手に撫でながら、青年がごくごく小さくぼやく。



「……んとに良い子見つけたな、巴」


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