私の名前は
私はソファーに座って目の前の光景に呆然としていた。
リリーさんは当然のように召使いみたいな人を呼び出すとお茶の用意をさせた。
燕尾服をかっちりと着こなしたその人は、あっという間に紅茶を入れ、マカロンのようなお菓子をテーブルの上にセッティングするとさっそうと部屋を出ていった。
やっぱり金持ちの家には使用人がいるものなのだろうか。
王道展開ならメイドさんもいるはずだが、女性が少ないということはめったにいないのかもしれない。
なんにせよ金持ちすぎてすごい。
「君、ぼーっとしているけど大丈夫?」
私のカルチャーショックを受けている様子が心配になったのかロゼッタさんが不安そうに私の顔を覗き込んでくる。
大丈夫だからそんなに顔を近づけないでほしい。
顔が良すぎるから。
「大丈夫です。大丈夫だからお菓子を手ずから食べさせようとしないでください。」
どさくさに紛れて何やってるんだこの人。
「ローゼ、その子が可愛いのはわかりますが、まずは説明をしてください。養子にするのは一向に構いませんが、詳しい状況がわからなくてはこちらとしても手続きが進められませんよ。」
リリーさんが困ったように笑う。
「ああ、ごめんね。この子はうちの庭で1人でいるところを僕が保護したんだ。どうやら記憶が混濁しているようで、なぜ1人で庭にいたのか思い出せないらしい。それどころか自分の名前も、保護者がいたかどうかもわからないそうだよ。」
ロゼッタさんが気を取り直して真面目に状況を説明している。
私はその間に自分の手でお菓子を口に運んだ。
「それは……大変でしたね。」
リリーさんはのんきにマカロンを食べているヤツに向けるのはもったいないほど慈愛に満ちた目を向けた。
「ああ。よりにもよって女の子にこんな仕打ちするなんて。許せないよね。」
「……女の子?この子は女の子なのですか?」
「うん。しっかり確認したから間違いないよ。」
ロゼッタは真摯な目でうなずく。
いや、確認?聞いてないけど?
というかどうやって確認したんだ。
まだ幼女だから男女の区別がはっきりつくほど見た目に特徴は出ていないと思うんだけど。
「確認ってなんですか?」
「ああ、妖精さんに聞くと教えてくれるんだよ。」
ファンタジーか!
妖精とかいるんだ。さすが異世界。
「妖精さんどこにいるんですか?」
「ふふふ。大人になったら分かるよ。」
ロゼッタさんは妖しい笑みを浮かべて私の頬を撫でる。
いや、今の会話のどこにそんな色気を垂れ流す必要があったんだ。
しかし、妖精は大人にならないと見えないのか。
異世界っぽくてちょっと興奮したのに、ちょっとがっかりである。
「ローゼ。今すぐ彼女を養子にしましょう。とりあえず契約のために名前が必要ですね。」
これまで黙って下を向いていたリリーさんが怖いくらいの笑顔で言った。
口角は上がっているけど目が笑っていない。
さっきまで慈愛の女神みたいな笑みを浮かべていたというのにどうしちゃったんだろう。
「ああ、それはもう決めているよ。君さえ良ければだけどね。」
「私はとくに思いつかないので何でもいいです。」
私がつけてこの世界でのキラキラネームみたいになっちゃったら嫌だし。
大体、ロゼッタもリリーも前の世界なら女性につける名前のような気がする。
外国人の名前に詳しくないからはっきりとはわからないが。
「じゃあ、君の名前はマリアなんてどうかな?」
「マリア?」
この世界の常識がわからないので、リリーさんの反応を伺ってみる。
「女神の生まれた日に咲くという黄金の花の名前に由来したのでしょう。良い名だと思いますよ。」
不安に思う私の様子が伝わったのか、リリーさんは頷いてくれた。
「わかりました。じゃあ今から私はマリアということで。」
名前、ゲットだぜ。