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人は見かけによるときもある3

リリの書斎にはやはりバイオラさんがいた。


「おはよう御座います、公爵様、お嬢様。」


相変わらず真っ黒の燕尾服を着ているが、暑くないのだろうか。

私の心配をよそに、彼はつらつらと今日のスケジュールをリリに報告している。


「それから、お嬢様。本日はお手紙が2通届いております。」


2人の事務的なやり取りを傍観していると、バイオラさんは私に2枚の封筒を差し出してきた。

背の低い私にも届くように膝を付いてくれた彼から手紙を受け取る。

一通はローゼから、もう一通はアザリーからだった。


王都にいるローゼからはほぼ毎日手紙が届く。

内容は私の手紙の返事から始まって、今日は何をしたとか、王都にはこんなところがあるとか、こんな人に会ったとかそういう日常の話が多い。

必ず最後には寂しい、会いたい、愛してるという趣旨の言葉が羅列されており、非常にローゼらしい手紙だと思う。

それを仕事するリリの隣でどうにか自力で読み、返事を書くのが最近の私の日課である。


もちろん最初は子守役の使用人の隣でやっていた。

しかし、その様子を聞きつけたリリが自分のところでやれば良いと提案してきたのだ。

どうやら使用人とはいえ、他人に娘を預けることに抵抗があるらしい。

いくら静かにしているとはいえ気が散るのではないかと思ったが、人に娘を預けている方が不安だと説得されたら受け入れるしかない。

つくづく異世界の子育ては大変だと思った。


アザリーからの手紙は気まぐれに届く。

彼は屋敷に7日滞在した後、仕事ですぐに他の領へ行ってしまった。

貿易商という仕事柄、冬以外はほとんど一つの場所に落ち着いて暮らすことがないらしい。

面白いことや珍しいものを見たときに手紙を書いているようで、彼の手紙はさながら旅行記のよう。

ただし使っている言葉は結構難しくて、ローゼの手紙より読むのに時間がかかる。

そのことを返事で伝えたら、宛名にリリの名前が書き加えられるようになった。

それ以来、アザリーの手紙はリリに読み聞かせてもらっている。


さて、今日はどんな内容だろう。

私はローゼの手紙を読み始めた。


『親愛なるマリアへ

いつも素敵な手紙をありがとう。

僕がいない間、リリがそんな風に朝を過ごしていたなんて知らなかった。

そういうゆったりした朝をマリアと過ごすのも楽しそうだね。

リリが見送りのときに眠そうだったのは、早起きが苦手だからだよ。

いつも起きてる時間に起きることはできるんだ。

少なくともマリアほど朝が弱いわけじゃない。』


この辺りは私が以前書いた手紙の返事だ。

ローゼらしい優美な字が楽しそうに踊っている。


『昨日はリリの弟に会ったよ。

マリアの叔父さんにあたる人だね。

彼は面白い人で、いつも私に弟の座は渡さないと言ってくるんだ。

兄のリリが大好きだから、リリと一緒にいる僕が羨ましいみたい。

たしかにリリの弟になるのは楽しそうだけど、だからってなれるものじゃないのにね。』


なんと、叔父さんはブラザーコンプレックスを抱えているらしい。

まあリリみたいな優しいお兄さんがいたら、そうなるのも無理はないかも。

しかしローゼを牽制する程とは、なかなか根が深そうだ。


『その次は息子の自慢話をされたよ。

彼には息子が3人もいるんだ。

これまでは子供のことをよくもこれほど話せるのものだ、と呆れていたよ。

けれど今回は僕もマリアのことをたくさん話してしまった。

可愛いマリアのことを話し出すと止まらなくて、初めて彼の気持ちがわかったよ。

そうしたら彼がマリアに興味を持ってしまって、会いたいと言っていた。

マリアは叔父さんに会いたいと思う?

君が望む通りに伝えておくよ。』


ふむ。

なかなか愉快そうな叔父さんなので会ってみたいかもしれない。

でも大丈夫だろうか。

偏見だけど、ローゼは私のことを5割増しくらいに話していそうである。

聞いていたより可愛くないとか思われないだろうか。



『それにしても、今マリアに会いたいのは僕の方だ。

君が隣にいないと、寂しくて夜も眠れない。

マリアも夜が苦手だけど、寂しいときはちゃんとリリに甘えるんだよ。

僕のお姫様が今日も健やかに過ごせますように。

愛してるよ。

ローゼお父様より』


手紙の最後はいつもこんな調子だ。

話すときはもう少し遠回しでキザっぽい表現を好むが、手紙では読みやすさに配慮してど直球である。


辞書を片手に私はなんとか手紙を解読した後は達成感に包まれる。

しかし、達成感に長く浸っているわけにもいかない。

忘れないうちに早く返事を書かなければ。

もう一度、分厚い辞書をめくって読み返すなどごめんである。


私もまずはローゼの手紙の感想から入る。


『お父様へ

お手紙ありがとうございます。

おじさまはおもしろい人です。

会ってみたいです。』


相変わらず書くのは下手だ。

一文字書くのにすごく時間がかかるし、文章は不自然になってしまう。

これでも単語しか書けなかった以前よりはかなりマシなのだが。


『ローゼの弟もいますか?

いるなら会ってみたいです。』


……なんか間違ってる気がするな。

けれど、ここで止まったら1日かかっても終わらない。

まあ、ローゼの解読能力に期待しよう。

きっと彼ならわかってくれるはず。


『おひるごはんは庭園でたべます。

リリはこどもは外にでないとよくないと言います。

その後、さんぽをします。

バイオラさんも共にです。

木にのぼろうと言うとダメですと言われます。

走るのもダメです。

こどもは運動もしないとよくないです。私は思います。』


よし、本文終わり。

前回は朝食のことを書いたので、今回は昼食のことを書いてみる。

多分たくさん間違えているけれど、ここでは深く考えないこととする。

書くので精一杯なのだ。

考えるのは読み手のローゼにやってもらおう。


『私もローゼに会いたいです。

お返事待ってます。

マリアより』


結びはいつも同じような文章なのでスムーズだ。

私はいちおう文章を読み返す。

うん。私にはとても読みやすい手紙だ。

他の人がどう思うかは分からないけれど。


インクが乾くまで少し待つ。

ただでさえ読みにくい文字が滲んでしまったら、本当に読めなくなってしまう。

十分に乾いたことを確認したら、便箋の角を合わせて慎重に二つ折りにする。

それを封筒にきっちり入れると、タイミングを見てリリのところへ持っていく。


「できました!」

「ええ。ではこちらへ。」


リリは私をひょいと抱えると自分の膝の上に乗せる。

バイオラさんが熱したろうを封筒のフタの上に垂らした。

スタンプを持った私の手にリリの手が添えられる。

ろうの上にギュッとスタンプを押し付けると、ブーケット家の家紋が写し取られた。


これはこの国で印鑑のような役割を果たすらしい。

家紋の形と色で誰からの手紙かということがだいたい分かるようになっている。

薄緑の紋章は子供ということ。

つまりこの封を見れば、ブーケット家の子供からの手紙だということが一発で分かるのだ。


また、一度封筒を開くと形が崩れることから、誰にも封を切られていないという証明にもなるそうだ。

そういえば前世でも、こういう立体的なシールが手紙の封として使われていたイメージがある。

あれはこうして作られていたのか、と私は現世になってようやく知った。


「上手ですね。マリア。」

「ほとんどリリのさじ加減では?」


感心した様子で褒めてくるリリに私は冷めた目を向けてしまう。

これはろうが冷める前に素早く一発でキメなければならない、難しい作業だ。

確かにスタンプを持っているのは私だが、90%はリリの力加減によって成功している。

そして残りの10%はバイオラさんのろうの熱し具合と垂らし方が上手いおかげだ。


「私はお手伝いをしただけです。心を込めたのはマリアでしょう?」

「そうみえますか?」


そんな大層なものを込めたつもりはないんだが。

私はただ、どうせやるなら最後まで手を加えたいだけだ。

自己満足もいいところである。


「ええ。手紙を書いている様子だけで、ローゼのことを大切に思っていることがわかります。こんなに娘に思われて、ローゼは幸せな父親ですね。」


リリに微笑ましいものを見るような顔をされる。


ふん。

どうせ私はファザコンですよ。

しかも手紙を書いているだけでバレるような根の深いやつですが、何か?

言っておくけど、リリに手紙を書いたときも同じ顔をしていた自信があるからな!



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