メロメロな子煩悩
「緊張しているの?体がこわばってるよ。」
ロゼッタさんが微笑む。
なぜ彼が私の体のこわばりを感じ取ることができるのかといえば、抱っこされているからだ。
片腕に座らせて彼の胸にもたれかかるように抱っこされている。
幼女とはいえ片手で支えるとか筋力が半端ないと思う。
「緊張しますよ!いきなり領主様に挨拶なんて!しかもロゼッタさんは私をおろしてくれないし!」
この世界は本当に、ガチで、半端なく、女の子を大事にするらしい。
私が女の子だとわかった瞬間、彼は私を歩かせようとしなくなった。
「ロゼッタさんなんて他人行儀な!君の父親になるのだから気楽にローゼと呼んでよ。」
「はいはい、ブーケット様。せめて挨拶をするときには絶対におろしてくださいね。」
ツンと突き放してみてもかわいいかわいい、と頭を撫でられる。
もうすでに娘にメロメロな父親みたいだ。
「さあ、ついたよ。緊張しなくても大丈夫。リリは穏やかで優しい男だからね。」
ロゼッタさんはそう言って扉を3回ノックする。
「どうぞ。」
重厚な扉の奥から澄んだ声が聞こえる。
ロゼッタさんはためらいなく扉を開けると相変わらず私を抱っこしたまま部屋の中に入った。
部屋は壁一面、本棚で覆われていて中央にはたくさんの書類が積み重ねられた机があった。
いかにも書斎といった雰囲気の飾り気のない部屋であるが、相変わらず家具は高そうだ。
「やあ、リリ。元気かい?相変わらず忙しそうだね。」
「ええ、ローゼ。ちょうど代わり映えしない仕事に辟易していたところです。どういったご用件で?」
机の上の書類から顔を上げた男は吸い込まれそうなヘーゼルの瞳をこちらに向けた。
ロゼッタさんのような華やかな美形ではないが、彼もまた整った顔をしている。
この世界の男は美形しかいないのだろうか。
「この子を養子にしたいんだ。」
ロゼッタさんは私を地面におろすと、挨拶を促すように私を見て穏やかに微笑んだ。
「はじめまして、お邪魔しております。ロゼッタさんには庭で迷っているところを助けていただきました。行く宛がないためロゼッタさんにお世話になりたいとおもっています。」
この世界のマナーなんてさっぱりわからないが、持てる知識で精一杯挨拶をする。
「これはこれは。丁寧な挨拶をありがとうございます。私はブーケット領、領主のリリー・ブーケットです。」
領主様は穏やかな笑みを浮かべながら、子供の私にもしっかりと挨拶をしてくれた。
ロゼッタさんに聞いていたとおりの優しそうな人だ。
「ああ、君は本当にいい子だね。こんなにおりこうに挨拶ができるなんて、さすがだ!」
ロゼッタさんは感極まったように私の頭を撫でる。
「ふふ。養子にしたいなんて言いながら、ローゼはもう子煩悩な父親みたいになっていますね。では、詳しい話はお茶でも飲みながらしましょうか。」