人は見かけによるときもある
ローゼがいない日常はリリのどアップで始まる。
「マリア、朝ですよ。」
「んー…。」
父親の穏やかな声が聞こえて薄っすらと目を開けた。
すると鼻がぶつかるのではないかというくらいの距離にリリの顔がある。
例によって1人で眠れないヘタレ幼女は、今はリリと一緒に寝てもらっているのだ。
そしてリリはローゼより起床時間が遅いので、私もなんとか起きられることが多い。
「おはようございます、マリア。眠そうな顔も可愛らしいですね。」
嘘つけ。
私は今、リリの顔にピントを合わせるために寄り目になっているのだ。
さすがに近すぎるのでリリから少し距離を取ろうとする。
しかし、彼は遠ざかった分よりさらに近付くと頬にキスをしてきた。
「昨日はよく眠れましたか?」
「おはようございます。ぐっすり眠れましたよ。」
「それは良かった。」
私もリリの頬へ挨拶を返すと彼はふわりと微笑んだ。
リリは起き上がってヘッドボードに背を預けるとサイドテーブルに置かれた桶に手をのばす。
そこには顔を拭くための濡れタオルが入っている。
いつも使っているもので、ミントっぽい爽やかな香りがかすかにするのだ。
私も布団から這い出てリリの長い足をまたいで手をのばすが、届く前にリリに阻まれた。
「なんで?」
「ベッドから落ちたら大変でしょう?」
さすがの幼女の体もそこまで制御不能じゃないんだけど、と不満に思って脱走を試みるがまあ無理だった。
腕の長さは足の長さに比例するのである。
リリは私を捕まえたまま、私の顔をタオルでそっと拭ってしまう。
後はもう、髪を手ぐしでとかしてベッドから降りるまですべてリリによる全自動だ。
リリの寝室には小さなテーブルが運び込まれ、その上には美味しそうな朝食が用意されていた。
前世で言うホテルのルームサービスみたいな感じである。
リリはダイニングルームまで行かずにこうやって手軽に朝食を済ませるのが好きらしい。
寝室に朝食を準備させるなんて、手軽どころか究極の贅沢のような気がするのは私だけだろうか。
正直、私が最近すんなり起きられるのは、美味しそうな匂いに釣られている部分もあると思う。
「こうして考えると、ローゼの方が何でもキッチリしたいタイプだったんですね。」
ローゼの場合、私を起こすときにはもう自分の支度は終えていて、私が朝食を摂る前にドレスを着せて髪を結ってくれていた。
性格と口調のせいか、リリの方がルールやマナーに厳格そうに見えるが実際はそうでもない。
「ええ。彼は外見だけでなく、在り方や振る舞いまで常に洗練されていますね。彼に惹かれる女性が今でも後を絶たないのも頷けます。」
自分だってパンのちぎり方まで洗練されたお貴族様であるリリはジャムを塗って私に差し出してくる。
「ええ?ローゼって今でもモテモテなんですか?」
私はその手をグイグイとリリの方に押し戻す。
「それはもう。今でも社交界から帰ると恋文が山のように届きます。そもそも女性が手紙を贈ること自体、稀なのですが。」
リリが不意に口を開けたので、私がリリの手を使ってあーんしたみたいになってしまった。
「……これ逆に恥ずかしいような?」
「私はどちらにしろ幸せです。」
呆然とする私をよそに、リリはせっせとパンをちぎっては私の口に運んでいた。




