恋多き人々3
遠ざかる馬車を見送る。
我が家の外務担当は娘のいってらっしゃいに過剰反応した後、爽やかに旅立っていった。
本格的に夏が始まる前にあの暑苦しいポエムを聞かなくて済むなんて、世の中上手くできているものだ。
「ああ、マリア。ローゼの前では泣くのを我慢していたのですね。」
「うぅ、うぇ。ぐすっ……。」
しまった。
寂しさから思いっきり目をそむけたのに、幼女の体が絶えきれなかったようだ。
制御不能な涙腺が勝手に緩んで、目からボロボロと涙をこぼす。
ローゼの仕事は以前から聞かされていたが、精神年齢が高めの私は仕事ならしょうがないと割り切れていた。
しかし、いざ別れを前にするとだんだん幼女の本能が優勢になり、エントランスに来たあたりから気分は沈んでいたのだ。
「よしよし。マリアは良い子ですね。思いやりのある、優しい子です。」
リリは私を抱っこして、あやすように背中をトントンする。
ギュッと胸元に引き寄せて、私の泣き顔を誰からも隠してしまう。
穏やかな空気が私を包み込んで、荒ぶっていた気持ちが凪いでくる。
「すみません。リリの服が濡れてしまいました。」
私を受け止めた胸元に、涙の跡がついている。
そっと顔を上げると、リリの瞳が注意深く私を観察していた。
「構いません。それより気分はどうですか?少しは落ち着きましたか?」
当然のようにハンカチを取り出して私の顔をそっと拭う。
あまりに丁寧に拭うので、子供の繊細な神経がくすぐったさを覚える。
「リリ、くすぐったいです。もっと普通に拭いてください。」
私が身を捩るようにして笑うと、ようやくリリは安心したように微笑んだ。
「……………………て、天使?」
「え?」
これまで黙り込んでいたアザレアさんが聞き慣れない言葉をつぶやく。
私のお父様、オネェっぽい上に天使とか見える系の人なの?
キャラ濃いな。
「ちょっとリリ。どういうふうに育てたら娘がこんないい子に育つのよ。今すぐ教育本を書くべきだわ。」
アザレアさんはリリにグイグイと近づく。
リリに抱っこされている私は美人の真顔は怖いということを身を持って実感するはめになった。
「マリアは出会ったときから大人びていました。私達が教えることなどないほどに。」
私が大人びているのは教育のおかげではなく前世の記憶のおかげだ。
ゆえに参考にすることはできない。
「違うわよ。年の割に良い子とかそういうことを言ってるんじゃないわ。女のくせに生意気じゃなくて、わがままじゃなくて、いじらしくて、慎ましい性格のことを言ってるの。困らせないように笑顔で見送って後で泣くなんて気遣い、大人の女でもできないわよ!」
アザレアさんは早口でまくしたてると、精神安定のために私の頬を揉みしだく。
やっぱりこの人ツンデレだと思う。
この世界で目覚めてから砂糖漬けのような毎日だったので、彼のツンとしたスパイスが丁度いい。
「抵抗しなさいよ!」
「何をしているのですか、アザリー。やめてください。」
私ではなく、リリがアザレアさんから一歩遠のくことで私の頬は彼の手から逃れる。
「ちょっと現実が受け入れられないのよ。あなたたち、とうとう理想の女を育てて後で娶る気なんじゃないの?こじれすぎて頭おかしくなったのね。」
アザレアさんはガシガシと頭をかく。
無造作ヘアがもはや無造作の許容範囲をこえてボサボサ頭になった。
「全く違います。私達の娘は最初から天使のような慈愛に満ちた性格だったのです。むしろあまりに良い子だと拐われてしまいそうなので、少しわがままになるようにお願いしているくらいです。」
そうですよね?と言わんばかりに私をいい笑顔で見てくる。
ええ、私はそう言われてもちっとも態度を変えずに天然そのもので生きてますとも。
私は個性を尊重するタイプなのだ。
「確かにそれもそうね。父親としてはこんなにかわいい娘だとむしろ心配だもの。疑って悪かったわ。」
「私ってそんなに変わってますか?」
ツンデレオネエなお父様でもそんな発言をするほど常軌を逸した娘なのだろうか。
日々の会話から察するに、この世界の女性はかなりわがままらしいが、私だって転生してからはかなり言いたいことは言うようになったと思う。
文化の違いに適応しているつもりなのだが、そんな幼女の努力を無駄だとおっしゃるのか?
「自覚ないのね。」
彼は私の様子に脱力すると乱れた髪を手ぐしでとかす。
少し落ち着いたのか、今度はなにか思案するような顔になった。
「……そうだ、いっそのこと普通の女を見てみれば少しは自分の異常性を理解できるんじゃないかしら?」
アザレアさんはずずいっ、と近づいてひらめいたとばかりに顔を輝かせる。
可愛いかよ。
可愛いは正義とはよくいったもので、私はせっかくの努力を思い切り否定されても悟りを開いたように穏やかな気持ちでいられた。




