恋多き人々2
いつもはおはようからおやすみまで私のお世話をしてくれているローゼだが、彼にも仕事というものがある。
いつも領地の仕事をこなすリリとは対象的に、彼の場合は一気に仕事をして一気に休む。
その一気に仕事をするときが今日から始まるのである。
貴族なら避けては通れぬ、他領とのコネの作り時。
そう、社交界シーズンだ。
「ねえ、やっぱりマリアを連れて行ったらだめかい?」
「だめに決まっています。あなたが仕事をしている間、ずっと1人で留守番をさせることになるのですよ?絶対にいけません。」
リリは留守番に悪い思い出でもあるのか、ローゼの要求をいつになく強い口調で断る。
私達はローゼを見送るためにエントランスに来ていた。
外には馬車がつけられていて、使用人たちが荷物を運び込んでいる。
まだ出発までには時間があるようで、私達はエントランスに無造作に置かれたソファに座って別れを惜しんだ。
「はあ、マリア。こっちに来てよく顔を見せて。」
ローゼは私を膝の上に横向きにのせた。
日本人としてはソファに靴が乗ることがすごく気になる。
それ以前にこの屋敷の家具はすごく高そうなのだ。
「靴を脱いでもいいですか?」
「ああ、本当にこんな可愛い娘を置いて仕事に行かなければならないなんて。」
「だから、靴を……。」
「まだ、マリアとは3ヶ月くらいしか一緒にいないのに、これでは離れている時間の方が長くなってしまうよ。」
「……もう勝手に脱ぎます。」
身を丸めて小さい足に見合う小さい靴を脱ごうとする。
丸っこいツルッとしたローファーはぱっちんとボタンを外せばすぐ脱げるのだが、なにせ幼女なのでなかなか上手くできない。
もたもたしているうちにローゼの大きな手がさっさと靴を脱がせてしまった。
「プレゼントは上手く渡せたかい?」
「……いちおうは。」
渡してすぐ逃げたけど。
でもお伺いを立てたし、お礼も言ったので良しとしよう。
「手紙にはなんて書いたの?」
「まだ気にしてたんですか!?」
本当に何がそんなに気になるのだ。
たかだか数行の手紙である。
彼は私のハンドライティングのレベルを知っているだろうに。
「はあ。僕が仕事でいない間、手紙を贈ってくれるかい?」
「それはもちろんいいですよ。」
「きっとどんどん文字が上手になるんだろうな。はあ。君の成長を近くで見れないなんて。」
「自分で言い出して勝手に落ち込むのはやめてください。」
「僕がいない間、成長しないで。」
「無理に決まっています。」
子供の成長は速いとよく言うではないか。
まあ、私は精神年齢が高いので純粋な子供ほど成長するかはわからないが。
「ローゼ、荷物が詰め終わったようです。」
「ああ。あと1年くらい終わらなくていいのに。」
「シャキッとしなさい。この家の評判はあなたにかかっているのよ。」
こうしてみると本当に妙な世界に生まれたものだ。
この3人が全員、父親だなんて。
「いってらっしゃい、お父様。お仕事頑張ってください。」
月並みな表現で激励すると、ローゼは感激した様子で私を大げさに褒め称えた。