10人に1人でした
「そんなに屋敷の中が珍しいかい?」
ローテーブルを挟んで正面に座るロゼッタさんがくすくすと笑う。
「あ、いえ。あ、はい。」
笑われてすこし恥ずかしく思いながら、しかしキョロキョロと辺りを見回すことをやめることができない。
そもそも庭に巨大きのこを生やしている時点で気づくべきだったのだ。
この屋敷がとんでもなく大きくて金がかかっていることに。
まず屋敷の中にたどり着くまでに馬を使わなければならないほど庭が広かった。
屋敷の外観は中世ヨーロッパのお城のような豪華絢爛な様子で、コの字型の建物だった。
中に入るとこれまた華美な装飾がされた広い廊下が続いており、下にはふかふかの絨毯が敷かれていた。
そしてようやく案内されたのが、この青と金を基調としたこれまた豪華で美しい部屋だったのだ。
「まずは、君の名前と保護者の特徴を教えてくれるかい?情報を集めるのに必要だからね。」
まあ、そうなるよね。どうしよう。
保護者の特徴どころか自分の名前もわからないなんて言ったらどうなるのだろう。
見たところロゼッタさんは子供に目線を合わせて話してくれるような良い人だし、経済的余裕もある大人のようだ。
しかし、バカ正直に異世界から転生したみたいなんです、と言うわけにもいかない。
ここは王道の記憶喪失みたいなんです、というセリフでいくか?
でも、記憶喪失と宣言することは自分が知識的に圧倒的弱者であることをさらけ出すようなものだ。見ず知らずの人をそこまで信用してもいいのだろうか。
「ああ、見ず知らずの人に名前を教えるわけにはいかないか。そうだな。ブーケット家はこの辺りの領主の家だよ。僕はこの街の領主であるリリー・ブーケットの妻の夫の1人なんだ。だから、ブーケットを名乗っているよ。見ての通りお金には困っていないし、君がどんな出生であれ、急に放り出したりしない。保護者が見つかるまできちんと生活の保証をするよ。これで信用してもらえるかな?」
サファイアのような青い瞳が信用してくれと訴えてくる。
まさか領主の家だったとは。
どうりで豪華なはずである。
信用、してみようかな。
とりあえず異世界のことはふせて記憶が曖昧なことだけ話そう。
「あの、信用します。だけど私、自分の名前がわからないんです。本当は保護者が一緒にいたかもわからなくて……。気づいたらあのきのこのところにいたんです。それ以外はほとんど覚えていません。」
途端にロゼッタさんの顔が悲痛そうに歪む。
「そんな……。では両親の名前も?もしかして家族がいたかすらわからないのかな?」
「はい。」
「ああ。そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ。だったら思い出すまでこの屋敷に住めば良いんだから。なんなら、僕の息子になるかい?」
ロゼッタさんの懐が大きすぎて、笑ってしまう。
なんだ、心配して損した。
「あはは!それもいいかもしれません。まぁ、私は女なので正確には娘ですが。」
「え?」
それまで滑らかに話していたロゼッタさんが急に止まる。
麗しい顔も笑顔のまま固まっている。
なんだろう。息子はいいけど娘はだめとか?
「あ、あの。なんでもないです。女だとだめなら男のふりしますから。あの、見捨てないで……。」
余計なこと言わずに頷いておけばよかった。
ロゼッタさんはうつむいてしまって表情がよく見えない。
ああ、記憶喪失と言われてもすんなり受け入れてくれるような人がこんなふうになるなんて、そんなにまずいことを言ったのだろうか。
「み、見捨てるなんてとんでもない!それより君は今すぐ僕の娘にならなくてはだめだ。女の子をあんな場所で1人で放置するなんて信じられない!あげく記憶がおぼろげになるほどの精神的ショックを与えるなんて。女の子は真綿でくるむように大切に育てるものなのに!」
ロゼッタさんは勢いよく顔を上げて勢いよく喋りだした。
「そ、そんなに丁重に扱わなくても。普通でいいです。普通で。」
真綿ってなんだ。
この世界の女性はそんなにか弱いのか?
「普通だって!?女の子はめったに生まれないのだから大切にするのは当たり前だろう?悪いことは言わない。君の保護者とは縁を切って僕の娘になるんだ。」
「え?女の子がめったに生まれない?」
「ああ、そうか。そういうことも忘れてしまったんだね。数十年前から、極端に子供が生まれにくくなったのだけど、その中でも女の子は10人に1人しか生まれないと言われているんだよ。しかも出生率は今も年々減り続けている。だから、君のような10歳にも満たない女の子はとっても大切にされるはずなんだ。間違っても、人の家の庭に置き去りにするようなミス犯すはずない。」
「じ、10人に1人って……本当ですか?」
「本当だよ。とにかく、君のような女の子が保護者がいない状態は問題だから一刻も早く僕の娘になってくれ。」