貴族≠パリピ7
リリがパーティーから戻ってきた。
「あ、リリ。おかえりなさい。」
「ええ、ただいま戻りました。……ではなく、今何が起こっていましたか?」
「え?」
「私の見間違いでなければ、ヴィオが手ずから食べさせていたような……?」
これは、気付いたときには何度か食べさせられた後で、断るに断れなくなってしまったのだ。
餌付けは私がパーティー観察に飽きてお茶会が終わってからも定期的に続いていた。
そこにタイミング悪くリリが鉢合わせたのである。
「なにか問題があるのですか。」
バイオラさんは戸惑う上司を不思議そうに眺める。
「……マリアは人から食べさせてもらうのが嫌いなのです。」
「別に嫌いというほどではないです。」
必要性がないから断っていただけだ。
「!?ではなぜあれほど拒んでいたのですか?」
「親ばかが行き過ぎて暴走してるのかと……。」
リリは私の言い分にがっくりとうなだれた。
「いいえ、お嬢様。男性が女性に手ずから食べさせるのはこの国の習慣の一つです。もちろん苦手なら断っても構いませんが。」
バイオラさんはうなだれる上司に助け舟を出した。
やっぱりそうだったのか。
ごめんよ、お父様たち。
「はぁ。マリアは世間知らずで思い込みが激しいところがあるのです。変なことで騒いですみません、ヴィオ。なにか問題はありませんでしたか?」
リリは頭痛を払いのけるように頭を振った。
「いえ。お嬢様はとてもお行儀よくしていらっしゃいました。心配になるほどに。」
「それがマリアですから、心配ありません。今日はよくやってくれましたね。ありがとうございました。」
バイオラさん、無表情でそんなことを思っていたのか。
リリの言う通り大人しいのは通常営業だ。
安心してほしい。
「では、本日はこれで失礼いたします。」
「今日はありがとうございました。」
私の言葉にバイオラさんの綺麗なお辞儀がピタリと止まった。
彼はゆっくりと顔を上げると私の方に向き直る。
「僭越ながら、お嬢様。このように些細なことで感謝を伝えてはいけません。妙な勘違いをした男に、拐われてしまうかもしれませんから。」
「ヴィオ、それをやったらクビどころでは済ましませんよ。」
「私のことではなく、世間一般の話です。では、失礼いたします。」
無表情から飛び出た衝撃的な言葉に、一瞬脳が拒否反応を起こす。
その間上司と部下の会話がポンポンと弾み、気付いたら扉がゆっくりと閉まっているところだった。
遠ざかる背中を見送りながら、言われた言葉を反芻する。
「このお菓子、強いお酒でも入っていたのでしょうか。」
「いいえ、マリア。あれが世間一般の男がマリアに抱く感想です。」
リリは大きなため息を吐いた。
私をぬいぐるみのように持ち上げて、そのままソファに仰向けに寝る。
自動的に私はリリのお腹の上にうつ伏せになった。
「服がシワになるのでは?」
「構いません。」
「リリの正装、似合っているのにもったいないです。」
「私は見目が地味なので、服に着られているようではありませんか?」
私はリリの卑屈な態度にびっくりしてしまう。
どうやらとても疲れているようだ。
パーティーで神経をすり減らした上に、私が調子を狂わせたからだろう。
「そんなことありません!どんな服を着ていても、リリの吸い込まれるような神秘的な瞳は霞むことがありません!って、何を言わせるんですか!」
やばい。
罪悪感からいつも心の中で思っていたポエミーなことを口走ってしまった。
いつも父親たちのキザなセリフに文句を言っているくせに、こんなことが口から飛び出すなんて人のことを言えない。
「……。」
「ごめんなさい。変なことを言いました。今の言葉は恥ずかしいので忘れてください。いえ、リリの目が好きなのは本当ですけど。」
リリは驚きで目を見開いたまま黙っている。
たっぷり15秒間の沈黙の後、リリはようやく口を開いた。
「忘れません。忘れられませんよ、マリア。素敵な言葉をありがとうございます。」




