貴族≠パリピ2
初夏の間は焦げ茶色の家具とモスグリーンの装飾で統一された、この屋敷にしては落ち着いた内装の部屋である。
リリが客間として使っている部屋だ。
部屋の奥にはベッドがあり、手前にはローテーブルとソファ、カウチなどが並んでいる。
私は女王様が寝そべるような横長のカウチに座ったリリの上に座らされた。
お腹には彼の腕がシートベルトのように巻き付いている。
リリは偉いのだから椅子と一体化したりしないでほしい。
「マリア、あのコマを右に動かしていただけますか?」
「はい。」
結局、私が誘った後すぐにボードゲームをやることになった。
コマを動かして遊ぶこのゲームはチェスに似ていて、初心者には難しい代物だった。
一応ルールは教えてもらったが、試しに私一人でやってみると3手でリリに負けたのだ。
そんなわけで私はリリの言うとおりにコマを動かす係になった。
コマはクリスタルのような素材でできていて、一体このゲームセット一式でいくらするんだろうと思う。
幼女には少し重みがあるそれを動かすのは、大事なお仕事なのだ。きっと。うん。
「それにしても、パーティーを控えて気落ちするなんて、君は相変わらず難儀な男だね。」
ローゼはコマを動かしながらからかうように笑った。
「ええ、お恥ずかしい限りです。」
リリは憂いを帯びた表情で目を伏せる。
「どうしてパーティーが嫌いなんですか?」
「会いたくない人と会わなければならないから、ですね。大人のくせに情けないことです。」
「大人は大変ですね。」
この穏やかなリリが会いたくない人とは誰だろう。
貴族の世界はやっぱり陰謀とかが渦巻いていて大変なんだろうか。
リリの指示を聞きながらぼんやりと考える。
しばらく部屋にはコマが盤上を叩くコツ、コツという音だけが響いた。
そういえばリリの誕生日と聞いてから、ずっと気になっていたことがある。
「誕生日パーティーにはお母様も来るんですか?」
いつまで経ってもお母様らしき人を見かけないので、聞くに聞けなかった話題だ。
別居中だとしてもさすがに夫の誕生日パーティーには来るのではないだろうか。
「あ、僕が勝ってしまったよ。」
唐突にローゼが盤上を示す。
何の話かと思えばいつの間にかローゼのコマが私達のコマを蹴散らしていた。
「ええ?ローゼが勝ってどうするんですか?」
リリを元気づけようとして始めたことなのに、あなたが勝ってどうする。
好きだというくらいだし、てっきりリリが一番強いのだと思っていた。
「ふふ。マリア。ローゼはこういったゲームがとても上手ですから、仕方ありませんよ。彼の手にかかれば勝つのはおろか、相手に手を抜いたことを悟られずに意図的に負けることだってできるのです。」
「……もしかしてローゼがボードゲームって言い出したのは、自分がやりたかったからですか?」
「まあ確かにボードゲームはリリよりも僕の分野だね。でも、リリだって嫌いではないと思うよ。それにマリアがリリのために何かしてようと張り切っていたから思わず言っちゃったんだ。」
リリのためにと張り切って、結果的に見当違いのことをしていたようだ。
やっぱり私は穀潰しの悪い幼女である。
おまけにおせっかいで人騒がせな子供なのだ。
しょぼくれているとお腹にあった手が頭の上に移動してきてナデナデされる。
「いいんですよ、マリア。楽しかったですから。それにいい作戦を思いついたんです。これを使えば初めてローゼに勝てるかもしれません。」
リリは私の耳にヒソヒソと耳打ちをしてくる。
「わかりました。やってみます。」
私とリリは顔を見合わせて頷いた。
気分はすっかり共犯者である。
私はリリの膝から降りて余裕の笑みを浮かべているローゼに近づく。
「お父様、大好き!」
私はボスっとローゼの胸に飛び込んでギューッと抱きつく。
「なっ!」
「ふふふ。どうですかローゼ。こんなかわいい愛娘に甘えられながら、いつものように冷静な判断ができますか?」
私のこんなにあからさまな態度に目に見えて混乱しているローゼがチョロすぎて少し心配だ。
しかし、私は任務を遂行するべく媚を売り続ける。
リリはそんな私達を見て、やっぱり優しい笑みを浮かべていた。