Ep6:成長
突然ですが時間、ぶっ飛びます。
ごめんなさい、六歳とか書けなかった…!
今後大分話の方向性が変ります。具体的に言うと学園もの?
流行モノは全部入れちゃえ的な方針ですので(^^)
「…て…さい…ル様……」
弱く、優しく誰かが体を揺さぶる。
起こそうとしているのだろうが、その揺れはちょうど揺り籠のごとく眠りへと誘っていく。
「あと…10分……」
「もぅ、そんなこと言ってハル様、起きてくださったことないじゃないですか……」
「うん…今日こそは……」
寝ぼけ眼をこすりながら、しかし尚も眠り続けようとする俺を見て、メイカさんがため息を吐くのが聞こえた。
「そうですね…今日こそは、わたくしの愛のお仕置きを受けていただきましょうか」
そっと、メイカさんの細い指が俺の頬を撫でた。
産毛が逆立つような奇妙な感覚。
「め、メイカさん?」
「はい?」
ぼやける視界の向こうで、メイカさんの妖艶な笑みが見える。
「…な、なにを…」
「さぁ…?」
メイカさんが俺に顔を近づけ、耳元で囁く。
「なんでしょうね…?」
貞操防衛本能が警鐘を鳴らす。
そんなとき、
「なんでしょうね…、じゃないですよこのすっとこエロメイド!!」
クロアの怒鳴り声が、妖しげなピンク空間を切り裂いた。
「エル=フレア!!」
クロアがスキルを唱えると、突如として空間に業火が現れ一直線に俺に向かって空を翔る。
「て俺ぇ!?」
叫ぶ俺の前に
「あらあら、危ない危ない」と余裕綽々なメイカさんがスキルを唱えて魔法防壁を張る。
「あ、ありがとう、メイカさん」
お礼を言うと、メイカさんに微笑みながら「いえ、ハル様のためですもの」と返された。
「う、うぅ〜!!」
クロアが不満そうに唸る。
「メイカっ!」
「はい、何でしょうお嬢様」
「ハルは私が起こすって何度も言っているでしょう!?」
「でしたらお嬢様、早起きをしていただかないと」
「うっ…」
メイカさんのその言葉に顔をひきつらせるクロア。
まぁ、早起きなんて彼女には無理だろう。
こないだ起こしにいって殺されかけたのは記憶に新しい。
この時間に起きてるのだって随分頑張ったと思う。
「と、とにかく今後貴方がハルを起こすのは禁じます!」
「…ハル様は、どちらがお好みでしょうか」
「え?」
ベッドの上でぼけっとしていた俺に突然話が振られる。
「わたくしと、お嬢様。朝の目覚めはどちらがよろしいでしょうか、とお尋ねいたしました」
メイカさんの茶色い瞳が俺を見る。
「んー…」
正直、どっちでもいい。
クロアが起こしに来るとうるさい代わりに一発で起きれるし、メイカさんだと優しくけどこういうトラブルが絶えない。
だから俺は正直に
「どっちでも」と言った。
クロアのキラキラ輝く瞳に気づかずに。
「あ」
しまった、と気付いたときにはもう遅い。
脳裏に、昔優奈によく言われた言葉がよぎる。
『アンタ本当に女心が分かってないわね!』
なぁ、優奈。
どうやったら女心って分かるのかな?
「………」
バリバリと音を立ててクロアの右手に光が集まる。
アレは魔法じゃない。単純に魔力をエネルギー化して放つだけの力業。
しかしアレがクロアの十八番で、一番強力なのを俺はすでに知っている。
「クロア、待て。違うんだ」
「言い訳なんて聞きたくない…」
「言い訳とかじゃなくて、一旦落ち着け!今この状況で一番誰が得をしているか知ってるか!?」
「……」
キッ、とクロアの視線が俺を貫く。
「貴方に…」
光の明るさが最高潮に達した。
あぁ、俺はまた言い訳を間違ったらしい。
チラッとクロアの横を見る。
「もぅ…可愛すぎですお嬢様…」
そこではツンデレ萌の腐ったメイドが鼻血を垂らして喜んでいた。
俺に対するデレが、全部これを見るための布石なのだから納得行かない。
「決まってるでしょ…」
クロアの準備が整った。
後俺に出来るのは祈ることだけ。
コッチの女神と同じ名前らしい優奈を思い浮かべ、心の中で唱える。
(死にませんように)
「このスケコマシーーーッッ!!!!!」
俺がコッチに来てから5年目の記念すべき朝はこうして幕を開けたのだった。
「いやぁ、めでたいな。今日でハルも12歳か」
「11歳です、パパ」
「は、ははは……」
12歳どころか本当なら22歳なんだが…。コッチに来たのが6歳という設定にしておいたので、一応コッチの世界では11歳ということになる。
コッチの俺……記憶喪失の少年。覚えていたのは名前だけで、自分がどこ出身なのかも分からない。
故に誕生日も便宜上、ガイに拾われた日ということになっているが…。
クロアは恐らくそれを本当に信じている。
疑うこともしていないだろう。彼女の場合、本当に6歳の幼い頃から一緒に居る幼馴染なのだから。
だけど…。
(さすがに、ガイはなぁ…)
朝食にメイカさんが入れてくれたフェアリーフの紅茶を飲みながらガイを見る。
アルノード軍陸戦部隊所属、ガイアス少将…じゃなくて、こないだ昇進したから中将。
知と武を兼ね備えた稀代の名将として名高い歴戦の猛者だ。
たかだか俺程度の嘘を、五年もの年月の間見抜けていないはずがない。
(だけど黙認)
軍に突き出す様子もないし、それどころか無償で俺を息子のように養っている。
そりゃ、人の一人や二人、遊び半分で飼ったってなんら支障の無い富を持っているが、かといって金を無為にばら撒く趣味は無い。
ガイは分かった上で、全てを黙認している。
(その裏に何の意図が、策略があるのかはしらない)
あったとしても、俺には見抜けないだろう。
だけど、それでいいと俺は思っている。
身元も分からないどころか、言葉すら分からない俺をかくまってくれた。
娘と仲良くなるのを受け入れ、言葉を、武術を俺に教えてくれた。
10歳になる前から、アッチの俺の家族は崩壊していたから…。
ガイは、俺にとって本当の父親のようだ。
「ハル?なにぼぉっとしてるの?」
「え?」
「ハル様、早くお食べにならないと、目玉焼きが…あぁ、もうないですね」
「えぇ!?」
「しょくじひゅうにぼへっとしへるおまへはわるひ(食事中にぼけっとしてるお前が悪い)」
口をもごもごさせながらガイが言う。
「ちょ、俺まだ一口も食べてなかったのに!」
「しょくじはへんほうだ!!(食事は戦争だ!!)」
「何言ってるか分かんないし!!」
「パパ、口に物入れながら話さないで下さい」
「うむ…」
「うぁぁ…俺の目玉焼き…」
「ハルも、食事中に考え事は良くないわよ」
「うむむ…」
二人して唸る俺らにクロアが「まったく…」と呆れたようにため息をつく。
「ま、食事はもういいや。ガイ、早く稽古しよう!!」
俺が椅子から立ち上がってガイの腕を引っ張り、催促する。
もはや日課となった武術訓練。アッチの世界でも空手はやっていたが、コッチの世界の武術はそれとは段違いで楽しい。
アルノード帝国は強大な国だけど、戦争は未だ耐えないので武術は大きな意味を持つ。
だからか、空手よりもよっぽど実戦的だ。
それに、ガイが教えるのは軍式武術でより合理化されていて美しい武術だ。
ガイが休みの日には直接稽古を付けてくれるから、すごく楽しい。
「あ。ズルイ!パパ、私もやります!」
抜け駆けは許さない、といった感じでクロアも立ち上がる。
「わ、分かった。分かったから。ったく、お前らは本当に稽古が好きだな。少し好戦的すぎる気がしてパパは心配だ…」
「御託はいいから、ほら!」
「行きますわよ、パパ!」
「あー、まだ紅茶飲んでないのに…」
俺ら二人と、腕を抱えられて連れ去られるガイを見ながら、メイカさんが「いってらっしゃいませ」といって頭を下げる。
「「いってきます!」」
コッチの世界に来て5年。
俺は、この日常を愛していた。
「っはぁぁぁぁ!!!」
ヒュンと空を切り裂いて、頭の数ミリ上をクロアが振りかぶるバトルアックスが過ぎていく。
数本の髪がはらりと宙を舞うのを視界の端に捉えながら、斧の重さに態勢を崩すクロアの懐へと一歩で踏み込む。
今回俺に与えられた獲物はジャガーナイフを二本。それだけ。
斧に対して重さも、威力も、リーチも足りなさ過ぎる。
『男女差を考慮してな』とガイは言ったが、いくらなんでもひどすぎる。
それに、その言葉がクロアのプライドを傷つけたのか、ガイが居るから張り切っているのか、今日のクロアは特に殺気立っている気がする。
「ッシ!!」
逆手に構えた右手のナイフを首元狙って突き出す。
が、崩れた態勢を逆に利用し、クロアはそのまま倒れこむようにソレを避ける。
「やぁぁ!!」
と思えばそのまま反転。左手甲による裏拳を俺のこめかみ向かって叩き込む。
「ちっ!」
それをバックステップで回避。本当なら追撃を加えたいところだが…。
「っはっはっは………」
一旦、お互いの間合いが開く。
クロアの息は大分切れていて、あと数分も持たず体力切れを迎えるだろう。
「大分つかれてるみたいだな、クロア」
「る、っさい……は、は……」
反論はするものの、斧を構える両手は震えている。疲労は限界にきているはずだ。
「ギブアップしない?」
「しない!」
「でも、正直勝ち目ないと思うんだけど…」
「うぅ〜…」
悔しそうに唸るクロア。でも、仕方ないものは仕方ない。
「負けは負けだろ?」
「うー!」
…とか言いつつ、嫌な予感が頭をよぎる。
あ、カラス。…は!クロネコ!?
「……………負けるくらいなら」
「え?」
猫に気を取られた一瞬。
その隙に、クロアは詠唱を完了させた。
「エル=フレア!!」
刹那、空気が朱に染まり、業火が空を翔る。
「え、ちょ、魔法は反則っ…!?」
「負けるくらいなら、反則負け選ぶわよ!!」
「ぎゃぁぁぁーーーー!!!」
真っ赤な炎が全てを埋め尽くした。
「見てたよね」
「あぁ、見てた」
「危なかったよね」
「そうだな。バッチリ命の危機だった」
「だから、言いたいこと分かるよね」
「あぁ」
「魔法を教えてください」
「許しません」
これが、2・3年前からガイと繰り返ししているやり取りである。
「なんでだよ!?どうしてダメなの?!今まで何度クロアの魔法で命の危機に瀕したか!!」
俺の悲痛な叫び声が広い図書館に響き渡る。
悪いがもう二度と事故死する気はない。
「だけど、クロアだって止めてくれる人がいないときはやらないだろう?」
「どうだか!今まではたまたま、偶然メイカさんとかガイが居ただけかもしれない!!
それにガイ、たまに防壁魔法失敗するじゃん!!」
「ははは!だから、私は魔法が苦手だと前から言っているだろう?クロアは天才なんだよ」
「笑うところじゃない!」
本当に、今までよく生きてこれたと思う。
この世界に転生(でいいのかは分からないけど)させてくれたのは感謝するけど、神様はよっぽど俺に試練を与えたいらしい。
…あ、この世界の神様って、ユーナじゃん。道理で意地悪なわけだ。
「本当に頼むよ!なんだったら防壁魔法だけでもいいんだよ、な?」
両手を合わせ、上目遣いでガイを覗き込む。
ガイがこの顔に弱いことは知っている。
「ぬ………」
「ね?」
「…まったく、家の子はみんな可愛いなぁ…」
デレ、っとガイが笑う。
「じゃあ!」
「だけどダメ。お前が防壁魔法だけで満足するとは思えない」
「う…」
それは、確かに。
魔法が使えるとなれば、俺は防壁魔法だけで満足できなくなるだろう。
なんたってアッチの世界で言えば、魔法なんてファンタジーなんだから。
それを使えたらどんなに楽しいか。
漫画やゲームを一度でも目にしたことがある人で、考えたのことの無い人はいないだろう。
「…そう、だけど…」
「この議論を、今まで何度してきた」
「…覚えてない」
「そうだ。覚えきれないほどやってきた。その度に、私は同じ結論をお前に告げてきたはずだ」
「…」
その答えは――。
「今回も変らない。NOだ」
「……なんで」
「ん?」
ガイを睨みつけて、怒鳴る。
「なんで俺だけダメなんだ!?歳が問題ならクロアも駄目なはずだ、安全性でいうなら尚更あの暴走お嬢様なんかより俺のほうがよっぽど信が置けるはず!
魔法を使える人間がすごく珍しいのは知ってる、もし俺に魔法の才能がないのならスッパリ諦める。俺には武術の才があるって、ガイが言ってくれたから。
けど、やらないで諦めるのは、絶対に絶対に嫌だ!!!」
……なんだか少し、泣きそうだ。
でも、これが本音。本音を言うから、高ぶって泣きそうになる。
俺は、諦めることが大嫌いだ。になった、と言うのが正しいけど。
とにかく。
俺は一度、アッチの世界で「諦める」ことの恐怖を知った。
だから、出来ることなら全てを諦めたくない。
「ガイ!!」
ガイが俺の目を見る。
俺もガイの目を見る。
「ハル……」
重々しく口を開くガイ。
「お前に魔法を教えることは、できない」
結局、ガイの口から出たのはいつもと同じ答えだった。
ガイとの話し合いのあと、俺とクロアは二人で俺の部屋に居た。
ベッドの上で二人並んで座り、今日の反省会。
「…ハル、あの、私がいえた事じゃないんだけど……元気、だして?」
クロアが慰めるように俺の背中をゆっくりと撫でる。
「……悪い」
「いいわよ。…というより、やっぱ、私の所為だし」
慰めてるくせに、そのクロアもしゅんと落ち込んでしまう。
「ち、違うって!クロアの所為じゃ、…というより、俺も、お前をだしにして、魔法習おうとしたし…」
「…じゃ、お互い様?」
「だな」
その言葉に、お互い顔を見合って噴出す。
「ていうか、お前も俺相手に魔法使うなって!いつか本当に死ぬぞ?」
ベッドの上で胡坐を組みなおしながらクロアに向き合う。
「だって、負けたくなかったんだもの!」
「俺が死んでもいいのかよ?」
「…それは、嫌だ」
「だろ?」
「うん…」
「…ん?」
何故かうつむくクロア。
なぜだか怪しげな雰囲気が漂っていますが…。
「おい、クロア?どうした?」
「…ねぇ、ハル」
「なに?」
じり、とクロアが身を乗り出して俺を見上げてくる。
「私、今日はちょっと無茶しちゃったけど…本当に、ハルのこと大事に想ってるの」
「そ、そう?それは、うれしいな」
「本当に、本当に……ハルが、大事よ?」
そういいながら、クロアがそっと俺の頬を撫でる。
…あれ?なんだか俺、こんな場面にちょっと前に会った気がする。
「く、クロア?」
「ハル…私」
11歳の少女にあるまじき妖艶な瞳で、クロアが俺を見あげる。
徐々に、徐々に。
迫る二人の距離に、俺は―――――――
「さぁ、二人とも引越しの準備だ!!!」
ガイの突然の理解不能な乱入で事なきを得た。
「………パパ?」
「うん?」
「一回死んでみましょうか?」
俺には笑えない冗談です。