Ep64:再会
一ヶ月近く更新しないとかもう石投げられても文句は言えませんねごめんなさい。本当にごめんなさい。ただ今人生ピークじゃないかレベルで深刻な時期でありまして、今後このような不定期更新が見込まれますので、それが終わるまでは今しばらく寛大な心で付き合っていただけると本当に嬉しかったり涙出たり…。が、がんばるんだからね…!(`;ω;´)
天井が高く、どことなく石の冷たさを感じる長い、長い廊下を歩く。
ほとんど誰も口を開かないのでだだっ広い空間には三人の足音だけが響き渡る。
三人ってのは、俺と、優奈と、オリビア先輩。
先輩は俺達を先導するように前のほうを少し離れて歩いている。
コツ、コツ。
冷たい音を立てて一切振り向くことも無く歩いていく先輩。
背は、変わらない。相変わらずちっさい人だ。
髪型も変わらない。今時珍しいくらいのキューティクル感満点黒髪おかっぱ。
(…なのに)
そう、なのに。
見慣れない後姿。
見たこともない軍服を着ている所為じゃない。一回も俺の名前を呼んでくれない所為でもない。
ただひたすら、あの人からどうしようもないほどの拒絶感を感じる。
それが、俺とあの人の距離を遠ざける。
「………ちょっと!」
「う、ぉ」
なんて考え事をしていたら突然腕を引かれてバランスを崩す。
「危ねぇな…何だよ急に」
「何だよ、じゃないっつーの!」
俺の右腕にしがみつきながら、不満げに頬を膨らませる優奈。
あの後、どこからともなく現れた数人のメイドに拉致されて、俺の下に帰ってきたときには完璧なドレス姿になっていたので驚いたのはつい数分前の話だ。
「なんだ?ドレスほめて欲しいのか?」
「ばっ!違う!!」
「違うのか…」
良く似合ってるとは思うのだが。
アッチに居た頃は、優奈はなんつうか…ジャンルはよく分からないが、とにかく今時流行りの、って感じの服装しかしなかったので、今着てるような黒レースのついたゴスロリっぽい服を着ている優奈を見るのは初めてだ。
……うん、まぁ、悪くは無い…。
「そんなことじゃなくて!陽雪、今オリビアのこと見てたでしょ」
「あ?」
「見てたでしょ?」
「あ、あぁ…」
そりゃ見るだろ。前歩いてるんだから。
「そんなんじゃなくて、なんかあつぅーい視線だった」
「…そりゃねぇよ」
間違っても俺はオリビア先輩にだけは恋愛感情は抱かないだろう。
なんてったって、アイツの想い人だ。
親友の好きな人だ。
(…ククリ…)
今頃、アイツはどうしているだろうか。
オリビア先輩を、ある意味1番辛い形で失って、どんな想いでいるのだろうか。
それに他の皆も。
クロアや、アリス。アゼリア先輩。
泣いたりしてないだろうか。
「………」
「…もう、いいや!」
「えっ?」
しかしそんな風に思いふけっている間もなく、優奈が俺の腕を引きながら歩き始めてしまう。
「優奈」
「いいの!もう、いいから。ごめんね、私が変な話振ったから」
「いや、別に」
「だからさ」
「…?」
「もう、思い出さないで。アルノードのこと。絶対に帰れないんだから思い出すだけ無駄でしょ?」
「…それ、は」
「ね、陽雪?」
笑顔で振り返る優奈。
にこりと、まるで邪気のない笑顔で俺を見つめる優奈。
俺は、それに対して笑顔どころか一言返すこともできず、
「………着きました。ここが、レイル様の執務室になります」
突然聞こえたオリビア先輩のその言葉で、そのまま話は流れてしまったのだった。
「レイル様。ハル=ライザック様と巫女姫様をお連れしました」
「ん?あぁ、オリビアか。分かった、入りなさい」
「ハッ」
二人の衛兵が押し開いた扉の向こうにあったのは、長い毛足の赤い絨毯が敷き詰められた、いかにも重役の執務室、と言ったような豪奢な造りの部屋だった。
真っ先に目に入ったのは壁に交差するように掛けられた軍旗。
深紅の地に金色の糸で女性の横顔のようなものが刺繍されている。若干、軍旗にしては猛々しさに欠けている様にも感じる。
そして、その軍旗を背に、こちらを見据えるように座っている一人の男。
あの時とは違う。
今はハッキリと、その顔が見えた。
「案内ご苦労だったね、オリビア。もう下がっていいよ」
男がそういうと、オリビア先輩はかすかに眉根を寄せ「しかし」と食い下がるが、
「……この後、僕達三人で大事な話をする必要がある。何、警備のことだったら心配いらない。何せこの国一番の兵力といっても過言ではない面子がそろっているのだからね。……言いたいことは、わかるね?オリビア」
「……」
「命令だ。下がれ」
「……ハッ……」
人好きの良い笑顔でいいながらも、その裏にあるのは絶対的な命令。
オリビア先輩はちらりと一瞬こちらを見たが、そのまま何も言わずにきびすを返して部屋を後にする。
「お前らも、僕がいいというまで決して入るな。誰も入れるな。理解したな?」
「「了解しました!」」
同じ様に、扉の外に居る衛兵達にも指示を出す。
そしてゆっくりと重厚な音を立てながら閉まっていく扉。
数秒間の間。
その後、完全に扉が閉まったのを確認してから、男は口を開いた。
「体調はどうだ、陽雪。一応城内でも1番腕の良い医療魔導師に治療させたんだが…もしかしたら、必要なかったかもな?」
「……」
「ん?どうした、陽雪。やっぱり体調でも…」
「そうじゃないでしょ。どう考えても1番最初に言うべき言葉外してる」
「……あぁ、そっか。なんか昨日会ってたから、どうも言った気になってたけど、まだだったか。じゃあ、改めまして、だな」
ごほん。と、空咳を一つ。
男は立ち上がり、にっこりと微笑んだ。
「久しぶり、ってのが正しいかは良く分からんが……今はとりあえず、ヴォルジンで宰相やらせてもらってる。額に刻印とかあるけど、間違いなくお前の兄貴の、正陽だ。……良い子にしてたか、陽雪?」
「ッ……!」
その笑顔は、あまりに「以前どおり」過ぎた。
まるで何も変わらない、あのときの日常の延長線上に今があるかのような微笑み。
だけど、それが間違いであることくらい俺にだって分かる。
これは現実。
そしてここはヴォルジン―――敵国ど真ん中。
「……兄貴……」
「うん、そうだ。……ハハッ、なんだ、お前ずいぶんとでかくなったなぁ?」
当たり前だ、と言おうとして考え直す。
俺はコッチの世界に来るときに、大分年齢が後退した状態だったから、万が一その時点で兄貴と再会していたら、兄貴の記憶上俺は成長していない状態になるわけだ。
成長した、といっても間違いじゃないだろう。
……それに、兄貴も見た感じだと多く見積もって24・5歳だ。
恐らく、兄貴もコッチに来る過程で何らかの年齢的後退が起こったのだろう。
「……兄貴は、いつごろコッチに?」
「ん?んー……とりあえず、コッチにきたのは20年以上前だ」
「20年?」
それは……また、かなり長い。
「お前も似たよう状況だとは聞いているが、俺もコッチに来てすぐ貴族に拾われた口だ。アルノードと違って、コッチじゃ神依り……お前らのとこでいうアルエルドは、神聖なものだからな。かなり大事に育ててもらったさ。それこそ我が子同然に、いや、むしろそれ以上大事に。こうして宰相にまで上り詰めることが可能なほどに、な?」
そう言いつつ兄貴はおもむろに立ち上がると、ゆっくりと俺に向かって歩いてくる。
一歩、一歩と、噛み締めるように。
そして目の前まで来て、兄貴はようやく俺に手を伸ばす。
掠めるように指先で撫ぜられる頬。
「本当に、大きくなったな」
「……そう、だね」
言いたいことは他にたくさんあるのに。言うべきことはあふれるほどにあるのに。
俺の口からは、そのうちの一つだって出てきやしない。
「でも、コッチに来てからずっと、お前を探し続けたかいがあったってもんだ。いつお前が来るかも、どこに出るかも分からない状態だったからかなり無謀な挑戦だったんだけどな。優奈ちゃんが来てくれたことで大分助かったな」
「え?」
「ん?」
「……俺が、コッチに来るのが、分かってたの?」
「……確証はなかった。だが、確信はあった。俺が死んで…んだろうな。で、コッチに来て、色々と分かっていくうちに、思った。絶対に、いつかお前もコッチに来るって」
「……」
「で、決めた」
兄貴はかき回すように、俺の頭を撫でる。
「お前を見つけたら、また家族をやり直そうって。アッチじゃぐちゃぐちゃで、家族のようで家族じゃなかったあんなのじゃなくて。もっとちゃんとした、家族をやり直そうって」
「やり直す……?」
その言葉に違和感を覚える。
確かに、俺達家族は「家族」じゃなくなっていた。
だけどそれは兄貴が死んでからのこと。
兄貴が居た頃は、兄貴を中心にちゃんと家族としてまとまっていたはずだ。
俺が吐き気がするほど嫌っていたのは、逃げたかったのは、それ以降の「家族」からだ。
「……何、勝手なこと言ってんだよ」
「何?」
そもそも、兄貴が死んだから俺達の家族はおかしくなった。
「兄貴が、勝手に死んだからだろ」
「……陽雪」
そもそも、俺はどうして兄貴が自ら死を選んだのかすら知らない。
「兄貴が、兄貴が勝手に自殺なんてするから!俺の目の前で死んだりなんかするから!!俺は、おかしくなった!!!みんな駄目になった!!!それなのに、何勝手なこと言ってんだよッ!?」
知らないから、分からないから。
せめて兄貴の教えに背かないよう、兄貴に恥じない人間になろうとしてきたのに。
何で、アンタはそんな簡単に「やり直す」とか、言うんだ。
「ふざけんなッ!!!…畜生ッ、俺は、俺はもう帰る!帰せ、みんなのところに帰せ!!俺の家はこんなところじゃない、俺の帰るところはみんなの居るところだ!!!」
「それはできない相談だな、陽雪。お前がこの国に留まるのは、俺の目的を果たすために欠かせない交換条件なんだ。なぁに、心配するな。そう遠くない未来、俺はこの国のトップに立つ。そうしたらお前だって納得行くような生活をさせてやるさ。俺と肩を並べて『兄弟です』って名乗ったって構わない。誰も俺の言うことを疑ったりはしないさ」
なだめる様に俺の肩を叩く兄貴。
どうしてだろう。
夢に見るほど慕っていたその兄貴のぬくもりが、今の俺には、力いっぱい振りほどいてしまう程度に、疎ましい。
「違うッ!俺が望んでるのは、こんなことじゃない!!どうしてだよ!?どうして分かってくれない!!俺は、優奈と、兄貴と、再会できたのに!全然違う!!こんなんじゃない!!俺が守ってきた二人は、こんなんじゃ、ないのに!!!」
目が熱い。
頭が痛い。
もう、何なんだよこれ。
全然違うんだ。
俺が守りたかった二人は、こんなんじゃないんだ。
何でだ。
何でだよ。
「……人に、勝手に理想像を押し付けておいて、『こんなのは俺の兄貴じゃない』?……ずいぶん勝手な口をきいてくれるなぁ、陽雪」
その言葉を聞いた途端、背筋が凍りついた。
「『這い蹲れ』」
「ガッ!?」
体に力を込める間もなく、気づいたときには冷たい大理石の床に俺は叩きつけられていた。
頬をつめたい床に押し付けるような凄まじい重力が全身に覆いかぶさる。
これが、兄貴の言葉の重さ…?
今まで単純な魔力勝負でなら負けたことが無かったのに。
ココに来て、優奈、兄貴と二連敗。
指一本だって動かせない。
「いいか、陽雪。お前が望もうと望むまいと、俺とお前は家族だ。それと、どれだけ望んでもお前はアルノードには帰さん。それが俺の作戦成功の必要条件だからだ。お前が居なければ、女神が目覚めないからな。だから、お前は一生ココで暮らすんだ。殺される心配もない。衣食住の心配もない。ただお前は、優奈ちゃんの隣で笑ってればいいんだ」
顔の見えない兄貴の冷たい声が頭上から降り注ぐ。
俺は、今の今まで兄貴がこんな冷たい声を出すことすら知らなかったというのに。
(…これは、本当に俺の兄貴、なのか…?)
信じられない。
信じたくない。
だけど――――。
「正陽くん、もう『止めて』。これ以上陽雪のこと苛めるなら、それなりの覚悟をして」
優奈がそういった瞬間、今まで圧し掛かっていた重さが嘘のようになくなった。
「……冗談だよ、優奈ちゃん。反抗期の弟に、兄貴からの愛の鞭だ」
「陽雪は私のものよ。私が駄目だといったら駄目なの。私以外の人間が陽雪を傷つけることは許さない。…正陽くんには感謝してるから、少しくらいは大目に見るけど」
「それはありがたい」
「……まぁ、いいわ」
そこで言葉を切り、優奈が俺に「大丈夫?」と手を差し出す。
「あ、あぁ……ッゲホッ……」
その手を取って立ち上がる。
胸が圧迫されていた所為か、少し息が詰まる感じがする。
「あぁ、もぅだから目覚めてすぐにあわせるのとか嫌だったのに…。言ったわよね私。少しココの生活に馴染ませてからのほうがいいんじゃないのって?絶対喧嘩になると思ったもん」
「そういわないでよ、優奈ちゃん。俺だって可愛い弟にすぐ会いたかったんだから」
「……どうだか」
「信用ないなぁ……」
困ったように頬を掻く兄貴。
変わらない、その仕草。
そのことにつくづく思い知らされた。
今の俺の周りに居るのは、変わらないのに決定的に変わってしまった人達だ。
じゃあ、
(俺はこの人たちを、どう想えばいいんだろう……?)
愛する気持ちと、拒絶する気持ち。
「一端、陽雪を休ませるから。私の部屋に帰るから、絶対誰も入れないでね」
「そう命じておくよ」
「よろしく。じゃ、行こう、陽雪」
「…………あぁ」
どっちが本当の気持ちなのか。
自分でも、分からなくなっていた。